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本願寺津村別院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年3月14日 (日)

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本願寺津村別院(ほんがんじ・つむら・べついん)は大阪府大阪市中央区本町(摂津国東成郡)にある浄土真宗寺院。石山本願寺の旧跡。西本願寺別院御坊浄土真宗本願寺派北御堂大阪別院津村御堂表御堂津村御坊とも。御堂筋で南御堂(真宗大谷派難波別院)とつながる。内侍所東幸旧跡

歴史

石山本願寺は1580年(天正8年)に滅亡。1591年(天正19年)に京都に西本願寺が成立した頃、天満に近い「楼の岸」に大坂の門徒が坊舎を創建。1597年(慶長2年)、津村郷の現在地に移転。翌年11月、准如を迎えて法要を営んだ。1605年(慶長10年)再建。当初は高山家が留守居役を世襲したが寛延年間、輪番制に移行した。1655年(明暦1年)以来朝鮮通信使の宿所となった。 1694年、第一次境内拡張。 1699年(元禄12年)再建。1722年(享保7年)親鸞蓮如を祀る二尊堂を建立したが1724年(享保9年)3月の大火で諸堂と共に焼失した。 本尊は大坂・願泉寺に一時遷座した。1734年(享保19年)本堂再建。1763年対面所再建。1846年(弘化3年)二尊堂再建。 1868年(明治1年)、大阪府庁の前身となる大阪鎮台が置かれた(まもなく大阪裁判所と改称)。明治天皇の行在所となった。 明治9年、津村別院と改称。 大正7年、御堂筋開通。

1888年(明治21年)、境内に相愛女学校を開設。 1927年(昭和2年)、御堂筋拡張のために伽藍を西方に移築。1945年(昭和20年)3月14日焼失。 昭和26年仮本堂建立。 1964年(昭和39年)コンクリート造、宝形屋根の本堂を再建。 1992年、納骨壇を設置。 2019年、北御堂ミュージアム開館。 (日本歴史地名大系、国史大辞典)

伽藍

  • 本堂:本尊は阿弥陀如来。高さ95.5cmの立像で鎌倉時代の作。向かって右に親鸞、向かって左に大谷光照を祀る。向かって右の余間には聖徳太子と七高僧を、向かって左の余間には蓮如と顕如を祀る。親鸞御影は1734年授与の等身御影で真向きの姿を取る。津村ホールには釈迦の生涯を描いた壁画として杉本哲郎画「無明と寂光」(1964年)がある。
  • 山門:
  • 大阪教区教務所:

資料

  • 「大坂津村別院記」『大谷本願寺通紀』「別院縁由」[1]
  • 『津村別院誌』[2]:1926年(昭和1年)。
  • 『蘆分船』絵図[3]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9C%AC%E9%A1%98%E5%AF%BA%E6%B4%A5%E6%9D%91%E5%88%A5%E9%99%A2」より作成

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