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大町・専修寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2017年10月28日 (土) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
専修寺(せんじゅじ)は、越前国足羽郡大町(福井県福井市)にあった浄土真宗の本山級寺院。大町門徒(三門徒)の発祥地。開山は如導。廃絶。現在の勝授寺が後継寺院とされる。跡地には如導の墓所がある。大町専修寺。大町道場。(車屋道場、車道場)。(参考:同名寺院専修寺_(同名))
目次 |
歴史
如導が創建。
高田門徒の専修寺4世専空が越前国坂井郡熊坂(福井県あわら市)に熊坂道場を創建。如導が熊坂道場を大町に移して寺院を創建したとも。
永享7年(1435)、本願寺から破門されたという。 のち本願寺蓮如に帰属。一向一揆に参加して天正3年、鉢伏山に籠り織田信長軍と衝突。賢会の討死で滅亡した。その子が勝授寺として再建。
滅亡後
了願という僧が跡地に庵を建て、慶安5年(1652)興正寺末となる。正徳3年(1713)正覚寺の寺号を得た。
伽藍
塔頭
一老として瑞応寺があった。
歴代
- 1如導(1253-1340)
- 2如浄:如導の次男。兄の良如は浄土宗に帰して敦賀・西福寺を建てたため、次男が継いだ。
- 3良金:如浄の子。専照寺の伝承にいう「了泉」のことで「良金」は「良全」の誤りという(小泉論文)。
- 蓮慶:永存の三男。本願寺蓮如に帰参。
- 顕誓:如祐尼(蓮如の妹)の孫。
- 興預:顕誓の養子。諸江坊賢了の兄。
- 賢会(-1575):最後の住職。初名は唯受。興預の甥。賢了の子。鉢伏山に一向一揆の一員として籠城したが、織田信長軍の攻撃で天正3年8月17日、討死。
(日本歴史地名大系)
参考文献
- 『日本仏教基礎講座』