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桂宮家の祭祀
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年12月22日 (木)
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'''桂宮家'''は、[[宮家の祭祀|四世襲親王家]]の一つ。'''八条宮'''、'''常磐井宮'''、'''京極宮'''と名前を変えた。第106代・正親町天皇の孫の'''八条宮智仁親王'''(1579-1629)が初代となる。親王は[[桂離宮]]を造営したことで知られる。幕末に[[孝明天皇]]の姉の'''淑子内親王'''が継承し、世襲親王家唯一の女性当主となった。明治14年、内親王が薨去し、桂宮家は断絶した。なお昭和に創設された桂宮家は[[有栖川宮家]]系のもので直接の関係はない。 | '''桂宮家'''は、[[宮家の祭祀|四世襲親王家]]の一つ。'''八条宮'''、'''常磐井宮'''、'''京極宮'''と名前を変えた。第106代・正親町天皇の孫の'''八条宮智仁親王'''(1579-1629)が初代となる。親王は[[桂離宮]]を造営したことで知られる。幕末に[[孝明天皇]]の姉の'''淑子内親王'''が継承し、世襲親王家唯一の女性当主となった。明治14年、内親王が薨去し、桂宮家は断絶した。なお昭和に創設された桂宮家は[[有栖川宮家]]系のもので直接の関係はない。 | ||
本邸は現在の[[京都御苑]]内北側の職員宿舎のあたりで、建物は二条城に移築されている。当主以外からは[[天台座主]]、[[本願寺]]継室、[[仁和寺門跡]]、[[専修寺]]室、[[光照院門跡]]、[[知恩院門跡]]、[[興福寺一乗院門跡]]などが出ている。分家に[[広幡家]]がある。 | 本邸は現在の[[京都御苑]]内北側の職員宿舎のあたりで、建物は二条城に移築されている。当主以外からは[[天台座主]]、[[本願寺]]継室、[[仁和寺門跡]]、[[専修寺]]室、[[光照院門跡]]、[[知恩院門跡]]、[[興福寺一乗院門跡]]などが出ている。分家に[[広幡家]]がある。 | ||
== 歴代 == | == 歴代 == | ||
+ | *1智仁親王(1579-1629):桂光院宮。桂宮墓地東墓地。 | ||
+ | *2智忠親王(1619-1662):天香院宮。桂宮墓地東墓地。 | ||
+ | *3穏仁親王(1643-1665):金剛寿院宮。桂宮墓地東墓地。相国寺開山堂に影像がある。 | ||
+ | *4長仁親王(1655-1675):霊昭院宮。桂宮墓地東墓地。 | ||
+ | *5尚仁親王(1671-1689):無量光院宮。桂宮墓地東墓地。 | ||
+ | *6作宮(1689-1692):浄功徳院宮。桂宮墓地東墓地。 | ||
+ | *7文仁親王(1680-1711):智慧観院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に影像がある。 | ||
+ | *8家仁親王(1703-1767):後桂光院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に影像がある。 | ||
+ | *9公仁親王(1733-1770):清浄観院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に影像がある。 | ||
+ | *10盛仁親王(1810-1811):成正覚院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に御霊牌がある。 | ||
+ | *11節仁親王(1833-1836):如意宝院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に御霊牌がある。 | ||
+ | *12淑子内親王(1829-1881):泉山陵墓地。 | ||
== 一覧 == | == 一覧 == | ||
- | * | + | *桂宮邸: |
- | **[[桂宮家八神殿]] | + | **[[桂宮家八神殿]]: |
- | *[[桂離宮]] | + | *[[桂離宮]]: |
- | **[[桂離宮園林堂]] | + | **[[桂離宮園林堂]]: |
+ | **[[下桂御霊神社]]:京都府京都市西京区桂久方町。山城国葛野郡。桂宮家が崇敬した。 | ||
*[[相国寺慈照院]]:桂宮家の菩提寺。[[相国寺]]の塔頭。桂離宮園林堂にあった位牌を祀る。 | *[[相国寺慈照院]]:桂宮家の菩提寺。[[相国寺]]の塔頭。桂離宮園林堂にあった位牌を祀る。 | ||
- | **[[桂宮墓地]] | + | **[[桂宮墓地]]: |
- | *[[西京極・長福寺]] | + | **真珠光院墓:[[光明定院墓]]同域 |
+ | **得菩提院墓:同上 | ||
+ | *[[相国寺開山堂]]: | ||
+ | *[[西京極・長福寺]]:京都府京都市右京区西京極。祈願所。尼門跡?? |
2022年12月22日 (木) 時点における最新版
桂宮家は、四世襲親王家の一つ。八条宮、常磐井宮、京極宮と名前を変えた。第106代・正親町天皇の孫の八条宮智仁親王(1579-1629)が初代となる。親王は桂離宮を造営したことで知られる。幕末に孝明天皇の姉の淑子内親王が継承し、世襲親王家唯一の女性当主となった。明治14年、内親王が薨去し、桂宮家は断絶した。なお昭和に創設された桂宮家は有栖川宮家系のもので直接の関係はない。 本邸は現在の京都御苑内北側の職員宿舎のあたりで、建物は二条城に移築されている。当主以外からは天台座主、本願寺継室、仁和寺門跡、専修寺室、光照院門跡、知恩院門跡、興福寺一乗院門跡などが出ている。分家に広幡家がある。
歴代
- 1智仁親王(1579-1629):桂光院宮。桂宮墓地東墓地。
- 2智忠親王(1619-1662):天香院宮。桂宮墓地東墓地。
- 3穏仁親王(1643-1665):金剛寿院宮。桂宮墓地東墓地。相国寺開山堂に影像がある。
- 4長仁親王(1655-1675):霊昭院宮。桂宮墓地東墓地。
- 5尚仁親王(1671-1689):無量光院宮。桂宮墓地東墓地。
- 6作宮(1689-1692):浄功徳院宮。桂宮墓地東墓地。
- 7文仁親王(1680-1711):智慧観院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に影像がある。
- 8家仁親王(1703-1767):後桂光院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に影像がある。
- 9公仁親王(1733-1770):清浄観院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に影像がある。
- 10盛仁親王(1810-1811):成正覚院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に御霊牌がある。
- 11節仁親王(1833-1836):如意宝院宮。桂宮墓地西墓地。相国寺開山堂に御霊牌がある。
- 12淑子内親王(1829-1881):泉山陵墓地。