ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
平城京
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2018年7月8日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
平城京(へいじょうきょう)は古代日本の首都が置かれた都市。奈良県奈良市。
目次 |
概要
和銅3年(710)3月から延暦3年(784)11月まで約70年間使われた。ただし、天平12年(740)12月から天平17年(745)5月までの約5年半の間は聖武天皇により恭仁京、難波京に宮都が一時的に移っていた。また弘仁元年(810)9月6日、平城上皇が平安京から平城京への遷都を図ったことがある。
『続日本紀』養老4年(720)8月壬午条によると、平城京には48寺があったというが、実数なのかは不明。官立の寺院である薬師寺と大安寺が平城京の中心部に置かれ、中臣氏、蘇我氏の私寺として始まった興福寺と元興寺は外京に置かれた。外京はこの2寺のために設置されたともいう。東大寺が外京に接するように創建され、西大寺が右京に置かれた。
有力氏族の氏寺が多く、興福寺や元興寺のほか、土師氏の菅原寺(喜光寺)、佐伯氏の佐伯院、紀氏の紀寺、大伴氏の永隆寺などがあり、穂積寺も穂積氏の氏寺と言われる。
『続日本紀』には隅寺(海龍王寺)、紀寺、葛木寺、阿シュク寺が登場。『日本霊異記』には、殖槻寺、下毛野寺、穂積寺などが記載されている(富尼寺、馬庭山寺は京外)。
一覧
宮中
その他、平安京と同じように宮中京中に様々な神々が祀られたと思われる。
左京
右京
外京