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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

総持寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年6月2日 (土)

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総持寺(そうじじ)は、神奈川県横浜市鶴見区にある、曹洞宗本山寺院。曹洞宗大本山。元は石川県にあり、旧地に総持寺祖院がある。総持寺関連旧跡も参照。(参考 同名寺院総持寺 (同名)

目次

伽藍

  • 仏殿:総持寺の本堂。本尊は釈迦如来。脇侍として迦葉阿難を祀る。また禅宗開祖の達磨、曹洞宗独自の護法神である大権修理菩薩、曹洞宗開祖の洞山良价、道元の師の天童如浄も祀る。1915年(大正4年)建立。大雄宝殿。参道に向唐門(勅使門)や玉兔門・中雀門・金鶏門がある。
  • 大祖堂:法堂と開山堂を兼ねる。仏殿より大きく、主だった法要がここで行われる。コンクリート造。1965年(昭和40年)建立。内陣奥には伝灯院と呼ばれる場所があり、歴代の位牌を祀る。地下にある客殿を瑞応殿と呼ぶ。
  • 大僧堂:本尊は僧形文殊菩薩。僧侶の修行のための僧堂。
  • 衆寮:本尊は准胝観音。脇侍は難陀龍王と跋難陀龍王。元は僧侶の修行のための僧堂だったが現在は一般向けの坐禅堂として使われている。
  • 御霊殿:後醍醐天皇などを祀る。
  • 放光堂:1911年(明治44年)建立。
  • 常照殿
  • 梅寿庵:地蔵願王大菩薩を祀る。水子供養の場。
  • 延命地蔵:三松関の脇にある。祖院にある三味線地蔵に当たるという。
  • 聖観音:
  • 桜木観音:1951年(昭和26年)に国鉄桜木町駅で起きた桜木町事故の犠牲者を弔う。
  • 平成救世観音:
  • 鶴見事故慰霊碑:
  • 放光観音:
  • 三宝殿:三宝荒神を祀る鎮守社。総持寺3世の太源宗真が勧請したという。
  • 穴熊稲荷神社:稲荷信仰の鎮守社。
  • 三門:1969年(昭和44年)建立。木原造林社長の木原崇雲(木原豊次郎)が寄進。鉄筋コンクリート造。左右に金剛力士像。楼上には放光菩薩、十六羅漢、四天王を祀る。放光菩薩は日本曹洞宗独自の尊格で、観音菩薩と地蔵菩薩の組み合わせを呼ぶ。山門とも。
  • 三松関:総門
  • 鐘鼓楼:
  • 大梵鐘:1913年(大正2年)建立。
  • 嫡々庵:総持寺の宝物館。1974年(昭和49年)開館。当初は「宝物殿」と称したが現在は宝蔵館「嫡々庵」と称す。
  • 五院墓地:
  • 慈照塔:
  • 「旧成願寺跡地」碑:再建のために境内地を献納した武蔵・成願寺の旧地を示す石碑。
  • 紫雲台:表方丈。総持寺住職に謁見するための大書院。紫雲台は総持寺住職の尊称にもなっている。紫雲庭や茶室倚松庵がある。
  • 三松閣:地上4階、地下2階の大型の檀信徒施設。4階には大講堂があり釈迦如来を祀る。
  • 香積台:参拝者の総受付。巨大な大黒天像を祀る。
  • 慈峰閣:総合寺務室。近代的なビル。地上4階。2006年(平成18年)竣工。
  • 待鳳館:迎賓館。1915年(大正4年)竣工。1923年(大正12年)の関東大震災で玄関を残し倒壊。1957年(昭和32年)、千駄ケ谷にあった尾張徳川家旧書院を移築。
  • 侍局:総持寺住職の居館。「表方丈の間」と内寮がある。跳龍室とも呼ばれる。崇雲庭がある。
  • 天真閣:
  • 監院寮:
  • 祥雲閣:
  • 白字館:現在の慈峰閣の場所にあった。
  • 汲古室:
  • 四安楽:
  • 虎嘯窟:1911年(明治44年)建立。
  • 鶴翔寮:虎嘯窟に隣接。
  • 伝光閣:衆寮の背後にある。

組織

住職

  • 1瑩山紹瑾(1268-1325):
  • 2峨山韶碩(1275-1365):
  • 3太源宗真(?-1371):
  • 4無端祖環(?-1387):
  • 5通幻寂霊(1322-1391):
  • 6太山如元(生没年不詳):
  • 7無端祖環(?-1387):
  • 8大徹宗令(1333-1408):
  • 9実峰良秀(1318-1405):
  • 10竹堂了源():

『岳山史論』[1]

独住

開山瑩山紹瑾、二祖峨山韶碩の後は、普蔵院、妙高庵、洞川庵、伝法庵、如意庵が輪番で住職を務め、数百代を重ねた。明治になり輪番制度は廃止された。一説には1870年(明治3年)の廃止の時点で、4万9766世となっていた(『能登総持寺』)。 現在は貫首と呼ぶ。

独住 僧名 姓名 勅特賜・諡号・称号 生没年 在職年 備考
1 旃崖奕堂 諸岳奕堂 弘済慈徳禅師 1805-1879 1870-1879 尾張国出身。俗姓は平野。1805年(文化2年)生。山科大空寺、前橋龍雲院、金沢天徳院を歴任。1870年(明治3年)7月、総持寺独住1世に就任。1879年(明治12年)8月24日死去。75歳。(日本人名大辞典)
2 大岡楳仙 畦上楳仙 法雲普蓋禅師 1825-1901 1880-1901 信濃国下高井郡夜間瀬出身。1825年(文政8年)7月15日生。駒込栴檀林で学ぶ。信濃の興隆寺、大林寺、長国寺、前橋の龍海院、相模の最乗寺などに歴住。1880年(明治13年)2月総持寺貫首に就任。翌年曹洞宗管長。在職中、大火災で伽藍焼失。1901年(明治34年)、茗荷谷林泉寺に引退。同年12月27日死去。77歳。(日本大百科全書、日本人名大辞典)
3 穆山瑾英 西有穆山 直心浄国禅師 1821-1910 1901-1905 陸奥国八戸出身。俗姓は笹本。1821年(文政4年)10月23日生。陸奥法光寺、札幌中央寺、可睡斎を歴任。1900年(明治33年)横浜に西有寺を創建。1901年(明治34年)3月15日総持寺貫首に就任。翌年曹洞宗管長。『曹洞教会修証義』を制定。1905年(明治38年)退任。1910年(明治43年)12月4日死去。90歳。(日本大百科全書、日本人名大辞典)
4 牧牛素童 石川素童 大円玄致禅師 1841-1920 1905-1920 総持寺の横浜移転を実現した貫首。尾張国大曽根出身。1841年(天保12年)12月1日生。龍拈寺、清涼寺、豪徳寺、最乗寺の住職を歴任。1905年(明治38年)4月16日總持寺貫首に就任。翌年曹洞宗第8代管長。1911年(明治44年)、総持寺の横浜移転を実現する。1920年(大正9年)11月16日死去。80歳。(20世紀日本人名事典、日本人名大辞典)
5 穆英石禅 新井石禅 大陽真鑑禅師 1864-1927 1920- 陸奥国伊達郡梁川出身。1864年(元治1年)12月19日生。曹洞宗専門本校卒。新潟雲洞庵、最乗寺の住職を歴任。明治22年曹洞宗大学林学監。宗務院教学部長。1920年(大正9年)総持寺貫首。中国やアメリカで布教。1927年(昭和2年)12月7日死去。64歳。(朝日日本歴史人物事典、日本人名大辞典)
6 玄光道山 杉本道山 真応誠諦禅師 1847-1929 1847年(弘化4年)生。1876年(明治9年)尾張鳴海・瑞泉寺の住職となる。松代長国寺住職。曹洞宗大学林学長。最乗寺独住9世。1929年(昭和4年)10月16日死去。83歳。(日本人名大辞典)
7 大忍孝道 秋野孝道 黙照円通禅師 1858-1934 1929-1934 遠江国榛原郡相良出身。1858年(安政5年)4月18日生。静岡長興寺で出家。曹洞宗大学専門本校卒。1889年(明治22年)天徳寺住職。1892年(明治25年)曹洞宗大学林学監。1905年(明治38年)永平寺の後堂となる。1907年(明治40年)大洞院住職。1909年(明治42年)曹洞宗大学学長。1916年(大正5年)可睡斎住職。最乗寺住職。1929年(昭和4年)総持寺貫首。1930年(昭和5年)曹洞宗管長。1934年(昭和9年)2月20日死去。77歳。(20世紀日本人名事典、日本人名大辞典)
8 雷〓泰音 栗山泰音 覚同行智禅師 1860-1937 1934-1937 師家として、史学者として、宗政家として活躍した。京都出身。旧姓は村上。1860年(万延1年)生。1888年(明治21年)曹洞宗宗務局に入り法式改正係書記。人事部長、庶務部長、尚書、総務を歴任。1892年(明治25年)総持寺東京出張所副監院。1900年(明治33年)総持寺伽藍再建事務本部総務部副長となり、総持寺の横浜移転の中心的役割を担った。総持寺本山顧問、東京出張所監院などを経て、1934年(昭和9年)総持寺貫首。1937年(昭和12年)6月2日死去。78歳。村上泰音。(熊本英人「栗山泰音の教団論」[2]
9 天祐道海 伊藤道海 無辺光照禅師 1874-1940 1935-1940 新潟県出身。1874年(明治7年)5月生。能登総持寺僧堂に掛錫。1904年(明治37年)曹洞宗大学林卒。同年、山形県宝鏡寺住職。1911年(明治44年)横浜に移転した総持寺の初代副寺。1921年(大正10年)総持寺副監院。同年山梨県大泉寺住職。1925年(大正14年)6月総持寺監院。1928年(昭和3年)3月、最乗寺住職。1935年(昭和10年)3月曹洞宗管長(当時は本山住職と一致しない)。同年5月、総持寺貫首。1940年(昭和15年)7月16日死去。67歳。(20世紀日本人名事典、日本人名大辞典)
10 白龍天山 鈴木天山 密伝慈性禅師 1863-1941 永平寺貫首69世。(略歴は総持寺#組織を参照)
11 活龍禅戒 大森禅戒 なし 1871-1947 永平寺貫首70世。(略歴は総持寺#組織を参照)
12 玉堂瓏仙 高階瓏仙 大鑑道光禅師 1876-1968 永平寺貫首71世。(略歴は総持寺#組織を参照)
13 宝雲界珠 福山界珠 真徳玄光禅師 1881-1943 1881年(明治14年)生。豊川妙厳寺住職。1928年(昭和3年)現在の豊川高校を開設。永平寺監院を経て総持寺貫首。1943年(昭和18年)3月15日死去。
14 実山篤立 久我篤立 なし? 1861-1943 1943-1943 三河国出身。1861年(文久1年)8月1日生。曹洞宗大学林卒。1887年(明治20年)豊橋龍拈寺住職。1943年(昭和18年)総持寺貫首。同年3月19日死去。83歳。(日本人名大辞典)(20世紀日本人名事典では生没年を1863-1944とする。)
15 訓山玄彝 佐川玄彝 なし? 永平寺貫首72世。(略歴は総持寺#組織を参照)
16 祖学泰禅 熊沢泰禅 大光円心禅師 1873-1968 1944- 永平寺貫首73世。(略歴は総持寺#組織を参照)
17 本行玄宗 渡辺玄宗 円鑑不昧禅師 1869-1963 ?-1957 大乗寺66世。1957年(昭和32年)10月15日退任。退任後は祖院に入る。興禅寺を創建。
18 瑩堂智〓 孤峰智〓 円応至道禅師 1879-1967 1957-1967 富山県富山市出身。俗姓は奥田。1879年(明治12年)8月16日生。曹洞宗大学林卒。教導講習院卒。永光寺最乗寺住職を歴任。1928年(昭和3年)師家。最乗寺専門僧堂長、長野県専門尼僧堂長。総持寺副監院、監院、副貫首を経て1957年(昭和32年)総持寺貫首。1966年(昭和41年)鶴見女子大学を開設。1967年(昭和42年)11月1日死去。88歳。〓は璨(サン)。(20世紀日本人名事典、日本人名大辞典)
19 絶海勝俊 岩本勝俊 正応天真禅師 1895-1979 1967- 1895年(明治28年)2月28日生。1934年(昭和9年)吉祥寺住職。大船観音寺の開基。1967年(昭和42年)総持寺貫首。1979年(昭和54年)死去。
20 形山瑾映 乙川瑾映 仏海真光禅師 1902-1982 1902年(明治35年)生。新潟宗現寺住職。最乗寺住職。大船観音寺の開山。1982年(昭和57年)12月6日死去。
21 梅田信隆 真源宏宗禅師 1906-2000 1982-1996 1906年(明治39年)生。福岡県糸島郡二丈町出身。福岡禅覚寺、福岡東林寺を歴任。1982年(昭和57年)総持寺貫首。1996年(平成8年)退任。2000年(平成12年)9月11日死去。
22 得道芳髄 成田芳髄 大環正応禅師 1905-1998 1996-1998 1905年(明治38年)生。岩手正法寺、愛知龍谷寺、埼玉東光寺の住職を歴任。中国布教使を務めた。日泰寺専門僧堂堂長7世。1996年(平成8年)総持寺貫首。1998年(平成10年)1月22日死去。92歳。
23 雲海興宗 板橋興宗 閑月即真禅師 1927- 1998-2002 1927年(昭和2年)5月20日生。宮城県多賀城市出身。海軍兵学校入学。1953年(昭和28年)東北大学卒。福井瑞洞院住職、金沢大乗寺住職。1998年(平成10年)、総持寺貫首に就任。2002年(平成14年)10月退任。御誕生寺を創建。
24 大鼎晃仙 大道晃仙 慈峰英鑑禅師 1917-2011 2003-2011 釧路定光寺住職。1998年(平成10年)3月、総持寺副貫首。2002年(平成14年)10月、総持寺貫首。2011年(平成23年)4月16日退任。同年6月25日死去。93歳。
25 徹玄辰三? 江川辰三 大寛真応禅師 1928- 2011- 駒沢大学卒。山梨県清光寺住職、愛知県宝泉寺住職を歴任。1996年(平成8年)、総持寺監院に就任。2008年(平成20年)、愛知県正眼寺住職。2010年(平成22年)、総持寺副貫首。2011年(平成23年)4月、総持寺貫首。

監院

http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B7%8F%E6%8C%81%E5%AF%BA」より作成

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