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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

永平寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月14日 (水)

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永平寺(えいへいじ)は、福井県吉田郡永平寺町にある、曹洞宗本山寺院。曹洞宗大本山。本尊は釈迦如来道元旧跡元号寺永平寺関連旧跡も参照。 山号は吉祥山。

中国の景徳寺を模して建てられた。寺名は、最初は傘松峰大仏寺と称したが、のちに中国に仏教が伝来した永平年間にちなんで改称した。

仏殿、法堂を中心に伽藍が立ち並び、道元の墓所である承陽殿がある。

近くには道元の旧跡である吉峰寺禅師峰寺がある


目次

伽藍

  • 仏殿
  • 法堂
  • 遺身堂:閻魔堂
  • 御霊屋
  • 僧堂
  • 抄雲堂
  • 承陽殿
  • 舎利殿
  • 祠堂殿
  • 観音堂:愛宕山にある。
  • 地蔵堂


  • 妙高台
  • 不老閣
  • 吉祥閣
  • 傘松閣
  • 一華蔵
  • 光明蔵
  • 真陽閣
  • 五葉閣
  • 聖宝閣
  • 勅使門
  • 総門
  • 山門
  • 中雀門:教台?
  • 経蔵
  • 鐘楼
  • 浴室
  • 七軒東司
  • 首座寮
  • 書記寮
  • 延寿寮
  • 維那寮
  • 孤雲閣
  • 光明庫:書院
  • 摂賓
  • 宝蔵
  • 水碓房
  • 納経塔
  • 白山神社
  • 稲荷社
  • 神明社
  • 愛宕社:愛宕山にある。
  • 弁財天社
  • 金刀比羅堂

塔頭

  • 地蔵院
  • 嶺梅院
  • 長寿院
  • 龍昌院

組織

住職

江戸時代は下野大中寺・下総総寧寺・武蔵龍穏寺の住職から晋山する「関三刹昇住制」を取った。現在は貫首と呼ばれる。

歴代 僧名 姓名 勅特賜・諡号・称号 生没年 在職年 略歴
1 道元 仏性伝東国師
承陽大師
1200-1253
2 孤雲懐奘 道光普照国師 1198-1280 1253-1267
1272-1280
元は日本達磨宗の僧侶。京都出身。1198年(建久9年)生。九条家。九条為通の孫。九条為実の子。延暦寺の円能について剃髪。1218年(建保6年)延暦寺戒壇院で受戒。天台宗、倶舎宗、成実宗、三論宗、法相宗などを学ぶ。さらに浄土宗西山派派祖の証空浄土宗を学ぶ。多武峰の東山覚晏に日本達磨宗の禅を学ぶ。道元帰国の噂を聞き付け、建仁寺で問答を仕掛けるがかえって感銘を受ける。覚晏の死後、1234年(文暦1年)興聖寺の道元に師事。1235年(嘉禎1年)8月道元から嗣法。1253年(建長5年)7月、永平寺2世となる。1267年(文永4年)、徹通義介に譲る。しかし、徹通義介が退去したため、1272年(文永9年)頃再任。1280年(弘安3年)8月24日死去。83歳。1930年(昭和5年)、昭和天皇から「道光普照国師」号を勅諡。著書『光明蔵三昧』。『正法眼蔵随聞記』の編者ともいわれる。(国史大辞典)
3 徹通義介 1219-1309 1267-1272
1280-1293
元は日本達磨宗の僧侶。越前国出身。1219年(承久1年)2月2日生。俗姓は藤原氏。1231年(寛喜3年)日本達磨宗の波着寺懐鑑に師事。翌年、延暦寺で具足戒を受ける。1241年(仁治2年)、懐鑑らと共に深草・興聖寺で道元に入門。永平寺創建後は典座・監寺を歴任。道元死後は孤雲懐奘から嗣法。京都の建仁寺東福寺や鎌倉の寿福寺建長寺などを視察。1259年(正元1年)から宋に4年間留学。『五山十刹図』を請来。1267年(文永4年)永平寺3世となるが1272年(文永9年)に退去(永平寺には孤雲懐奘が再任)。麓の養母堂で母を養う。1280年(弘安3年)、孤雲懐奘の死で、永平寺に再任。1293年(永仁1年)、再び永平寺を退去し、加賀・大乗寺を開く。1298年(永仁6年)、大乗寺を瑩山紹瑾に譲って隠居。1309年(延慶2年)9月14日死去。91歳。塔所は大乗寺定光院。義鑑、義价とも。(国史大辞典)
4 義演 ?-1314 元は日本達磨宗の僧侶。三代相論。波著寺の懐鑑に学ぶ。1241年(仁治2年)道元の弟子となる。のち孤雲懐奘に嗣法。『永平広録』を編纂。1314年(正和3年)10月26日死去。(日本人名大辞典)
5 義雲 (中興) 1253-1333 1314-1333 永平寺中興。宝慶寺2世。京都出身。1253年(建長5年)12月生。天台宗、華厳宗を学び、曹洞宗に転じる。寂円から嗣法。1299年(正安1年)宝慶寺住職。波多野通貞に招かれ1314年(正和3年)永平寺5世となる。1329年(元徳1年)、道元の著書『正法眼蔵』六十巻本を編纂。1333年(元弘3年/正慶2年)10月12日死去。81歳。塔所は永平寺霊梅院。『義雲和尚語録』が残る。(国史大辞典、日本人名大辞典)
6 曇希
7 以一
8 喜純
9 宗吾
10 永智
11 祖機
12 了鑑
13 建綱
14 建撕 1415-1474 1468年(応仁2年)『建撕記』を著す。
15 光周 1502年(文亀2年)に書写した『永平寺知事清規』が残る。
16 宗縁
17 以貫
18 祚棟
19 祚玖 ?-1610 1574年(天正2年)の一向一揆で永平寺が焼失すると祚玖は宝物を携えて北庄に避難し、新永平寺を建てた。織田信長が一向一揆を平定した後、旧地に再建したため、新永平寺は弟子の祚天が継ぎ、鎮徳寺と称した。
20 門鶴 ?-1615 『永平広録』草稿本10巻門鶴本が残る。
21 海巌宗奕 大通智光禅師 ?-1620(?-1621とも) 「智光大通禅師」とも
22 常智祚天 大説常智禅師 ?-1631 祚玖の弟子?新永平寺(鎮徳寺)住職?
23 仏山秀察 仏山徳照禅師 ?-1641 1619-1634 1590年(天正18年)、大炊介重照を開基として楞厳寺を創建(日本歴史地名大系)。寛永年間、福井藩家老の狛伊勢守が通安寺を創建(日本歴史地名大系)。京都府南丹市日吉町の龍沢寺の勧請開山。
24 孤峰龍札 日照孤峰禅師 ?-1646 京都府南丹市日吉町の龍沢寺の開山。
25 北岸良頓 鉄面痴頑禅師 ?-1648
26 天海良義 万斛大鐘禅師 ?-1650 1645年(正保2年)正応寺を創建。
27 嶺巌英峻 万照高国禅師 ?-1674 1652- 総寧寺21世。1653年(承応2年)亀岡甘露寺の梵鐘の勧進をしている。沼田藩主真田信吉を開基に天桂寺を創建。1664年(寛文4年)、小浜藩主酒井忠勝を開基に川口傑伝寺を創建。1672年(寛文12年)円通寺(安養寺)を中興。総持寺系である関三刹から永平寺に昇住する先例を開いた。
28 北州門渚 普照北州禅師 ?-1660 館山福生寺を中興。
29 鉄心御州 大覚仏海禅師 ?-1666(?-1664とも) 龍穏寺22世。鉄心御洲。
30 智堂光紹 慧輪永明禅師 ?-1670 総寧寺22世。1667年(寛文7年)に『日域曹洞初祖道元禅師清規』(永平清規)を刊行。
31 月洲尊海 芳山月州禅師 ?-1682 大中寺18世。1673年(延宝1年)小栗須慈雲寺を中興。1683年(天和3年)丹後龍献寺の伝法開山となる。『総持寺史』に「芳山月洲禅師」とある。
32 大了愚門 因光大了禅師 ?-1682 龍穏寺25世。
33 山陰徹翁 覚海智円禅師 ?-1700 総寧寺25世。
34 馥州高郁 大仙国光禅師 ?-1688 龍穏寺27世。
35 版橈晃全 応安万国禅師 1627-1693 龍穏寺28世。讃岐国出身。1627年(寛永4年)生。馥州高郁に嗣法。泉岳寺住職。1685年(貞享2年)中国高僧伝『僧譜冠字韻類』を編纂。1693年(元禄6年)2月24日死去。67歳。(日本人名大辞典)
36 融峰本祝 大証無得禅師 ?-1700 総寧寺26世。
37 石牛天梁 本然円明禅師 ?-1714 大中寺23世。1714年(正徳4年)横浜陽光院を創建。寂円派の最後の住職。
38 緑巌厳柳 清了大安禅師 ?-1716 総寧寺27世。
39 承天則地 大清撫国禅師 1659-1753(1655-1744とも。?-1684とも) 1716-1729 龍穏寺31世。
40 大虚喝玄 円成実性禅師 1661-1736 1729-1736 総寧寺31世。
41 義晃雄禅 円満覚性禅師 1671-1740 1736-1740 大中寺住職。『総持寺史』に「円満覚照禅師」とあるのは誤りか
42 円月江寂 大智慧光禅師 1694-1750 龍穏寺37世。
43 央元密巌 廓然大行禅師 ?-1761 大中寺30世。
44 大晃越宗 正法保国禅師 ?-1758 大中寺31世。
45 宝山湛海 大珍慧鏡禅師 ?-1771 龍穏寺42世。
46 良須弥山 真空妙有禅師 ?-1771 大中寺住職。
47 天海薫元 金毛全威禅師 ?-1771 龍穏寺43世。
48 成山台明 仏鎮護国禅師 ?-1793 総寧寺37世。
49 国元大耕 円観正覚禅師 ?-1794 大中寺34世。
50 玄透即中 洞宗宏振禅師 1729-1807 1795- 龍穏寺47世。倉敷円通寺11世。1754年(宝暦4年)成道寺住職。1795年(寛政7年)、永平寺貫首に就任し、『正法眼蔵』開版を発願(1816年(文化13年)完成)。
51 霊岳恵源 ?-1806 大中寺36世。
52 独雄宣峰 広寿妙済禅師 1746-1835 総寧寺40世。
53 仏星為戒 昭化理宗禅師 1742-1818/1828 龍穏寺51世。筑後国出身。俗姓は堀尾。1742年(寛保2年)生。隆峰祖紹から嗣法。龍穏寺住職を経て永平寺住職。1818年(文政1年)(1828年(文政11年))9月4日死去。(日本人名大辞典)
54 博容卍海 大運法乗禅師 ?-1821 大中寺39世。
55 縁産大因 天臨高長禅師 1763-1825 龍穏寺53世。
56 無庵雲居 1757-1827 龍穏寺54世。
57 載庵禹隣 宏済慈国禅師 1768-1845 総寧寺43世。
58 道海大信 ?-1844 龍穏寺56世。
59 観禅眺宗 慈航真済禅師 ?-1848 総寧寺46世。
60 臥雲童龍 上村臥雲 大晃明覚禅師 1790-1870 大中寺43世。
61 環渓密雲 久我環渓 絶学天真禅師 1817-1884 豪徳寺、興聖寺を歴任。
62 鉄肝雪鴻 青蔭雪鴻 円応道鑑禅師 1832-1885 1883-1885 越前国出身。1832年(天保3年)1月8日生。俗姓は薄金。鴻雪爪に嗣法。1867年(慶応3年)孝顕寺住職。1871年(明治4年)永平寺監院。1883年(明治16年)宗門最初の永平寺貫首選挙で当選。1885年(明治18年)8月10日死去。54歳。
63 魯山琢宗 滝谷琢宗 真晃断際禅師 1836-1897
64 大休悟由 森田悟由 性海慈船禅師 1834-1915 1891-1915 尾張国出身。1834年(天保5年)1月1日生。1915年(大正4年)2月9日死去。82歳。諸嶽奕堂に師事。天瑞白龍に嗣法。龍徳寺、玉龍寺、天徳院を歴任。1891年(明治24年)永平寺貫首。1895年(明治28年)曹洞宗管長。(日本大百科全書、日本人名大辞典)
65 寿硯黙童 福山黙童 慧光玄照禅師 1841-1916 1915-1916 1841年(天保12年)5月11日生。三河国出身。禅海霊龍に師事。1868年(明治1年)真興寺住職。1875年(明治8年)妙厳寺住職29世。1881年(明治14年)教導職権少教正。1889年(明治22年)曹洞宗大学林教授。同年総監。1890年(明治23年)永平寺東京出張所監院。1896年(明治29年)妙厳寺住職を退任。1903年(明治36年)永平寺西堂。1915年(大正4年)永平寺貫首。1916年(大正5年)3月30日、熊本金慶寺で布教中に死去。(20世紀日本人名事典)
66 維室黙仙 日置黙仙 明鑑道機禅師 1847-1920 1916-1920 伯耆国出身。1847年(弘化4年)1月23日生。諸岳奕堂に師事。笑巌黙中に嗣法。可睡斎住職。1900年(明治33年)シャム王国への仏骨奉迎使節を務める。1904年(明治37年)日暹寺創建に参画。1916年(大正5年)永平寺貫首。1917年(大正6年)曹洞宗管長。1920年(大正9年)9月2日死去。74歳。(日本人名大辞典)
67 元峰大〓 北野元峰 円証明修禅師 1842-1933 1920- 越前国出身。1842年(天保13年)11月1日生。素信魯衷に嗣法。1873年(明治6年)青松寺住職。永平寺と総持寺の対立を調停。1920年(大正9年)永平寺貫首、曹洞宗管長。1933年(昭和8年)10月19日死去。92歳。著書に『起信論講義』。(日本人名大辞典)
68 黙道慧昭 秦慧昭 大規正信禅師 1862-1944 「黙堂慧昭」とある
69 白龍天山 鈴木天山 密伝慈性禅師 1863-1941 総持寺貫首独住10世。
70 活龍禅戒 大森禅戒 1871-1947 総持寺貫首独住11世。1871年(明治4年)7月14日生。福井県出身。1900年(明治33年)曹洞宗大学林学監兼教授。1904年(明治37年)欧米に留学。曹洞宗教学部長。1934年(昭和9年)駒沢大学学長。1940年(昭和15年)曹洞宗管長。1941年(昭和16年)永平寺貫首・総持寺貫首(??)。1947年(昭和22年)2月4日死去。77歳。(日本人名大辞典)
71 玉堂瓏仙 高階瓏仙 大鑑道光禅師 1876-1968 1941- 総持寺貫首独住12世。1876年(明治9年)12月15日生。1968年(昭和43年)1月19日死去。91歳。福岡県出身。高階默仙に師事。曹洞宗大学林卒。日置黙仙に師事。1903年(明治36年)永泉寺住職。1905年(明治38年)崇信寺住職。1909年(明治42年)曹洞宗大学教授。1910年(明治43年)曹洞宗特選議員。1915年(大正4年)福岡安国寺住職。宗議会議長、宗務院総務を歴任。1928年(昭和3年)朝鮮布教総監。1931年(昭和6年)可睡斎住職。1941年(昭和16年)永平寺貫首・総持寺貫首(??)。1944年(昭和19年)曹洞宗管長。1957年(昭和32年)全日本仏教会会長。(日本人名大辞典、20世紀日本人名事典)
72 訓山玄彝 佐川玄彝 ?-1977 総持寺貫首独住15世。
73 祖学泰禅 熊沢泰禅 大光円心禅師 1873-1968 総持寺貫首独住16世。愛知県出身。1873年(明治6年)5月1日生。1880年(明治13年)出家。1891年(明治24年)諏訪周禅から嗣法。1892年(明治25年)永平寺に入る。1901年(明治34年)曹洞宗大学林卒。同年宗門内地留学生となり、京都浄土宗専門学院に入り唯識を学ぶ。1905年(明治38年)慈眼院住職。1908年(明治41年)曹洞宗大学林教授。1911年(明治44年)永建寺住職。1916年(大正5年)永平寺副監院。永平寺後堂職、永平寺監院を歴任。1943年(昭和18年)総持寺西堂職。1944年(昭和19年)総持寺貫首。ついで永平寺貫首。駒沢大学教授。1968年(昭和43年)1月7日死去。94歳。(日本人名大辞典、20世紀日本人名事典)
74 博裔泰舜 佐藤泰舜 直指円性禅師 1890-1975 1968-1975 仏教学者。愛知県出身。1890年(明治23年)12月1日生。旧姓は福田。1915年(大正4年)曹洞宗大学卒。1923年(大正12年)東京帝国大学卒。奈良東大寺に留学。1931年(昭和6年)欧州留学。駒沢大学、東洋大学、京城帝国大学の教授を歴任。曹洞宗京城別院曹渓寺の戦後処理を務めた。1952年(昭和27年)永平寺侍局次長。1959年(昭和34年)永平寺監院。1966年(昭和41年)永平寺副貫首。1968年(昭和43年)永平寺貫首・曹洞宗管長。1975年(昭和50年)2月28日死去。84歳。(日本人名大辞典、20世紀日本人名事典)
75 鷲峰霊林 山田霊林 仏真宏照禅師 1889-1979 1975-1979 岐阜県出身。1889年(明治22年)1月20日生。1915年(大正4年)曹洞宗大学卒。曹洞宗宗学研究生。1918年(大正7年)総持寺宗学研究員。23年間、雑誌『禅の生活』編集主幹を務めた。1926年(昭和1年)世田谷中学校教頭。1938年(昭和13年)同校校長。1941年(昭和16年)駒沢大学学監。1954年(昭和29年)曹洞宗宗学研究所副所長。1960年(昭和35年)北米開教総監。1964年(昭和39年)駒沢大学総長。1968年(昭和43年)永平寺副貫首。1975年(昭和50年)永平寺貫首。1979年(昭和54年)7月15日死去。(20世紀日本人名事典)
76 明峰慧玉 秦慧玉 慈眼福海禅師 1896-1985 1976-1985 兵庫県出身。1896年(明治29年)3月25日生。東北帝国大学卒。秦慧昭に師事。正眼寺で修行。旧制浦和高校教授、駒沢大学教授。1976年(昭和51年)曹洞宗管長・永平寺貫首。1985年(昭和60年)1月2日死去。88歳。(日本人名大辞典)
77 瑞岳廉芳 丹羽廉芳 慈光円海禅師 1905-1993
78 旃崖奕保 宮崎奕保 1901-2008 1993-2008 1901年(明治34年)生。1929年(昭和4年)、福田寺(兵庫県加古川市)住職。1976年(昭和51年)、札幌中央寺住職。永平寺監院、永平寺副貫首を歴任。1993年(平成5年)、永平寺貫首。2008年(平成20年)1月5日死去。106歳。
79 絶学諦法 福山諦法 1932- 2008- 1932年(昭和7年)生。妙厳寺住職。2008年(平成20年)1月5日永平寺貫首に就任。
  • 『日本仏家人名辞書』
  • 1994『大本山永平寺展』
  • 栗山泰音『総持寺史』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%B0%B8%E5%B9%B3%E5%AF%BA」より作成

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