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峰定寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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享保年間、貴船成就院(不詳)の元快が入って中興した。 | 享保年間、貴船成就院(不詳)の元快が入って中興した。 | ||
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2019年7月27日 (土) 時点における版
峰定寺(ぶじょうじ)は、京都府京都市左京区花背原地町にある修験道本山派の寺院。本尊は千手観音。修験道根本道場の大峰山に擬して北大峰ともいう。本山修験宗別格本山。山号は大悲山。
歴史
熊野那智山で2年、大峯山で3年にわたり修行したという観空西念が1154年2月に千手観音を祀って創建。 4月、鳥羽上皇の勅願で不動明王と毘沙門天も祀った。
比較的近い鞍馬寺の末寺となるが、1326年には両寺の間で本末争論が起こる。 さらに峰定寺の支配を巡って延暦寺と園城寺が争ったため、寺運は衰退したという。
1159年、平清盛が仏舎利などを奉納したという。 1350年、現在の懸け造りの本堂が造営された。同年造営の供水所は現存最古の閼伽井屋の遺構という。 1686年の『雍州府志』には聖護院に属すとある。 享保年間、貴船成就院(不詳)の元快が入って中興した。
(『日本歴史地名大系』)