ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

僧官僧位制度

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年5月22日 (金)

移動: 案内, 検索

僧官・僧位は国家公務員としての僧侶の官職と位階。政教分離が定められた現在でも変容しながらも各教団の僧階の名称に使われている。玄蕃寮の管轄にあった。


年表

  • 624年:僧綱を設置。観勒を僧正、鞍部徳積を僧都に任命。
  • 645年:十師を設置。
  • 673年:この年までに僧都が大僧都と少僧都に分かれる。
  • 683年:律師を設置。地方に三綱を設置。
  • 701年:大宝律令
  • 702年:諸国に国師を設置。
  • 718年:養老律令で「僧尼令」を制定。
  • 722年:僧綱所が薬師寺に定まる(これ以前の所在地は不明)。
  • 745年:行基を大僧正に任命。大僧正の初例。
  • 延暦5年3月6日:威儀師の定員を6人とする。
  • 延暦7年4月9日:僧位の俗位相当を定める。
  • 延暦14年8月13日:諸国の国師を講師と改称。読師には国分寺の僧侶を序列により任命することとする。
  • 延暦25年1月26日:宗ごとに年分度者を定め、試験の合格基準と定数を定める。(この時、天台宗も宗派の一つとして認められた)
  • 819年:この時点での僧綱の構成と定員は僧正1人、大僧都1人、少僧都1人、律師4人、威儀師6人、従儀師8人。
  • 850年:道雄が権少僧都に任命。権少僧都の初例。
  • 853年:真済が権大僧都に任命。権大僧都の初例。
  • 864年:この年までに僧綱所が西寺に移る。
  • 864年:官位相当を定める。
  • 865年:壱演を権僧正に任命。権僧正の初例。
  • 938年:僧綱所に長官として法務2人を設置する。
  • 981年:良源を大僧正とする。以後、僧正は大僧正、僧正(正僧正)、権僧正の3段階となり、人数が増加していった。
  • 1167年:僧綱所威儀師が仁和寺門跡の管轄となる。
  • 1872年:僧官僧位を廃止。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%83%A7%E5%AE%98%E5%83%A7%E4%BD%8D%E5%88%B6%E5%BA%A6」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール