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香取神宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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*『香取大宮司系図』(群書類従)
===大宮司・宮司===
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*香取保礼()<1873->
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2018年1月30日 (火) 時点における版

香取神宮
かとり じんぐう
Katori-jingu (26).jpg伊勢神宮古社殿を利用した奥宮
概要 香取神社の総本社。
奉斎 伊波比主命
(土岐昌訓論文)
所在地 千葉県香取市香取1697
所在地(旧国郡) 下総国香取郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正一位勲一等下総国一宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社
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目次

概要

香取神宮(かとり・じんぐう)は、千葉県香取市にある香取信仰の総本社。対となる鹿島神宮と共に中臣氏藤原氏ゆかりの神社。剣の神、戦の神。遠隔地ながら朝廷から重視され、古代から神宮を称した。下総国一宮官幣大社別表神社勅祭社鹿島神宮・香取神宮関連旧跡春日大社関連旧跡も参照。


歴史

境内

組織

大宮司(前近代)

  • 『香取大宮司系図』(群書類従)

大宮司・宮司

  • 香取保礼()<1873->
  • 香取総麿(1861-1919)<>
  • 香取文夫()<>
  • 宮沢春文(-1934)<>
  • 額賀大直(1877-1961)<1946-?>:明治後期から戦後直後まで活躍した神職。千葉県神社庁庁長。(略歴は唐沢山神社#組織を参照)
  • 高橋昭二()<-2016>
  • 香取武()<2016->

少宮司・権宮司

  • 渡辺重石丸(1836-1915)<1873-?>:幕末維新期の国学者・宗教官僚・神職。八幡古表神社の社家出身。祖父は渡辺重名、父は渡辺重蔭。兄は神職・国学者の渡辺重春。私塾に学び、水戸学に影響を受ける。1864年(元治1年)、私塾道生館を開く。1867年(慶応3年)、平田派に入門。平田鉄胤の推挙で1868年(明治1年)末、皇学所御用掛となり東京へ。気吹舎塾頭。1872年(明治5年)、教部省出仕・考証掛。翌年、大教院皇学講師、香取神宮少宮司・大講義。以後、諸陵掛、教部省中録、神名帳編纂掛、内務省社寺局事務取扱などを歴任。1882年(明治15年)、官職を退き、東京で道生館を再開。『天御中主神考』『固本策』など著作多数。彼の学問は「国学に水戸学の装を施す学風」(上田賢治)と呼ばれる。天之御中主神への信仰を重視した。墓所は、雑司ケ谷霊園
  • 伊能穎則(1805-1877)<1875->:神道家。国学者。歌人。下総国香取郡佐原町出身。平田鉄胤に師事。香取神宮の尚古館学師。明治政府に参画。香取神宮少宮司。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%A6%99%E5%8F%96%E7%A5%9E%E5%AE%AE」より作成

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