ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

山田寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年4月29日 (日)

移動: 案内, 検索

山田寺(やまだでら)は、奈良県桜井市山田にある南都仏教の寺院。現在の本尊は長谷寺式十一面観音。大和国十市郡飛鳥にある古代寺院で、蘇我氏の氏寺。現在は法相宗興福寺末。山号は大化山。なぜか聖徳太子建立四十六寺の一つに数えられているが理由は不明。興福寺関連旧跡。別称に浄土寺華厳寺。(参考:同名寺院浄土寺華厳寺

目次

歴史

古代

『上宮聖徳法王帝説』によると、舒明天皇13年(641)、整地を始め、翌々年に金堂を建立。大化改新後の大化4年(648)から僧侶が使用し始めたが、造営が続く大化5年(649)3月25日、謀反の疑いを掛けられた蘇我石川麻呂がここで自害した。その後、天智天皇2年(663)、塔を建立。塔建立については舎利容器や埋納品の様子が詳しく記録されている。天武天皇14年(685)3月25日、これを開眼し、山田寺と名付けた。翌年8月12日、天武天皇が行幸とある。政変の経緯については『日本書紀』が詳しく述べる。天武治世になって伽藍造営が進んだのは皇后(のちの持統天皇)が石川麻呂の孫に当たるためと考えられている。『諸寺建立次第』によると金堂に三尊像と石川麻呂の御影を祀り講堂に十一面観音薬師三尊を祀っていた。中門、塔、金堂、講堂が一直線に並ぶ四天王寺式に近い伽藍配置が確認されており、講堂が回廊の外に独立する点が異なる。これを山田寺式伽藍という場合もある。瓦も山田寺式瓦と名付けられ、白鳳時代を代表する様式とされる。 『扶桑略記』によると治安3年(1023)10月、藤原道長高野山参詣の途中、山田寺の堂塔を見て感銘を受けたというのでこの頃はまだ伽藍が健在だった。長元7年(1034)、検校善妙が政変の忌日に法華八講を始めた。

中世以降

文治3年(1187)3月、講堂本尊の薬師像が、南都焼討後の復興を図る興福寺東金堂衆に奪取され(『玉葉』)、興福寺同堂の本尊とされた。当時の山田寺は仁和寺の支配下にあり、仁和寺宮と興福寺の間で返還交渉がもたれたが実現しなかった。なお興福寺東金堂に移された薬師像は応永18年(1411)に火災で頭部を残して焼失した。建久8年(1197)には山田寺の伽藍は廃滅していたことが同年編纂の多武峰略記に記されており、また当時は多武峰寺の末寺になっていたことが分かる。発掘調査では12世紀末の火災後が見つかっており、仏像奪取の時に焼討された可能性も指摘されている。 鎌倉時代以降の歴史はあきらかでないが、出土品などから講堂跡を中心に小堂が続いたとみられる。興福寺と銘のある瓦が出土しており、興福寺の末寺となっていたらしい。弘安2年には山田寺と多武峰寺との間で争論が起きている。鎌倉時代後期の梵鐘鋳造遺構が確認されている。

降って元禄15年(1702)、現在の観音堂が講堂跡に再建。本尊の長谷寺式観音は室町時代の造立という。 天保12年(1842)石川麻呂の子孫を称する山田重貞という越前の人が雪冤碑を建立。

近代の調査・発掘

昭和12年(1937)10月、興福寺で旧山田寺講堂の薬師仏頭が発見された。 昭和51年(1976)から奈良国立文化財研究所が発掘調査している。 東回廊跡からほぼ完全な形で部材が出土。貴重な発見とされる。

伽藍

古代伽藍

  • 金堂
  • 講堂

現在の伽藍

参考文献

  • 国史大事典
  • 日本歴史地名大系
  • 志水正司『古代寺院の成立』六興出版
  • 2007『奇偉荘厳山田寺』[1]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール