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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

道元旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年12月27日 (木)

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道元(どうげん)(1200-1253)は、日本曹洞宗の開祖。承陽大師

目次

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修行時代

  • 誕生寺:京都府京都市伏見区久我。福井妙覚寺から自刻と伝える道元像を移す。
  • 松殿山荘:京都府宇治市木幡。藤原基房の別荘跡という。基房の娘の伊子が道元の母。生誕地説もある。
  • 堀河院:京都府京都市中京区。養父の屋敷跡。
  • 神護寺:京都府京都市右京区高雄。道元の母の供養を行い、その時、お香の煙が上がるのを見て、無常を感じて出家を決めたという。
  • 延暦寺:滋賀県大津市。比叡山
  • 寂場坊:滋賀県大津市。延暦寺の横川地区解脱谷にあった。
  • 千光坊:滋賀県大津市。延暦寺の横川地区般若谷にあった。
  • 園城寺:滋賀県大津市。
  • 建仁寺:京都府京都市東山区。

中国へ

  • 博多:福岡県福岡市博多区。出港地。
  • 深江:出港地。
  • 興禅寺:鹿児島県南さつま市坊津。風待の時に滞在したという(三国名勝図会)
  • 寧波:浙江省寧波市。上陸地。三江口公園に「道元禅師入宋紀念碑」がある。
  • 天童寺:浙江省寧波市ギン州区。
  • 阿育王寺:浙江省寧波市ギン州区。
  • 万寿寺:浙江省杭州市。
  • 万年寺:浙江省台州市天台県の天台山
  • 小翠岩:浙江省台州市臨海市。
  • 護聖寺:浙江省寧波市ギン州区。大梅山に現存。
  • 普陀山:浙江省舟山市普陀区。

上陸地

帰国時の上陸地には諸説あるが、肥後川尻港が有力という。

  • 川尻観音寺:熊本県熊本市南区富合町杉島。川尻港が上陸地の最有力候補という。道元が乗った船が暴風雨に流されたが、道元が端坐すると観音が現れ、風雨が収まった。上陸した浜で船板を刻み開眼した観音像(船板観音、一葉観音)を奉納したのが観音寺という。またこの浜を「開眼の浜」という。「道元禅師帰朝上陸霊地」碑がある。2000年、九州の曹洞宗寺院の協力で本堂が再建された。山号は南望山。(東隆真『わが家の宗教 曹洞宗』、熊本市富合小学校ウェブ[1]
  • 博多:福岡県福岡市博多区。上陸地の候補地。(『わが家の宗教 曹洞宗』)
  • 坊津:鹿児島県南さつま市坊津。上陸地の候補地。(『わが家の宗教 曹洞宗』)
  • 加津佐:長崎県南島原市加津佐。上陸地の候補地。道元堂があるというが不詳。道元という地名が残る。(『わが家の宗教 曹洞宗』)
  • 水巻:福岡県遠賀郡水巻町猪熊。上陸地の候補地。(水巻町商工会ウェブ)

帰国後

  • 建仁寺:京都府京都市東山区。
  • 欣浄寺:京都府京都市伏見区。当時は安養院といった。
  • 寂照院:京都府長岡京市。山城・海印寺の子院。
  • 龍雲寺:京都府綴喜郡宇治田原町。道元創建と伝える。
  • 深草・興聖寺:京都府京都市伏見区深草。道元が最初に開いた道場。現在の宝塔寺のあたり。
  • 宇治・興聖寺:京都府宇治市。江戸時代に復興。
  • 波多野義重邸:京都府京都市東山区。六波羅蜜寺の側という。道元が説法した旧跡。寺に記念碑。

越前へ

  • 近江・興聖寺:滋賀県高島市朽木岩瀬。道元創建と伝える。朽木興聖寺。
  • 妙覚寺:福井県越前市上小松町。天福元年(1233)、道元が創建したという(越前国名蹟考)。『日本歴史地名大系』には「大正八年(一九一九)京都府へ寺号を移し廃寺となった」とあるが、現在もあるようだ。
  • 鈴巌寺:福井県勝山市北郷町岩屋。道元が住み、道元が籠った洞窟が今もあるという(越前地理指南)。寺は廃絶。(日本歴史地名大系)
  • 吉峰寺:福井県吉田郡永平寺町。波多野義重に招かれて住んだ。明治時代の復興。
  • 禅師峰寺:福井県大野市。明治時代の復興。
  • 永平寺:福井県吉田郡永平寺町。波多野義重の支援で創建。
  • 名越白衣舎:神奈川県鎌倉市大町。北条時頼に招かれ名越白衣舎に滞在したという。その跡地は全く不明で、2002年になって鶴岡八幡宮から建長寺に行く途中に適地を選び「只管打坐」碑が建てられた。
  • 真覚寺:福井県三方上中郡若狭町新道。浄土真宗大谷派か。京都と越前の往復の時に休んだ旧跡で、山号は永平山という。

晩年

  • 脇本宿:福井県南条郡南越前町脇本。義介に最後の教えを説き別れた地。「道元禅師御旧蹟」碑がある。
  • 木の芽峠:福井県南条郡南越前町板取。記念碑。
  • 覚念邸:京都府京都市下京区。没地。昭和55年建立の「道元禅師示寂聖地」碑がある。
  • 道元火葬所:京都府京都市東山区。円山公園。記念碑。
  • 永平寺承陽殿:福井県吉田郡永平寺町。墓所。
  • 永光寺開山堂:石川県羽咋市。分骨。
  • 宇治興聖寺開山塔:京都府宇治市。分骨。
  • 大乗寺開山堂:石川県金沢市。分骨。
  • 正法寺:岩手県奥州市水沢区。分骨。
  • 法光寺承陽塔:青森県三戸郡南部町。分骨。
  • 可睡斎高祖廟:静岡県袋井市。分骨。


年表

略年譜

  • 1200年(正治2年):山城国木幡で誕生。あるいは現在の伏見・誕生寺とも。
  • 1202年(建仁2年):父死去。
  • 1207年(承元1年):母死去。
  • 1212年(建暦2年):延暦寺に入る。
  • 1213年(建保1年):公円について剃髪。受戒。
  • 1217年(建保5年):建仁寺に赴き、栄西門下の明全に参禅。
  • 1223年(貞応2年)2月:明全と入宋。
  • 1223年(貞応2年)秋:阿育王山に登拝。
  • 1225年(嘉禄1年)春:径山に参拝。
  • 1227年(安貞1年):帰国し、建仁寺に寄宿。
  • 1230年(寛喜2年):建仁寺を追われて深草に移り、安養院に入る。
  • 1233年(天福1年)頃:深草に道場。のちの深草・興聖寺
  • 1236年(嘉禎2年)10月:同寺に僧堂を開く。
  • 1237年(嘉禎3年):『典座教訓』を記す
  • 1234年(文暦1年)冬:孤雲懐奘が入門。
  • 1243年(寛元1年)7月:波多野義重の招きで越前志比荘に移る。
  • 1244年(寛元2年):大仏寺に入る。
  • 1246年(寛元4年)6月:永平寺と改称。
  • 1247年(宝治1年):鎌倉に下るがすぐに越前に戻る。
  • 1253年(建長5年)8月28日:京都で死去。

死後の年表

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%81%93%E5%85%83%E6%97%A7%E8%B7%A1」より作成

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