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広島護国神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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'''広島護国神社'''(ひろしま・ごこくじんじゃ)は、広島県広島市中区にある、県内西部の戦没者などを祀る[[招魂社]]。[[内務大臣指定護国神社]]。県内には他の指定護国神社として[[備後護国神社]]がある。[[category:広島県]] | '''広島護国神社'''(ひろしま・ごこくじんじゃ)は、広島県広島市中区にある、県内西部の戦没者などを祀る[[招魂社]]。[[内務大臣指定護国神社]]。県内には他の指定護国神社として[[備後護国神社]]がある。[[category:広島県]] | ||
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1945年(昭和20年)8月6日、広島原爆で焼失。8日、厳島神社神職が焼跡に来て厳島神社千畳閣に御霊代を奉遷。1947年(昭和22年)8月4日、仮殿を造営して厳島神社から御霊代を遷座。6日、原爆犠牲者と戦没者の慰霊祭。8日、広島神社と改称。 | 1945年(昭和20年)8月6日、広島原爆で焼失。8日、厳島神社神職が焼跡に来て厳島神社千畳閣に御霊代を奉遷。1947年(昭和22年)8月4日、仮殿を造営して厳島神社から御霊代を遷座。6日、原爆犠牲者と戦没者の慰霊祭。8日、広島神社と改称。 | ||
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*横井時常()<1959-1966>:[[靖国神社]]権宮司。1959年(昭和34年)9月15日宮司就任。1966年(昭和41年)3月1日退任。[[近江神宮]]宮司。 | *横井時常()<1959-1966>:[[靖国神社]]権宮司。1959年(昭和34年)9月15日宮司就任。1966年(昭和41年)3月1日退任。[[近江神宮]]宮司。 | ||
*森安忠(1907-)<1966->:[[羅南護国神社]]社司。1966年(昭和41年)就任。 | *森安忠(1907-)<1966->:[[羅南護国神社]]社司。1966年(昭和41年)就任。 | ||
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+ | ==資料== | ||
+ | *『広島市史』[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/965812/48] |
2020年8月27日 (木) 時点における版
広島護国神社(ひろしま・ごこくじんじゃ)は、広島県広島市中区にある、県内西部の戦没者などを祀る招魂社。内務大臣指定護国神社。県内には他の指定護国神社として備後護国神社がある。
目次 |
歴史
1945年(昭和20年)8月6日、広島原爆で焼失。8日、厳島神社神職が焼跡に来て厳島神社千畳閣に御霊代を奉遷。1947年(昭和22年)8月4日、仮殿を造営して厳島神社から御霊代を遷座。6日、原爆犠牲者と戦没者の慰霊祭。8日、広島神社と改称。
組織
社司・宮司
- 足立達()<-1947>:厳島神社宮司。1947年(昭和22年)8月22日、退任。
- 山田厲(?-1957)<1947-1957>:速谷神社宮司。1947年(昭和22年)就任。1957年(昭和32年)死去。
- (河本和昌)()<1958->:1958年(昭和33年)4月5日、宮司代務者就任。
- 横井時常()<1959-1966>:靖国神社権宮司。1959年(昭和34年)9月15日宮司就任。1966年(昭和41年)3月1日退任。近江神宮宮司。
- 森安忠(1907-)<1966->:羅南護国神社社司。1966年(昭和41年)就任。
資料
- 『広島市史』[1]