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離宮八幡宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年7月5日 (日)

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離宮八幡宮(国土地理院空中写真より)

離宮八幡宮(りきゅう・はちまんぐう)は京都府乙訓郡大山崎町にある八幡信仰の神社。祭神は応神天皇・酒解神・田心姫神・市杵島姫命・湍津姫命。石清水八幡宮関連旧跡河陽宮の跡地という。府社大山崎離宮八幡宮とも呼ばれた。

歴史

石清水八幡宮広域(国土地理院空中写真より)

『石清水八幡宮護国寺略記』によると859年(貞観1年)8月、宇佐八幡宮から迎えた八幡神が男山にに鎮座する直前にこの場所に一時奉斎したという。実際の創建は室町時代以降とも言われる。 祭神に含む酒解神は、神社の北の天王山にある自玉手祭来酒解神社を分霊したものと思われる。

山崎では古代から胡麻油の生産が行われていたが、中世以降、発展。離宮八幡宮に所属し、石清水八幡宮の燈油を調進する神人として油の専売特権を得た。大山崎神人と呼ばれた。1222年(貞応1年)には不破関通行証を得た。豊臣秀吉の頃に専売特許は廃止された。

1635年(寛永12年)、社殿再建。1670年(寛文10年)風水害で破損。1695年(元禄8年)再建。

この頃、石清水八幡宮と争論となる。石清水八幡宮は離宮八幡宮は当社の行宮だと主張し対立。離宮八幡宮が「石清水八幡宮」の名を使うことも糾弾した。1697年(元禄10年)に幕府が判決を出し、離宮八幡宮に「石清水」の文字の使用を禁止する一方、石清水八幡宮から独立する形となった。

1864年(元治1年)、禁門の変で京都から落ちた山口藩兵が駐屯。戦場となり焼失した。

(『国史大辞典』『日本歴史地名大系』)


社殿


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