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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

長門・住吉神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年1月28日 (月)

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住吉神社
すみよし じんじゃ
Sumiyoshi-jinja-nagato 002.jpg
概要 住吉神の荒魂を祀る神社。
奉斎 表筒男命荒魂、中筒男命荒魂、底筒男命荒魂
(土岐昌訓論文)
所在地 山口県下関市一の宮住吉1-11-1
所在地(旧国郡) 長門国豊浦郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社長門国一宮朱印地拝領神社官幣中社別表神社
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目次

概要

歴史

境内

組織

宮司(前近代)

『長門国守護職次第』(続群書類従4上)。

「長門国豊浦郡住吉荒魂神社山田大宮司系図」[1]

大宮司・宮司

  • 世良利貞(1816-1878)<1873->:幕末明治の国学者。山口藩士。1873年(明治6年)、住吉神社宮司。大教院で教典編纂。
  • 城村五百樹(-1890)<-1890>:1890年(明治23年)9月24日死去(官報)。
  • 渡辺織雄(1868-1950)<1925-1933>:戦前期の山口県の神職。1884年(明治17年)、教導職試補。1890年(明治23年)、山口県出合村八幡宮社掌。1905年(明治38年)、赤間宮主典。のち長門住吉神社の禰宜に就任。1925年(大正14年)宮司就任。1933年(昭和8年)退任。皇典講究所評議員。1935年(昭和10年)、山口県神職会会長。1941年(昭和16年)、山口県護国神社社司に就任し、1945年(昭和20年)まで務める。その後は、故郷の八幡宮宮司となる。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%95%B7%E9%96%80%E3%83%BB%E4%BD%8F%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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