|
ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
東大寺東南院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2017年12月25日 (月) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
東大寺東南院(とうだいじ・とうなんいん)は、奈良県奈良市の東大寺にあった門跡寺院。廃絶。三論宗を標榜。三論宗と真言宗の拠点。東大寺東照宮があった。現在は東大寺本坊となる。東大寺天皇殿、持仏堂がある。東大寺関連旧跡も参照。(参考:同名寺院東南院)
目次 |
歴史
聖宝が貞観17年(875)に建てた薬師堂が起源。別当道義が延喜4年(904)、大安寺の東北にあった佐伯院を薬師堂付近に移転。大仏殿や真言院(南院)の東南にあることから東南院と称した。 延久3年(1071)、東南院住職が三論宗長者も兼ねることとなり元興寺や大安寺の三論宗も管轄した。
寛治2年(1088)2月、白河上皇の高野山行幸の時に御所となって以降、上皇の御所となり南都御所と呼ばれた。後白河法皇の御所、源頼朝の宿所になった。
南都焼き討ちで焼失するが、建久元年(1190)勝賢が再建した。
伽藍
組織
歴代
- 1:聖宝
- 2:聖実
- 3:聖兼
- 4:仁澄
- 5:道快
- 6:聖珍
- 7:観海
- 8:慶信
- 9:良覚
- 10:豪因
- 11:慈快
- 12:斉慶
- 13:有慶
- 14:勝資(1138-1196):東大寺別当97世。望月信亨『仏教大辞典』では「勝賢」。
- 15:聖慶
- 16:覚樹
- 17:聖忠:
- 18:恵珍
(『日本仏家人名辞書』)
- 1聖宝(832-909):三論宗の僧。修験道当山派(真言修験)の開祖。東大寺東南院や醍醐寺を創建。小野流の開祖。天智天皇の6世孫で幼名を恒蔭王という。空海実弟の真雅に師事する。理源大師。
- 2延〓():
- 3済高():勧修寺門跡。
- 4観理():
- 5法縁():
- 6澄心():
- 7済慶():
- 8有慶(981-1071):東大寺別当76世。
- 9慶信():
- 10覚樹(1084-1139):平安時代末期の学僧。源顕房の子。宋の崇梵が書簡と仏舎利を送り学問興隆を讃えた。『東大寺辞典』には「東南院の第九代院主」とある。
- 11慧珍():
- 12聖慶():
- 13道慶():
- 14勝賢():三宝院門跡。
- 15定範():
- 16道深法親王():仁和寺門跡。
- 17道快():
- 18聖実():
- 19聖兼():
- 20聖忠():別当121世、124世、127世。
- 21
- 22聖尋():
- 23聖珍法親王():
- 24聖助():
- 25観海法親王():「寛海」とも。
- 26観覚法親王():
- 27聖真法親王():「聖海」とも。
- 28珍覚():
- 29覚尋():
- 30厳宝():随心院門跡。
- 31政紹():三宝院門跡。
- 32恒弘法親王():勧修寺門跡。
- 33忠厳():随心院門跡。
- 34増孝():随心院門跡。
- 35栄厳():随心院門跡。
- 36俊海():随心院門跡。
- 37尊孝法親王():東大寺別当。勧修寺門跡。
(「東南院務次第」[1])