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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

土御門天皇旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年5月27日 (日)

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土御門天皇旧跡

目次

概要

土御門天皇は、承久の乱敗北により、土佐、そして阿波に配流された。当時、土御門天皇は弟の順徳天皇に譲位して上皇となっていたが、実権は父の後鳥羽上皇が握っており、挙兵には関与していなかった。そのため、鎌倉幕府も土御門上皇を処罰の対象と考えていなかったが、父帝が配流となったのに自分のみ京に留まるのは偲びないとして、自ら配流となり、承久3年(1221)10月、土佐に流された。貞応2年(1223)5月27日、幕府の配慮により、京に近い阿波に移された。阿波には9年間滞在。寛喜3年(1231)10月11日、阿波で崩御し、火葬された(阿波神社由緒)。遺骨は京へ奉遷され、西山金原法華堂に葬られた。嵯峨二尊院にも供養塔がある。 明治になり水無瀬神宮に合祀された。

一覧

京都周辺

東京・鎌倉

土佐

  • 蕨岡行在所跡:高知県四万十市蕨岡。高良神社のあたり。
  • 幡多行在所跡:高知県四万十市。上皇が創建した奥御前神社(貴船神社)がある。
  • 土御門上皇仙跡碑 :高知県香南市香我美町岸本

阿波

  • 阿波神社:徳島県鳴門市。
  • 土御門天皇火葬塚 池谷伝承地:徳島県鳴門市。皇室治定。丸山。
  • 土御門天皇火葬塚 里浦伝承地:徳島県鳴門市。尼塚と呼ばれている。
  • 新野・御所神社:徳島県阿南市新野町。行宮があった。
  • 松木神社:徳島県板野郡板野町下庄栖養。栖養行在所(松木殿)跡にある。
  • 南陽離宮跡:徳島県板野郡藍住町。
  • 春宮神社:徳島県美馬市の東宮山山頂。東宮山は行在所ともいう。上皇とともに皇子の後嵯峨天皇も祀る。
  • 若宮神社:徳島県阿波市吉野町柿原植松
  • 吉田行在所跡:徳島県阿波市土成町御所。御所神社があった(吉田椎ヶ丸の吹越神社に合祀、改名)。吉田御所屋敷
  • 阿波・御所神社:徳島県阿波市土成町吉田。元は吹越神社と言い、吉田行在所跡にあった御所神社を合祀して改名した。
  • 奥御所神社:徳島県阿波市土成町宮川内。上皇の終焉の地とされる。切腹したという御腹石がある。

その他

  • 六条神社:高知県四万十市大屋敷
  • 井森神社:高知県四万十市
  • 山皇子神社:徳島県阿波市土成町。皇子を祀るという。
  • 鳥羽神社:徳島県板野郡上板町瀬部。後鳥羽天皇を祀る。
  • 天塚:徳島県鳴門市

参考文献

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%9C%9F%E5%BE%A1%E9%96%80%E5%A4%A9%E7%9A%87%E6%97%A7%E8%B7%A1」より作成

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