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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

能義神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年10月5日 (金)

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能義神社(のき・じんじゃ)は島根県安来市能義町(出雲国意宇郡または能義郡)にある神社。祭神は天穂日命官社県社出雲大社関連旧跡出雲大社熊野大社佐太神社と共に出雲の四大神とされる。野城社野城神社三社明神

歴史

『出雲国風土記』所載の「野城社」に比定される。『延喜式』には「出雲国意宇郡」に項に載せるが、「能義郡」の誤りという説もある。能義郡は意宇郡を分割して設置されたが、新設から間もない時期に『延喜式』が編纂されたため混乱して記載されたという。『延喜式』では「野城神社」に続けて「同社坐大穴持神社」「同社坐大穴持御子神社」が記載される。この三社を祀るために三社明神とも呼ばれた。『三代実録』によると「野義神」に867年(貞観9年)5月2日に従五位上、871年(貞観13年)11月10日、正五位下を授けられた。1611年(慶長16年)大火で焼失。堀尾吉晴が再建。千家家・北島家の両出雲国造は就任の際に奉告参拝をするという。1873年(明治6年)10月県社。(日本歴史地名大系ほか)

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