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大谷本廟

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年12月28日 (月)

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大谷本廟(国土地理院空中写真より)

大谷本廟(おおたに・ほんびょう)は、京都府京都市東山区五条橋東にある親鸞の墓廟。鳥辺野の一画にあたる。浄土真宗本願寺派の施設。西本願寺の飛地境内。清水寺の南にある。真宗大谷派が管理する大谷祖廟(東大谷)に対して西大谷と俗称される。

歴史

寛正の法難以降の親鸞墓の状況は明確でないが、 1589年(天正17年)12月1日、豊臣秀吉から「大谷道場」に門前の土地に免税を認めた書状が残る。 1591年(天正19年)9月13日、秀吉は1石を寄進した。

知恩院の造成と本願寺の東西分立により、徳川家康の命で1603年(慶長8年)10月、この地に「廟堂」が移された。 「祖墳」は今より北の場所にあった。 1605年(慶長10年)、仏殿を建立。1661年(寛文1年)、大谷墓地を開設し一般門徒の埋葬を行うようになる。 同年、祖墳を現在地に移築。輪番を置いたのもこの頃という。1694年(元禄7年)、祖墳の上の廟堂を造営。1698年(元禄11年)、廟堂に「祖壇」の額を掲げる。 1709年(宝永6年)、祖壇の拝殿を建立。 1867年(慶応3年)3月、火災で二天門と仏殿を焼失。同年6月、明治天皇は再建の綸旨を下す。 1870年(明治3年)、仏殿再建。

伽藍

大谷本廟中心部(国土地理院空中写真より)
清水寺・大谷本廟の周辺(国土地理院空中写真より)
  • 祖壇:檜皮葺の八角の堂。
  • 明著堂:祖壇の拝殿。1709年(宝永6年)、寂如の時代に造営。寂如筆「明著堂」額を掲げる。
  • 八角堂:瓦葺の八角の堂。祖壇の後にある。
  • 仏殿:本尊は阿弥陀如来。歴代宗主、聖徳太子覚信尼などの御影(絵像)を祀る。1605年(慶長10年)、または1661年(寛文1年)建立。1867年(慶応3年)焼失。1870年(明治3年)再建。本堂。
  • 読経所:
  • 第一無量寿堂:納骨堂。1968年(昭和43年)建設。礼拝堂がある。
  • 第二無量寿堂:納骨堂。1990年(平成2年)建設。
  • 戦没者記念堂:
  • 鐘楼
  • 鼓楼
  • 対面所
  • 御成殿
  • 本廟会館:
  • 石窟:
  • 大谷墓地:
  • 北谷祖廟之跡
  • 親鸞五条荼毘所
  • 二天門:浄土真宗には珍しい二天門。元は聚楽第の遺構だったという。1867年(慶応3年)焼失。1872年(明治5年)3月再建。1934年(昭和9年)、室戸台風で倒壊。1937年(昭和12年)11月再建。
  • 総門:「大谷本廟」の額を掲げる。

画像

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E6%9C%AC%E5%BB%9F」より作成

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