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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

武蔵・喜多院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年4月24日 (金)

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喜多院(きたいん)は、埼玉県川越市小仙波町(武蔵国入間郡)にある元三大師信仰天台宗寺院。天台宗延暦寺派準別格大寺天海ゆかりの旧跡で、仙波東照宮別当。中院南院と共に、580寺を従えた関東天台の拠点だった無量寿寺の一院だった。大光普照寺宗光寺と共に天台宗関東三檀林の一つ。東叡山の山号を持っていたが、寛永寺に譲り、星野山と称す。川越大師とも言われる。旧称は仏蔵院仏蔵坊)。また北院とも。(参考:同名寺院喜多院北院

目次

歴史

無量寿寺や中院と共に円仁が創建したといい、尊海が中興した。元は仏蔵院(仏蔵坊)と称し、のち北院、喜多院と称した。ある時期まで中院、北院は並立していたが、1558年(永禄1年)、中院が青蓮院門流の伝授権を認められるとその配下に入った。一山寺院としての無量寿寺もこの頃崩壊したと思われる。

中院より優位に立つようにたびたび争論。そして天海が入寺し、中興。1612年(慶長17年)が徳川家康が300石を寄進。同年8月、家康は川越藩主酒井忠利を奉行として伽藍造営を命じ、翌年、慈恵堂、1614年(慶長19年)大堂を造営。また1613年(慶長18年)には関東天台宗法度を喜多院に下して延暦寺を超える有力寺院となった。同年12月、天海の法話と中院の法話を聴き比べ、喜多院に500石を、中院に黄金10枚を与えた。

1617年(元和3年)、天海の主導で前年に死去した徳川家康の神櫃が久能山から日光山に改葬されることとなり、日光に向かう途中の3月23日~26日、神櫃が喜多院大堂に奉安。遷座道中で最大の法要が営まれた。まもなく喜多院にも家康の霊が祀られ、仙波東照宮の起源となった。

1620年(元和6年)徳川秀忠は寺領を朱印地とした。東叡山を号したのもこの頃とみられる。ただし、東叡山の号は1624年(寛永1年)の寛永寺創建で譲り、星野山に戻った。

1638年(寛永15年)、川越大火で焼失。徳川家光は中院跡に東照宮を造営。大堂、多宝塔、客殿、書院、庫裏、慈恵堂を整備した。客殿、書院、庫裏は江戸城から移築したという。神仏分離で、仙波東照宮、日枝神社、三芳野神社などが独立。中院以外の子院は廃絶した。1910年(明治43年)喜多院保存会を創立。 (日本歴史地名大系)

伽藍

  • 大堂:廃絶。本尊の阿弥陀如来は客殿に祀られている。
  • 慈恵堂:事実上の本堂となっている。本尊は良源。
  • 慈眼堂:天海の御影堂。
  • 多宝塔:
  • 客殿:江戸城から移築。
  • 五百羅漢:1796年(寛政8年)志誠が発願。1823年(文政6年)落慶。
  • 太子堂:
  • 仙波東照宮:現在は独立した神社。
  • 仙波日枝神社:現在は独立した神社。
  • 三芳野神社:現在は独立した神社。
  • 三位稲荷:
  • 白山神社:
  • 大黒堂:
  • 川越藩松平家墓地:松平朝矩、松平直恒、松平直温、松平斉典、松平直侯を葬る。
  • 歴代住職墓地:
  • 斎霊殿:葬儀場
  • 学寮:

子院

  • 真珠院:知事(住職の次位)の号。
  • 中院:寺家。無量寿寺中院。現在は独立寺院。
  • 南院:寺家。無量寿寺南院。廃絶。
  • 明星坊:平坊。
  • 星行坊:平坊。
  • 成就坊:平坊。
  • 心鏡坊:平坊。
  • 広仙坊:平坊。
  • 仙境坊:平坊。
  • 常蔵坊:平坊。

組織

住職は能化と称した。

歴代住職

  • 1尊海(1296-1332)<>:無量寿寺中興。中院と喜多院の開山。武蔵国足立郡出身。1253年(建長5年)生。信尊の弟子。1296年(永仁4年)を無量寿寺を復興。慈光寺住職。延暦寺で心賀に学ぶ。恵心椙生流。泉福寺2世。1332年(元弘2年/正慶1年)11月死去。円頓。
  • 2寛海()<>:
  • 3忠海()<>:
  • 4紹海()<>:弟子に日蓮宗本土寺7世の日暁(1358-1428)がいる。
  • 5良海()<>:
  • 6隠海()<>:穏海。良慶。1423年(応永30年)死去。
  • 7珍海()<>:
  • 8顕海()<>:
  • 9賢海()<>:
  • 10文海()<>:
  • 11勝海()<>:
  • 12隆海()<>:中院9世でもある。
  • 13慶海()<>:
  • 14実海(1460-1533)<>:1460年(寛正1年)生(1446年(文安3年)説は誤りという)。1533年(天文2年)8月17日死去。著書多数。弟子に日蓮宗池上本門寺妙本寺11世の日現(1496-1561)がいる。
  • 15運海()<>:
  • 16伝海()<>:
  • 17舜海()<>:
  • 18純海()<>:
  • 19祐海()<>:
  • 20玄海()<>:
  • 21晃海()<>:
  • 22能海()<>:
  • 23〓海()<>:〓は「王賛」。
  • 24皇海()<>:
  • 25亮海()<>:
  • 26豪海()<-1599>:
  • 27天海(1536-1643)<1599->:中興
  • 28倫海()<>:天海の弟子。
  • 29周海()<>:天海の弟子。
  • 30慈海(1624-1693)<1677->:江戸出身。1624年(寛永1年)生。俗姓は須田。寛永寺護国院、瀧泉寺、延暦寺西塔宝円院、1677年(延宝5年)喜多院住職。寛永寺凌雲院住職。寛永寺学頭4世。1693年(元禄6年)2月16日死去。宋順。
  • 義天(1651-1707)<>:摂津国出身。1651年(慶安4年)生。津守氏。延暦寺千光院で学ぶ。摂津神宮寺・津守寺住職。安楽律院流開祖の妙立に師事。喜多院、凌雲院に住す。1707年(宝永4年)死去。廓如。
  • 公淵(1653-1708)<1693->:寛永寺執当。自坊は慈定院。1687年(貞享4年)二尊院。1690年(元禄3年)寛永寺本坊に寓す。1691年(元禄4年)立石寺を兼務。1692年(元禄5年)住心院号を賜う。1693年(元禄6年)喜多院を兼務。1696年(元禄9年)福聚院住職。同年寛永寺執当。喜多院住職となり、湯島喜見院、立石寺を兼務。1704年(宝永1年)執当を退任し、福聚院及び立石寺の住職。日光修学院住職。喜見院も。1705年(宝永2年)喜見院住職。戒光院に隠居。林泉院号を賜う。柏山寺住職。1708年(宝永5年)3月3日死去。56歳。諡号は智勝院。
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  • 36慈門()<>:観国。1746年(延享3年)就任?
  • 守玄()<1768->:寛永寺執当。自坊は寛永寺津梁院。1763年(宝暦13年)12月5日寛永寺執当。明王院、信解院を経て1768年(明和5年)3月20日、喜多院住職。
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  • 40慈等(?-1819)<>:喜多院を経て寛永寺凌雲院住職。
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  • 桜木谷慈薫(1834-1907)<>:1834年(天保5年)2月10日生。毛越寺住職。喜多院住職。1907年(明治40年)2月27日死去。74歳。
  • 壬生雄舜(1877-1950)<>:(略歴は妙法院#組織を参照)
  • 57塩入亮忠(1889-1971)<>:仏教学者。長野県出身。1889年(明治22年)6月23日生。天台宗大学卒。大谷大学研究科や東大寺勧学院で華厳教学を研究。1931年(昭和6年)大正大学教授。1951年(昭和26年)大正大学学長。浅草寺執事長。宗務総長。探題。浅草寺法善院住職。川越喜多院住職。1971年(昭和46年)12月23日死去。82歳。(日本人名大辞典、20世紀日本人名事典)
  • 58塩入亮善(1930-)<>:
  • 59塩入秀智()<>:

資料

  • 「武州入間郡仙波郷星野山無量寿寺喜多院縁起」:『埼玉叢書』
  • 「武州入間郡仙波郷星野山無量寿寺喜多院記」:『埼玉叢書』
  • 「仙波喜多院代々祖師過去帳」:『埼玉叢書』
  • 「喜多院御供所年中行事略記」:『埼玉叢書』
  • 「喜多院領総配当御目録写」:『埼玉叢書』
  • 「仙波山御建立記録」
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%AD%A6%E8%94%B5%E3%83%BB%E5%96%9C%E5%A4%9A%E9%99%A2」より作成

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