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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

顕通寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2016年10月22日 (土)

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顕通寺(けんつうじ)は、中国の山西省五台山にある、文殊信仰の仏教寺院。五台山の中心寺院。漢族地区仏教全国重点寺院華厳宗ゆかり。「大孚霊鷲寺」「大孚図寺」「大孚寺」「大華厳寺」「華厳寺」「顕通寺」とも呼ばれる。

歴史

五台山で最も古く最大の規模を誇る。北魏の孝文帝の時代に創建され(『古清凉伝』)、インドの霊鷲山にちなんで「大孚霊鷲寺」と名付けられた。後漢の明帝の時代の創建という伝承(『広清凉伝』)もあるが、史実ではないとされる。『支那仏教史蹟』では「孚図」とは仏塔のことであり、阿育王塔の伝承によるもので、名称の意味としては塔院寺がその名を継ぐべきだと指摘している。かつては十二院あり、円仁の『入唐求法巡礼行記』によれば、庫院、涅槃院、般若院、菩薩堂院、閣院、善住閣院の6院の名が確認できる。このうち、善住閣院がいまの顕通寺とされる。菩薩堂院が現在の菩薩頂、閣院が現在の塔院寺と考えられている。唐の太宗の時代に再建され、則天武后の時代に「大華厳寺」と改称した。華厳宗四祖の澄観が住し、『華厳経』の注釈である『華厳経疏』を執筆した。華厳宗の基本経典となり、華厳宗を広める端緒となった。しかし、円仁が訪れた開成年間には、天台宗の碩学・志遠が住し、もっぱら天台宗の寺院と化していた。清の康煕26年(1687)に「大顕通寺」に改称した。伽藍は宮邸建築を模して、7棟の殿堂が南から北に一直線に並んでいる。観音殿、大文殊殿、大雄宝殿、無量殿、千鉢文殊殿、銅殿、後高殿がある。大文殊殿には7体の文殊像があり、そのうち5体は五台山の各峰を表す、獅子文殊(西台)、智慧文殊(南台)、儒童文殊(中台)、無垢文殊(北台)、聡明文殊(東台)となっている。千鉢文殊殿には、「千臂千鉢千釈迦文殊菩薩」の銅像が祀られている。これは千本の手にそれぞれ、釈迦像が入った鉢を持っている文殊菩薩である。無量殿には大きな盧遮那仏(大日如来)が祀られている。銅殿は金色に塗られている。銅殿の前には5座の塔があったが、現在は2座のみ残っている。

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