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日像旧跡
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年6月30日 (火)
日像旧跡 |
目次 |
概要
日像(にちぞう)(1269-1342)は、鎌倉時代の日蓮宗の僧侶。四条門流の開祖。日朗の弟子で、日蓮の孫弟子にあたる。下総の出身。現在の本土寺の地で生まれたという。日蓮より「帝都弘通」の命を受け、京都に赴き、度重なる迫害を受けながら、妙顕寺に後醍醐天皇より勅願寺公認を得た。日像は京都に上る際に、日蓮の旧跡である佐渡をめぐるため、北陸を経由して行ったが、その経路にゆかりの寺院が多い。のち弟子の大覚の霊験が朝廷に認められ、後光厳天皇から日像菩薩の号が贈られた。 報恩法要を像師講、像師会などと呼ぶ。
歴史
系譜
- 本土寺:千葉県松戸市平賀63:日像の生誕地。文永6年(1269)、誕生する。
- 身延山清水房:山梨県南巨摩郡身延町身延3616:永仁元年(1293年)、創建
- 妙成寺:石川県羽咋市滝谷町ヨ1:永仁2年(1294)、日像が日本海経由で京都に向かう途中に日乗を折伏。その日乗が創建した寺院
- 能登・本土寺:石川県鹿島郡中能登町西馬場ユ-3 :日像が石動山の衆徒に追われた時、日像を守って死んだ加賀太郎兄弟を弔うための寺院。
- 福井・報恩寺:福井県福井市安保町8-3 :住職の頼尋を折伏して改宗。
- 文殊山題目岩:福井県福井市:日像が刻んだ法華題目があるという。
- 四箇聖跡
- 妙蓮寺:京都府京都市上京区妙蓮寺前町875:永仁2年(1294)創建。
- 涌泉寺(妙泉寺):京都府京都市左京区松ケ崎堀町53:1307年、観喜寺の僧侶を折伏して改宗させる。
- 真経寺京都府向日市鶏冠井町。1307年(徳治2年)、折伏されて改宗。
- 日像説法石:京都府向日市向日町北山65:1307年(徳治2年)土佐配流となったとき、乙訓に滞在。向日神社にて明神の化身が出現して、引き止めて説法を乞うた。
- 石塔寺:京都府向日市
- 法華壇:和歌山県日高郡日高町:紀伊配流の旧跡。
- 北野・法華寺:京都府京都市上京区。北野天満宮の参詣者を狙って説法していた場所で、1313年、真言宗大覚寺の僧だった大覚を折伏した地であるという。
- 妙顕寺:京都府京都市上京区妙顕寺前町514:日像が創建した寺院。元亨元年(1321)創建。1334年(建武1年)、勅願寺となる。
- 岩倉妙感寺:滋賀県近江八幡市馬淵町492:真言宗寺院だったが、1311年(応長1年)、鎌倉に向かうときに同船したものが説法に感服して創建。江州三具足。
- 近江・法華寺:滋賀県守山市今浜町205:永仁2年(1294)、近江布教のとき同船したものが感服して創建。江州三具足。
- 守山本像寺:滋賀県守山市今宿町145:応長元年(1311)、日像東下のとき、守山にて若珍大明神が出現。説法を乞うたので小庵を構えたのが起源。江州三具足。
- 唱導師日像聖人巡錫地:下鴨神社のあたり:巡錫の地。法華経を埋めたところ、子供の夜泣きがなくなったという。
- 宝塔寺:京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町32:日像に折伏されて改宗。日像の墓所。
- 七口之題目石