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京都・白毫寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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2014年8月24日 (日) 時点における版
聖徳太子信仰の寺院。速成就院。東山太子堂、塩竈太子堂、大谷堂と呼ばれた。元知恩院の北にあったが、江戸時代の知恩院再建のときに現在地に移転した。 いま知恩院境内に残る五輪塔は、当寺の遺物とも言い、忍性の墓とも言う。 太子信仰と関わりながら布教していた、叡尊教団の山城における拠点寺院だった。文永3年(1266)、西大寺末となり、ここを拠点に貴族らへの布教が行われた。 法然流念仏と太子信仰との関係を示唆していると言える。 花園天皇の葬儀が当寺で行われ、裏の十楽院に葬られた。皇太子邦良親王の葬儀も当寺で行われた。現在は単立という。 京都府京都市下京区。