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華厳宗
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2017年1月16日 (月) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
華厳宗(けごんしゅう)は、『華厳経』に依拠する仏教の宗派。
目次 |
歴史
- 『華厳経』は、西域のホータンで編纂された。
- 新羅は『華厳経』を国家的に重視した。華厳十刹。今でも韓国寺院には毘盧舎那仏を祀る毘盧殿があることが多い。
- 遼・金代、華厳思想は密教と融合。
- 空海は、『十住心論』で、華厳を密教の一段階下に位置付けた。
- 日本では融通念仏宗も『華厳経』を所依経典とする。
一覧
中国
朝鮮
日本
人物
中国
- 支法領:于闐で編纂された『華厳経』原本を中国に将来。
- 仏陀跋陀羅(359-429):インドから中国に来た僧侶。六十華厳(晋経、旧経)を訳す。
- 慧命(531-568):『荘子』と『華厳経』を学び、『詳玄賦』を記す。一即多を解き、万物は仏の光明が貫徹したものだと説いた。
- 曇遷(542-607):『亡是非論』を著した。無心となり「これは良い、これは悪い」とあげつらうことをしないことを説いた。
- 実叉難陀(652-710):八十華厳(唐経、新経)を訳す。
- 般若:入法界品(貞元経)を訳す。
- 1杜順(557-640):華厳宗の開祖。一定の寺に住まず、山野に寝起きした。遊行の旅が善財童子の姿と重なった。普賢行を修し、空を重視した『法界観門』を著したとされる。墓所は、長安・華厳寺跡に塔のみ残る。
- 2智儼(602-668):至相寺に住す。摂論宗や地論宗を学び、心の問題を探求。唯識学と華厳思想を統合しようとした。『孔目章』では『亡是非論』の解く無心になってこそ『華厳経』の性起が起こる、つまり仏性が現れるとした。『捜玄記』は「華厳宗の立教開宗の書」と言われる。弟子に智儼や義湘がいる。
- 3法蔵(643-712):智儼に師事。大薦福寺に住した。『十二門論宗致義記』は、空を究明。『大乗起信論義記』は、心を探求。『金師子章』を則天武后のために書いたという伝説がある。『探玄記』は、六十華厳の概説書。『華厳五教章』は、2種類ある。法蔵から義湘への手紙が日本に伝わっている。弟子に審祥がいる。
- 4澄観(738-839):五台山顕通寺に住した。禅にも関心を示す。『華厳経疏』は、八十華厳の概説書。さらにそれを敷衍して『随疏演義鈔』を著した。華厳学は、『老子』の「玄之又玄」を仏教的に解釈したものだとまでいう。墓所は、長安・華厳寺跡に塔のみ残る。通称は、清凉大師。
- 5宗密(780-840):草堂寺に住す。禅教一致を主張。『禅源諸詮集都序』。荷沢禅を学び、『円覚経』に傾倒。『円覚経大疏』を記す。その注釈として『大疏鈔』や『円覚経略疏』を書いた。さらに『略疏鈔』を書いた。『原人論』。「気の哲学」があるという。宋代の中国思想に大きな影響を与えた。
朝鮮
- 義湘:華厳古刹を建てた。『華厳一乗法界図』で、華厳経を210字の図印にまとめ、これを行道しながら唱える実践行を提唱。
日本
- 審祥
- 道セン
流派
日本
- 本寺派尊勝院流:東大寺尊勝院を中心とする流派。
- 本寺派戒壇院流:東大寺戒壇院を中心とする流派。凝然。
- 末寺派:高山寺を中心とする流派。明恵。