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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

草堂寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月15日 (月)

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草堂寺(そうどうじ)は中国長安郊外(陝西省西安市〓邑区草堂鎮)にある仏教寺院。西安市街地から南西36kmに位置し終南山北麓にある。鳩摩羅什圭峰宗密の旧跡で、鳩摩羅什の墓所。中国最初の国立訳経所だった。三論宗祖庭とされる。日本の日蓮宗法華経の発祥の地として尊崇している。漢族地区仏教全国重点寺院。別称は棲禅寺清凉建福院聖恩寺

目次

歴史

略史

401年に後秦の皇帝姚興が鳩摩羅什を招いて創建。逍遥園・西明閣が前身とも、そこに草堂を建てたともいう。 413年に鳩摩羅什が死去すると、寺内に葬られ、塔が建てられた。

唐代の742年、飛錫(生没年不詳)が草堂寺に入る。744年勅命により長安に呼び出されるが晩年は再び草堂寺に入り、法華三昧と念仏三昧を宣揚した。

821年、圭峰宗密が住して興隆。棲禅寺と称した。後梁の開平年間、復興して清凉建福院と改称。のち草堂寺に復す。1366年、元代に修復したが衰退。清代に至り修復を加え、1734年には皇帝が鳩摩羅什高弟の僧肇に「大智園正聖僧禅師」号を下賜。石碑が建てられ、聖恩寺と改称した。1766年修復。1862年、戦火で焼失。1881年、洪水被害。 1966年から1976年まで続いた文化大革命で被災。1983年、重点寺院となる。

現代の日本仏教との関係

1972年の日中国交成立を経て1980年、中国仏教会が日蓮宗久遠寺派を公式招待。これをきっかけに日蓮宗有志が「日蓮宗鳩摩羅什三蔵法師遺跡顕彰会」を結成。同会や日蓮宗国際仏教親交会の支援で伽藍復興が進められた。 1982年4月13日、鳩摩羅什像を造立して本堂で開眼法要。 1992年4月13日、羅什紀念堂を建立。 2004年、舎利塔前に顕彰碑建立。法華経漢訳1600年記念に法華経経石碑林を建立。 2015年9月10日、蔵経楼を建立。蔵経楼には日蓮宗の本尊である「一尊四士」を祀る。 2019年6月11日、日蓮聖人門下連合会が初めて参拝。

逍遥園と草堂寺

長安での鳩摩羅什の旧跡である西明閣、逍遙園、草堂寺、長安大寺が知られ、これらは同一の場所とするのが定説となっている。 しかし鎌田茂雄の考察によると、僧叡「大品経序」(『出三蔵記集』8)に「渭浜の逍遥園堂」とあるから逍遥園は渭水の近くにあったとみられ、逍遥園と草堂寺は別の場所だと推定する。 また長安大寺は鳩摩羅什の来訪以前からある寺院で、597年の『歴代三宝記』によれば草堂寺、常住寺、京兆王寺(安定国寺)、大乗寺の四つの伽藍からなるとある。554年の「釈老志」『魏書』には常住寺が鳩摩羅什のゆかりの地として書かれている。草堂寺が逍遙園の跡にあるとみなされるようになったのは唐代昭宗の頃で、『仏祖統紀』896年条に「勅して羅什法師のの訳経の処に於いて重ねて草堂寺を建つ」とある。

また鎌田茂雄は草堂寺の舎利塔を鳩摩羅什のものではなく、圭峰宗密のものではないかという。草堂寺にある「圭峰定慧禅師伝法碑」と建てた裴休と柳公権が、同様に建立に関わった「大達法師玄秘塔碑」の浮彫が、舎利塔の浮彫と一致することを根拠とする。鳩摩羅什の名を記す舎利塔銘文は後に刻まれたという。

「唐代仏教と鳩摩羅什」[1]

伽藍

  • 山門:傍らに「三論宗祖庭」の碑が立つ。
  • 天王殿:弥勒を祀る。山門の後ろにある。弥勒殿とも。1992年建立。本尊の弥勒は金色で、左右にはカラフルな四天王像を祀る。
  • 大雄宝殿:釈迦如来薬師如来阿弥陀如来を祀る。羅漢像が並ぶ。
  • 大悲殿:千手千眼十一面観音を祀る?。大雄宝殿の後ろにある。清の乾隆年間に修復。観音殿。
  • 法堂:毘盧遮那仏を祀る。講堂とも。
  • 蔵経楼:日蓮宗式の本尊である一尊四士(釈迦如来、上行菩薩、無辺行菩薩、浄行菩薩、安立行菩薩)を祀るという。経蔵。法堂の後ろにある。高さ23m、間口54m、奥行30mの巨大な堂宇。「蔵経楼」の他、「妙法殿」の額も掛かる。
  • 鳩摩羅什紀念堂:鳩摩羅什像と千手観音を祀る。大雄宝殿の西にある。
  • 鳩摩羅什舎利塔:紀念堂の後ろにある。「煩悩即菩提」と額が掛かる堂の中に八宝玉石塔と呼ばれる高さ2.5mの大理石製の塔がある。石塔には「姚秦三蔵法師鳩摩羅什舎利塔」と刻まれている。後秦の皇帝姚興が413年に建てた。覆堂は1956年の建立。堂の前には「蓮華井」と鳩摩羅什の石像がある。
  • 煙霧井:舎利塔の後ろにある。霧が湧き出る井戸。西安八景の一つ「草堂煙霧」として知られる。
  • 観音閣:法堂の東にある。
  • 臥仏殿:大悲殿の東にある。
  • 鳩摩羅什碑:
  • 圭峰定慧碑:855年建立。
  • 草堂寺碑:1352年建立。「逍遙園大草堂棲禅寺宗派図」。
  • 僧肇碑:1734年建立。「勅封大智園正聖僧禅師僧肇碑」。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%8D%89%E5%A0%82%E5%AF%BA」より作成

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