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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

大元帥明王信仰

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年11月30日 (土)

太元帥明王から転送)
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大元帥明王(だいげんすい・みょうおう)は、国家を守護する密教明王。夜叉の一種。一切の悪鬼や災難を衆生のために排除する力を持つという。法琳寺の常暁(?-866)が請来した。訳者不明『阿〓婆拘鬼神大将上仏陀羅尼神呪経』に四面八臂像が、善無畏訳の同経には四面四臂像が説かれるが、常暁が伝えたのは六面八臂像とされる。大元帥阿〓薄〓阿〓婆拘鬼神大将大元明王曠野鬼大将とも。

目次

一覧

  • 治部省:宮中大元帥法
  • 常寧殿:宮中大元帥法
  • 紫宸殿:宮中大元帥法。即位のとき。
  • 秋篠寺:奈良県奈良市秋篠町。大元帥法の香水を採取した。
  • 法琳寺:京都府京都市伏見区小栗栖北谷町。江戸時代に廃絶。
  • 醍醐寺理性院:京都府京都市伏見区醍醐東大路町。醍醐寺子院。1115年(永久3年)創建。1135年(保延1年)頃から法琳寺別当を兼務。室町時代から法琳寺退転後、同寺に代わって宮中大元帥法を継承した。
  • 大元堂:東京都文京区湯島。霊雲寺内。徳川綱吉筆の画像があったという。
  • 田村神社:福島県郡山市田村町山中本郷。別当は泰平寺。郷社。
  • 田村大元神社:福島県田村郡三春町山中。田村神社の分社。郷社。
  • 高野山西南院:和歌山県伊都郡高野町高野山真然空海筆の大元帥明王画像を祀ったという。
  • 文永寺:長野県飯田市下久堅。本尊は太元帥明王の画像。真言宗智山派。1264年(文永1年)、知久信貞が創建。開山は理性院隆毫。宗詢が理性院で大元帥法を学び、後花園天皇の命で文永寺で大元帥法を行ったという。
  • 大元明王堂:宮城県仙台市青葉区八幡。大崎八幡宮境内にあった。
  • 太元堂:滋賀県栗東市。金勝寺にあったという。(塩尻)

宮中大元帥法

毎年1月8日から14日まで宮中治部省で行われていた。大元帥御修法、大元法、太元法とも。混同されることがあるが、同期間に行われる後七日御修法とは別のもの。7日間、天皇の御衣を加持する。初日に御衣を賜って道場に送り、御衣筥に入れて緋色の紐で結ぶ。結願の日に御衣を奉還する。

法琳寺の常暁(?-866)が840年(承和7年)12月に宮中常寧殿で営んだのが起源。以後、国家鎮護の修法として重視され、851年(仁寿1年)から後七日御修法に准じて毎年同期間に行うことが勅許された。866年(貞観8年)から治部省で行った。即位など臨時に行うこともあった。当初は後七日御修法よりも重視されていたという。1017年(寛仁1年)には御衣を送るのは後七日御修法と大元帥法の両方にせずにも大元帥法だけでよいのではないかという議論が起きている(『年中行事秘抄』に引く『経頼記』)。

大元帥法は臣下が独断で行うことは禁止されていた。 996年(長徳2年)、藤原伊周(974-1010)が勝手に大元帥法を行った罪で大宰府に左遷された。

しかし後世になると1596年(慶長1年)に毛利輝元の願で、1598年(慶長3年)には豊臣秀吉の病気平癒のために、大元帥法が行われている。

江戸時代の復興以降は醍醐寺理性院で行われた。ただし、天皇即位の年は紫宸殿で行われた。現状は不明。

(『国史大辞典』『事典古代の祭祀と年中行事』など)

資料

古典籍

  • 『古事類苑』「大元帥法」[1]
  • 「太元帥法縁起奏状」
  • 『太元御修法具書』
    • 『太元帥法要義』
    • 『太元法秘要抄并補説』
    • 『理性院流心得』
    • 『多威験法次第』
    • 『太元御修法息災護摩』
    • 『太元御修法調伏護摩』
    • 『聖天浴油次第 太元大法』
    • 『神供理』
    • 『十二天供 太元大法』
    • 『太元大法方下案』
    • 『太元結護 并三ヶ大事秘曲不可開』
    • 『太元極秘 四帖』
    • 『太元法 唱礼・表白・御加持開中結・香水加持・四天結界・洒水』
    • 『太元御修法道場支度記貞享五戊辰記』
    • 『太元大法次第貞享五戊辰記』
    • 『太元秘記』
    • 『享保廿一年記太元御修法雑記 壇〓二帋相添但』
    • 『太元御修法調支具記 明治於八年記』
    • 『太元御修法故実事 付明治廿八年記宝算請定寺』
    • 『太元御修法記録 大正昭和両度』
    • 『太元法口決安流』
    • 『太元帥法常暁』
    • 『太元法三宝院私』
    • 『太元帥阿叱縛倶大将略次第』
    • 『太元帥法附録』
    • 『大円大僧正略説』
    • 『奥然太元曼茶羅』
    • 『良純記太元形像』
    • 『永範明王解説』
  • 『太元法秘伝事』[2]

文献

  • 1915「大元帥法の話」『仏書研究』13
  • ロベルデュケンヌ1975「阿〓婆倶曠野薬叉と大元帥御修法」[3]
  • 東舘紹見1996「院政期大元帥法の相承について」『宗教研究』307
  • 上田実隆「大元帥明王の研究」[4]
  • 森田龍僊「大元帥明王考」[5]
  • 若杉準治「善峰寺本大元帥明王画像考」[6]
  • 真鍋俊照「鎮護国家と秘仏「大元帥明王」」[7]
  • 「平安宮常寧殿の建築について 仁寿殿と常寧殿の平面形態」[8]
  • 「与立剣輪印の相伝と大江匡房」[9]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A7%E5%85%83%E5%B8%A5%E6%98%8E%E7%8E%8B%E4%BF%A1%E4%BB%B0」より作成

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