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八重垣神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年11月14日 (木)
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== 歴史 == | == 歴史 == | ||
+ | 元は青幡佐久佐日子命を祭神とする佐久佐神社だったが、中世、海潮郷の須我社が進出して分社を祭り、八重垣神社と称し、やがて佐久佐神社はその末社とようになったという。 | ||
+ | 1872年(明治5年)佐久佐神社と称し郷社となる。八重垣神社は相殿神となったが、1922年(大正11年)9月20日、県社に昇格し八重垣神社と称す。 | ||
- | + | 社家は佐草家で、青幡佐久佐日子命の末裔。同族が出雲大社北島家の側近を務めた。 | |
- | + | ==境内== | |
+ | *本社:本殿は大社造。 | ||
+ | *天鏡神社:祭神は稲田姫命。鏡の池のそばにある。 | ||
+ | *伊勢宮:本社の北側にある。祭神は天照大御神。 | ||
+ | *脚摩乳神社:本社の北側にある。祭神は脚摩乳命で、誉田別命を合祀。 | ||
+ | *手摩乳神社:本社の南側にある。祭神は手摩乳命。 | ||
+ | *貴布禰神社:本社の南側にある。祭神は高〓命で、倉稲魂命を合祀。 | ||
+ | *社日社:祭神は天照大神・倉稲魂命・埴安姫命・少彦名命・大己貴命。 | ||
+ | *山神神社:祭神は大山祇命 | ||
+ | *随神門: | ||
+ | *鏡の池:佐久佐女の森の中にある。 | ||
+ | *大杉:佐久佐女の森の中心にあった。この杉を中心に「八重垣」を築いたという。 | ||
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2019年11月14日 (木) 時点における最新版
八重垣神社(やえがき・じんじゃ)は、島根県松江市佐草町(出雲国意宇郡)にある、出雲スサノオ信仰の神社。祭神は素盞嗚命・稲田姫命。大己貴命・青幡佐久佐日子命も祀る。『出雲国風土記』所載神社。官社。県社。別表神社。出雲大社関連旧跡。神宮寺は曹洞宗常徳寺。佐久佐社。佐久佐神社。佐草社。八重垣社。
歴史
元は青幡佐久佐日子命を祭神とする佐久佐神社だったが、中世、海潮郷の須我社が進出して分社を祭り、八重垣神社と称し、やがて佐久佐神社はその末社とようになったという。 1872年(明治5年)佐久佐神社と称し郷社となる。八重垣神社は相殿神となったが、1922年(大正11年)9月20日、県社に昇格し八重垣神社と称す。
社家は佐草家で、青幡佐久佐日子命の末裔。同族が出雲大社北島家の側近を務めた。
境内
- 本社:本殿は大社造。
- 天鏡神社:祭神は稲田姫命。鏡の池のそばにある。
- 伊勢宮:本社の北側にある。祭神は天照大御神。
- 脚摩乳神社:本社の北側にある。祭神は脚摩乳命で、誉田別命を合祀。
- 手摩乳神社:本社の南側にある。祭神は手摩乳命。
- 貴布禰神社:本社の南側にある。祭神は高〓命で、倉稲魂命を合祀。
- 社日社:祭神は天照大神・倉稲魂命・埴安姫命・少彦名命・大己貴命。
- 山神神社:祭神は大山祇命
- 随神門:
- 鏡の池:佐久佐女の森の中にある。
- 大杉:佐久佐女の森の中心にあった。この杉を中心に「八重垣」を築いたという。