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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

延仁寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年7月7日 (火)

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延仁寺(えんにんじ)は、京都府京都市東山区今熊野総山町にある親鸞旧跡浄土真宗寺院。親鸞の火葬地で、荼毘所がある。真宗大谷派。旧称は西光寺。山号は洛東山。(参考:同名寺院西光寺

歴史

最澄が創建したという。1262年(弘長2年)11月28日、親鸞が善法坊で死去。翌日、延仁寺で遺体を火葬した。『親鸞聖人伝絵』に「洛陽東山の西麓、鳥部野の南辺、延仁寺に葬したてまつる」とある。

その後、寺院は衰退した。正保年間、寺地は泉涌寺子院の戒光寺の所有となり、本尊も同寺の預かりとなった。1865年(慶応1年)、尾張西照寺の恵隆が土地と本尊を買い戻して再興し西光寺と称す。1883年(明治16年)、東本願寺が整備して延仁寺と改称した。

(日本歴史地名大系)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BB%B6%E4%BB%81%E5%AF%BA」より作成

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