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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

天台別院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年12月20日 (木)

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天台別院(てんだい・べついん)は、古代に設定された天台宗延暦寺別院。延暦寺の末寺の起源といえる。主に朝廷の命で設定されたものを想定し、定額寺もある。地方に天台宗が広まる拠点となった。

年譜

  • 839年(承和6年)1月26日:伊勢国桑名郡の多度大社別当多度神宮寺を「天台一院」とする(『続日本後紀』同日条)
  • 840年(承和7年)7月5日:播磨国揖保郡大道寺・賀茂郡清妙寺・賀茂郡観音寺(いずれも跡地不明)を天台別院とする。(資料C1)
  • 840年(承和7年)9月8日:伊予国温泉郡弥勒寺(廃絶)を天台別院とする(『続日本後紀』同日条には定額寺とのみあるが、弥勒寺のこととされる)。
  • 840年(承和7年)12月7日:伊勢国桑名郡の多度大社別当多度神宮寺の天台別院を停止(『続日本後紀』)。
  • 850年(嘉祥3年)4月27日:上野国聖隆寺(跡地不明)、延暦寺別院となる。(資料C1)
  • 863年(貞観5年):摂津国島上郡悉檀寺(跡地不明)、天台別院とする(『日本三代実録』貞観16年(874)12月25日条)。
  • 866年(貞観8年)5月29日:大友夜須良麿が請願し、園城寺を天台別院とする。(資料D、資料C1)
  • 878年(元慶2年)8月13日:加賀国石川郡止観寺(跡地不明)を天台別院とする。(『日本三代実録』同日条)
  • 881年(元慶5年)10月17日:信濃国伊那郡観音寺(廃絶)、天台別院となる。(資料C1)
  • 881年(元慶5年)11月9日:陸奥国安積郡弘隆寺(現・治陸寺)、天台別院となる。(資料C1)
  • 882年(元慶6年)12月10日:勅により近江国滋賀郡延祥寺(跡地不明)を天台別院とする(『日本三代実録』同日条)。
  • 882年(元慶6年):比叡山無動寺、天台別院となる。(資料D)
  • 974年(天延2年)5月7日:八坂神社別当感神院(廃絶)、延暦寺別院となる。(『日本紀略』資料K)
  • 977年(貞元2年):空也創建の京都西光寺、「六波羅蜜寺」と改称し、天台別院となる(『伊呂波字類抄』)。
  • 1021年(治安元年):美濃国郡上郡の白山美濃馬場長瀧白山神社別当長瀧寺、天台別院となる(『岐阜県史』)
  • 1084年(応徳元年):越前国大野郡の白山越前馬場平泉寺白山神社別当平泉寺、天台別院となる?(『福井県史』)。久安2年(1146)説もある(1962『白山』)。
  • 1117年(永久5年):豊前国国東郡の六郷満山、天台別院を称すという(『六郷山年代記』『宇佐神宮史』)
  • 1144年(天養元年):近江国愛知郡百済寺、天台別院となる(『東寺観智院文書年代記』『近江愛智郡志』)
  • 1146年(久安2年)4月7日:加賀白山を延暦寺別院とする?。(資料K、要確認)
  • 1147年(久安3年)4月28日:加賀国石川郡の白山加賀馬場白山本宮別当白山寺、天台別院となる(「白山本宮神主職次第書」『白山神社考』)。

一覧

  • 比叡山周辺
    • 無動寺:近江国滋賀郡。元慶6年(882)に天台別院となる。現在は延暦寺の一部となる。
    • 園城寺:近江国滋賀郡。貞観8年(866)5月29日に天台別院となる。天台寺門宗総本山。
    • 延祥寺:近江国滋賀郡。定額寺。元慶6年(882)12月10日に天台別院となる。廃絶。跡地不明。
    • 百済寺:近江国愛知郡。天養元年(1144)、天台別院となる(『東寺観智院文書年代記』『近江愛智郡志』)
  • 京都
  • 畿内
    • 悉檀寺:摂津国島上郡。貞観5年(863)に天台別院となる(『日本三代実録』貞観16年(874)12月25日条)。官寺。高槻市成合の春日神社の神宮寺であったともいう。廃絶。跡地不明。
  • 東海道
    • 多度神宮寺:伊勢国桑名郡。多度大社の別当。839年(承和6年)1月26日、「天台一院」とされ、翌年12月7日に天台別院ではなくなる(『続日本後紀』)。
    • 慈光寺:武蔵国比企郡。埼玉県比企郡ときがわ町。天台別院となった年次は不明だが、鎌倉時代初期の寛元3年(1245)に鋳造した梵鐘に「天台別院」とある。
    • 下総・天台別院
  • 東山道(近江を除く)
    • 長瀧寺:美濃国郡上郡。白山美濃馬場別当。治安元年(1021)に天台別院となる(『岐阜県史』)。応安6年(1373)8月に天台別院になったともいう(『白山史料集』)。
    • 観音寺:信濃国伊那郡。881年(元慶5年)10月17日に天台別院となる。廃絶。長野県飯田市伊豆木[1](飯田市ウェブサイト遺跡地図MC03-2[2])。
    • 聖隆寺:上野国(郡不明)。850年(嘉祥3年)4月27日に天台別院となる。廃絶か。跡地不明。
    • 名称不明):出羽国山本郡。『僧妙達蘇生注記』に記載。別当の持法は増命の弟(弟子?)という。廃絶か。跡地不明。
    • 弘隆寺:陸奥国安積郡。881年(元慶5年)11月9日に天台別院となる。現在の治陸寺(福島県二本松市)という。
  • 北陸道
    • 平泉寺:越前国大野郡。白山越前馬場別当。応徳元年(1084)に天台別院となる?(『福井県史』)。久安2年(1146)説もある(1962『白山』)。
    • 止観寺:加賀国石川郡。878年(元慶2年)8月13日に天台別院となる。廃絶か。跡地不明(末松廃寺説あり)。
    • 白山寺:加賀国石川郡。白山加賀馬場別当。久安3年(1147)4月28日に天台別院となる(「白山本宮神主職次第書」『白山神社考』)。
  • 山陰道
    • 未確認
  • 山陽道
    • 大道寺:播磨国揖保郡。840年(承和7年)7月5日に天台別院となる。廃絶か。跡地不明(小神廃寺説あり)。
    • 清妙寺:播磨国賀茂郡。840年(承和7年)7月5日に天台別院となる。廃絶か。跡地不明。
    • 観音寺:播磨国賀茂郡。840年(承和7年)7月5日に天台別院となる。廃絶か。跡地不明。
  • 南海道
    • 弥勒寺:伊予国温泉郡。承和7年(840)9月8日に天台別院となった定額寺は弥勒寺のこととされる。廃絶。松山市食場町横谷の弥勒寺山(『愛媛県史』)。
  • 西海道
    • 有智山寺:筑前国筑紫郡。宝満山竈門神社別当。
    • 独鈷寺:筑前国糟屋郡。福岡県糟屋郡新宮町。「立花口村六所権現社内薬師厨子銘」に「天台別院立華山独古寺」とある(『太宰管内志』)。
    • 六郷満山:豊後国国東郡の霊山。永久5年(1117)、天台別院を称すという(『六郷山年代記』『宇佐神宮史』)
    • 池辺寺:肥後国飽田郡。建武4年(1337)の金子塔碑文に「天台別院肥後国池辺寺」とある。熊本市西区池上町。
    • 天台寺:豊前国田川郡。
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