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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

京都七条・金光寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年1月18日 (土)

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金光寺(こんこうじ)は、京都府京都市下京区材木町にあった時宗本山級寺院呑海が創建。遊行派の京都での拠点だった。廃絶。松尾大社関連旧跡七条仏所と関係があった。京都・長楽寺に合併。無量寿院七条道場。通称は遊行寺。山号は黄台山。しばしば混同されるが市屋道場金光寺とは別寺院。(参考:同名寺院金光寺

目次

歴史

七条東洞院にあった。現在の真宗本廟の近く、枳殻邸の南側のあたり。創建は1251年(建長3年)とも1301年(正安3年)ともいう。 他阿呑海七条仏所康弁から定朝の邸宅跡を寄進されたという。遊行派の京都の拠点として存在感を示し、四条道場とたびたび争論した。戦国時代まで遊行上人を輩出した有力寺院だった。

14世紀はじめの善阿は連歌師として活躍した。1461年(寛正2年)の飢饉では、金光寺の願阿弥という僧が勧進して六角堂の近くに小屋を建て、苦しむ市民に粥を施した。五条橋の修復も行った。

天正年間、豊臣秀吉の都市改造で七条仏所を他に移して拡張。400石が与えられた。和漢三才図会では寺領197石とする。 江戸時代には学寮が置かれた。隣接していた火葬場は元禄年間に設けられ、1873年(明治6年)に廃止された。

1858年(安政5年)、1864年(元治1年)、1875年(明治8年)と火災が続いた。1876年(明治9年)、子院を本寺に合併。 1908年(明治41年)、東山の長楽寺に合併。

松尾大社松尾祭の時、僧侶が御旅所に参詣したという(年中行事大成)。 (日本歴史地名大系ほか)

組織

歴代

  • 歴代住職は持阿を称した。江戸時代は遊行上人が兼務した。
  • 以下の表は「七条道場金光寺歴代表」(『長楽寺蔵七条道場金光寺文書の研究』)を基として情報を追加した。ただし、歴代表は22世まで。
世数 生没年 在職年 略歴
1 他阿呑海 1265-1327 遊行上人4世。藤沢上人1世。有阿。1327年(嘉暦2年)2月18日死去。
2 他阿安国 1279-1337 遊行上人5世。藤沢上人2世。師阿。1337年(建武4年)12月3日死去。
他阿一鎮 1277-1355 歴代に数えず。遊行上人6世。藤沢上人3世。与阿。1355年(正平10年/文和4年)12月22日、清浄光寺で死去。79歳。
3 持阿 ?-1337 1337年(延元2年)3月13日死去。
4 他阿託何 1285-1354 遊行上人7世。藤沢上人には就任せず。宿阿。1354年(正平9年/文和3年)8月20日、七条道場金光寺で死去。70歳。
5 持阿 ?-1371 1371年(応安4年)5月10日死去。
6 持阿 ?-1402 1402年(応永9年)7月17日死去。
7 他阿尊明 1350-1417 遊行上人13世。藤沢上人7世。底阿。1417年(応永24年)4月10日、清浄光寺で死去。68歳。
8 他阿太空 1375-1439 遊行上人14世。藤沢上人8世。弥阿。1439年(永享11年)11月14日、清浄光寺で死去。65歳。「大空」とも。
9 他阿尊恵 1364-1429 遊行上人15世。藤沢上人には就任せず。唯阿。1429年(永享1年)6月8日、七条道場金光寺で死去。66歳。
10 他阿暉幽 1398-1466 遊行上人17世。藤沢上人には就任せず。弥阿。1466年(文正1年)11月28日、七条道場金光寺で死去。69歳。
11 持阿 ?-1492 1492年(明応1年)9月3日死去。
12 持阿 ?-1497 1497年(明応6年)11月7日死去。
13 持阿弥阿? ?-1509 一説に遊行上人21世知蓮(1459-1513)と同一人物。1509年(永正6年)4月12日死去。
14 他阿意楽 1465-1518 遊行上人22世。藤沢上人には就任せず。1518年(永正15年)10月9日、乗台寺で死去。54歳。
15 持阿 ?-1535 1535年(天文4年)8月5日死去。
16 持阿 ?-1555 1555年(弘治1年)9月13日死去。
17 持阿 ?-1572 1572年(元亀3年)5月14日死去。
18 持阿 ?-1574 1574年(天正2年)5月27日死去。
19 持阿 ?-1613 1613年(慶長18年)1月18日死去。
20 他阿法爾 1563-1640 遊行上人35世。藤沢上人には就任せず。1640年(寛永17年)10月29日、一蓮寺で死去。78歳。
21 持阿道才 ?-1653 1653年(承応2年)閏6月23日死去。
22 持阿切臨 1591-1661 1591年(天正19年)生。1661年(寛文1年)8月4日死去。
23 持阿随真 過去帳に記載なし。以後は遊行上人が金光寺住職を兼務した。

歴代院代

  • 江戸時代には住職代理として院代が置かれた。18世までは不明。
  • 以下の表は「七条道場金光寺歴代表」(『長楽寺蔵七条道場金光寺文書の研究』)を基として情報を追加した。
世数 生没年 在職年 略歴
19 其阿証堂 1673-1751 高辻道場荘厳寺19世。1751年(宝暦1年) 5月21日死去。
20 其阿寂翁 ?-1737 1737年(元文2年)10月1日死去。
21 其阿文英 ?-1768 1768年(明和5年)6月19日死去。
22 其阿一堂 1688-1766 足下位。荘厳寺20世。1766年(明和3年)3月23日死去。
23 其阿慈門 ?-1758 1758年(宝暦8年)5月1日死去。
24 其阿昌山 ?-1754 1754年(宝暦4年)10月13日死去。
25 其阿一堂 ?-1766 足下位。再任。
26 其阿順察 ?-1766 足下位。法国寺10世。1766年(明和3年)11月15日死去。
27 其阿快含 ?-1781 板鼻道場上野・聞名寺36世。1781年(天明1年)5月25日死去。
28 其阿和淳 ?-1774 法国寺11世。1774年(安永3年) 8月25日死去。
29 其阿宣然 ?-1779 一条道場迎称寺。1779年(安永8年) 11月27日死去。
30 快善 ?-1792 1792年(寛政4年) 2月11日死去。
31 其阿旭堂 1728-1797 足下位。荘厳寺21世。1797年(寛政9年) 2月19日死去。
32 他阿弘海 ?-1821 藤沢上人36世(過去帳に遊行36世とあるのは誤り)。遊行上人に就任せず。1821年(文政4年)2月19日死去。
33 其阿貞山 ?-1811 法国寺13世。1811年(文化8年)2月19日死去。
34 其阿覚全 ?-1817 法国寺14世。1817年(文化14年)3月17日死去。
35 其阿愍全 ?-1829 聞名寺40世。大浜道場三河・称名寺で1829年(文政12年)10月27日死去。
36 其阿義天 ?-1841 足下位。法国寺15世。1841年(天保12年)7月5日死去。
37 其阿唯敬 ?-1839 足下位。聞名寺41世。1839年(天保10年)4月14日死去。
38 其阿義天 ?-1841 足下位。再任。
39 其阿専察 ?-1845 聞名寺43世。1845年(弘化2年)7月28日死去。
40 其阿覚龍 ?-1855 足下位。藤岡満福寺32世。1855年(安政2年)5月6日死去。
41 其阿快融 ?-1862 信濃・金台寺40世。1862年(文久2年)12月17日死去。
42 其阿臨道 ?-1845 法国寺15世。1845年(弘化2年)9月13日死去。
43 其阿大宣 ?-1866 足下位。聞名寺45世。1866年(慶応2年)8月22日死去。
44 其阿湛応 ?-1845 尾道常称寺33世。1845年(弘化2年)8月4日死去。
45 其阿玄道 ?-1853 法国寺17世。1853年(嘉永6年)12月1日死去。
46 俊哲
47 其阿秀山 ?-1868 足下位。霊山正法寺。1868年(明治1年)9月6日死去。
48 智穏
49 其阿大善
50 倫徹 ?-1873 聞名寺46世。1873年(明治6年)5月26日死去。
51 河野生善(往阿) 1838-1906 摂津・真光寺20世。1906年(明治39年)死去。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E4%B8%83%E6%9D%A1%E3%83%BB%E9%87%91%E5%85%89%E5%AF%BA」より作成

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