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「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

天満宮聖跡二十五霊社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2011年11月13日 (日)

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天満宮聖跡二十五霊社

目次

概要

天満宮聖跡二十五霊社は松浦武四郎が選んだ天満宮の巡拝霊場である。松浦武四郎は北海道の命名者として知られているが、天満信仰の崇敬者としても知られ、著名な天満宮25社に神鏡を奉納し、石碑を建て、天満信仰の宣揚を図った。1875年(明治8年)から1886年(明治19年)にかけてこの奉納を行い、さらに『聖跡二十五霊社順拝双六』なるものを発行した。神鏡の奉納は加藤清正が日本全図を記した神鏡を北野天満宮に奉納した故事に因むものだという。

北野天満宮や太宰府天満宮、大阪天満宮などに奉納した神鏡は巨大なもので北海道を加えた日本全図を記したものであるという。ほかの天満宮へは小型の神鏡を奉納した。現在、神鏡は16面、石碑は14社において現存しているという[1]。このほか上野東照宮へも大神鏡を奉納している[2]

奉納の対象となった天満宮は、菅原道真の旧跡を中心としたため、西日本に限定されている。菅原道真の邸宅跡に始まり、京都から太宰府の左遷旧跡を順番に辿っているが、その選択や順序の基準については不明な点も残る。『聖跡二十五霊社順拝双六』では神鏡を奉納した25社以外にも旧跡が記されており、番外として取り上げた。

系譜

名称 所在地 コメント
第一番 菅原院天満宮 京都府京都市上京区堀松町408 菅原道真生誕地の菅原家邸宅「菅原院」跡に鎮座する天満宮。産湯の井戸がある。村社。
第二番 錦天満宮 京都府京都市中京区中之町537 菅原家邸宅「菅原院」跡に関連する天満宮。時宗歓喜光寺鎮守。歓喜光寺は菅原家邸宅「菅原院」を寺院としたものという。村社。
第三番 菅大臣神社 京都府京都市下京区菅大臣町189 菅原道真生誕地の菅原家邸宅「白梅殿」跡に鎮座する天満宮。産湯の井戸がある。府社。北菅大臣神社が隣接。
第四番 吉祥院天満宮 京都府京都市南区吉祥院政所町3 菅原道真生誕地の菅原家別邸・氏寺「吉祥院」跡に鎮座する天満宮。菅原道真胞衣塚。村社。「最初の天満宮」を称す。
第五番 長岡天満宮 京都府長岡京市開田天神2 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。府社。
 番外 離宮八幡宮 腰掛天神社 京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21-1 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。離宮八幡宮の境内社。菅原道真、左遷のとき、当地で休息したという[3]。腰をかけたという腰掛石がある。
 番外 菅原天満宮 奈良県奈良市菅原町518 菅原道真生誕地の菅原氏根拠地に鎮座する天満宮。菅原氏ゆかりの喜光寺が近くにある。菅原の名前の由来は当地にある。式内社。郷社。
第六番 与喜天満神社 奈良県桜井市初瀬町 土師氏根拠地に鎮座する天満宮。長谷寺関連の神社。「日本最古天神」を称す。
 番外 宮滝 奈良県吉野郡吉野町宮滝 菅原道真旧跡。宮滝は898年(昌泰1年)10月22日、宇多天皇行幸に随伴して訪れた旧跡。これは史実といわれ、『宮滝御幸記略』という著作が伝わっている。周辺に天満宮は存在しないが、この行幸で訪れた龍門寺という寺院の、塔頭であった菅生寺という寺院が菅原道真生誕地の伝説を伝えている。
第七番 威徳天満宮 奈良県吉野郡吉野町吉野山 吉野大峰山に鎮座する天満宮。地獄に落ちた醍醐天皇の勅願による創建とされる。吉野八社明神の一つ。「日本最古の天満宮」を称す。村社。
第八番 道明寺天満宮 大阪府藤井寺市道明寺1-16-40 土師氏根拠地に鎮座する天満宮。道明寺が隣接。郷社。
第九番 佐太天神宮 大阪府守口市佐太中町7-16-25 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。村社。
第十番 大阪天満宮 大阪府大阪市北区天神橋2-1-8 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。府社。
 番外 綱敷天神社 大阪府大阪市北区神山町9-11 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。村社。一説には梅田の地名の由来は、当社の梅塚にあるという。
第十一番 露天神社 大阪府大阪市曾根崎2-5-4 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。八十島祭旧跡。郷社。
第十二番 福島天満宮 大阪府大阪市福島区福島2-8-1 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。村社。
第十三番 長洲天満宮 兵庫県尼崎市長洲本通3-5 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。村社。
第十四番 須磨綱敷天満宮 兵庫県神戸市須磨区天神町2-1-11 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。
第十五番 休天神社 兵庫県明石市大蔵天神町8-2511 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。
第十六番 曽根天満宮 兵庫県高砂市曽根町2286-1 菅原道真親族創建の、菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。県社。
第十七番 大塩天満宮 兵庫県姫路市大塩町汐咲1-50 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。郷社。
第十八番 瀧宮天満宮 香川県綾歌郡綾南町滝宮1314 菅原道真旧跡に鎮座する天満宮。県社。
第十九番 御袖天満宮 広島県尾道市長江1-11-16 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。郷社。
第二十番 厳島神社 天神社 広島県佐伯郡宮島町1-1 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。厳島連歌屋天満宮。毛利隆元が創建。厳島神社にて連歌を奉納した古跡ともいう。
第二一番 防府天満宮 山口県防府市松崎町14-1 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。県社。
第二二番 博多綱敷天満宮 福岡県福岡市博多区綱場町5 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。村社。
 番外 衣掛天神社 福岡県太宰府市国分 菅原道真左遷旧跡に鎮座する天満宮。
 番外 榎社 福岡県太宰府市朱雀6-18-1 菅原道真の薨去地である太宰府居館跡に鎮座する天満宮。太宰府天満宮御旅所。境外末社。
第二三番 太宰府天満宮 福岡県太宰府市太宰府4-7-1 菅原道真墓所に鎮座する天満宮。北野天満宮と並ぶ天満宮の総本社。官幣中社。
 番外 天拝山 福岡県筑紫野市武蔵 菅原道真太宰府旧跡。太宰府にあった菅原道真が無実を天に訴えた山だという。頂上に太宰府天満宮境外摂社の天拝山社がある。山麓には菅原道真自作の像を祀る御自作天満宮や、武蔵寺がある。山腹には式内荒穂神社がある。
第二四番 上宮天満宮 大阪府高槻市天神町1-15-5 菅原道真親族創建の、土師氏旧跡に鎮座する天満宮。郷社。
第二五番 北野天満宮 京都府京都市上京区馬喰町 太宰府天満宮と並ぶ天満宮の総本社。官幣中社。

画像

参考文献

  • 梅原達治1989(平成1)「松浦武四郎『聖跡二十五霊社順拝双六』」『札幌大学教養部教育研究』1[1]
  • 辻本武「松浦武四郎の石碑をたずねて―聖跡二十五社天満宮巡拝―」『「歴史と国家」雑考』[2]

脚注

  1. 辻本武による。
  2. 天満宮に奉納された神鏡は公開されていないが、上野東照宮に奉納されたものは拝殿に置かれており、間近に見ることができる。
  3. 『都名所図会』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE%E8%81%96%E8%B7%A1%E4%BA%8C%E5%8D%81%E4%BA%94%E9%9C%8A%E7%A4%BE」より作成

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