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法明旧跡
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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*高野山墓所:高野山奥の院にある。 | *高野山墓所:高野山奥の院にある。 | ||
**高野山法明堂:安養院にある。 | **高野山法明堂:安養院にある。 | ||
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+ | ==参考文献== | ||
+ | *融通念佛宗教学研究所『法明上人 その生涯と信仰』平成10 |
2014年4月13日 (日) 時点における版
- 信貴山:奈良県安堵町。両親が信貴山の毘沙門天に祈願参籠して、法明が生まれる。
- 深江法明寺:大阪府大阪市東成区。法明の生誕地。
- 高野山真福院:和歌山県高野町。高野山千手院谷の真福院で得度。真福院は明治初年に廃絶し、安養院に合併。現在の(調査中)のあたり。
- 深江法明寺:高野山で学んだ後、故郷に草庵を開いたのが始まり。
- 比叡山:滋賀県大津市。再び修行のため、比叡山に登る。念仏の聖地、横川で修行する。
- 日吉大社:滋賀県大津市。21日間、参籠し、大宮川で水行を行う。満願の日に白髪の老人が出現し、「お前を守護する。高僧を訪ね、一層修行せよ」と託宣する。祭神の大山咋神であった。
- 浜源光寺:大阪府大阪市北区。法明が中興。
- 八葉蓮華寺:大阪府交野市。法明が中興。
- 明遍寺:大阪府交野市。平安時代末期の念仏行者・明遍の旧跡。法明がよく立ち寄ったという。
- 深江法明寺:八幡大士(八幡大菩薩)から託宣を受ける(神明再授)。石清水八幡宮に行き、良鎮が預けた宝物を継承し、大念仏寺を復興するように言われる。
- 石清水八幡宮:京都府八幡市。融通念仏宗の本尊、宝物が収められていた。
- 本尊掛松遺跡:大阪府枚方市。託宣を受け、宝物を法明に届けようとする石清水八幡宮の小川伊高ら神職と遭遇。宝物を授受する。あまりの嬉しさに法明は本尊の軸を近くの松に掛け、念仏を踊り出す。この松が本尊掛の松として残っている。
- 犬井甚兵衛屋敷跡:大阪府枚方市。授受の日、一夜の宿を借りたのが甚兵衛屋敷。法明は小川伊高らに法話をした。小川伊高は法明の弟子となった。
- 大念仏寺:大阪府大阪市平野区。法明は本尊を奉じて平野郷に入り、大念仏寺を復興した。
- 河内六別時
- 教信寺:兵庫県加古川市。平安時代の念仏行者教信の託宣を受け、ゆかりの教信寺で10日間、別時念仏を営む。
- 大物浦:教信寺に向かう船路で、暴風雨に会うが、鳥羽上皇下賜の鏡鉦を海中に沈めると風雨が止んだ。
- 鳴尾沖:中国地方を巡錫して帰るときに鳴尾沖に差し掛かると毘沙門天が出現し、霊亀が現れ、鏡鉦を返したという。
- 高渚寺:大阪府堺市堺区。鏡鉦返却の礼として霊亀と動物諸霊のための施餓鬼会を行う。廃絶。
- 四天王寺:大阪府大阪市天王寺区。良忍の念仏会を、踊躍歓喜念仏会として復興。現在も行われている?
- 当麻寺:奈良県葛城市。法明は当麻曼荼羅を信仰。融通念仏に結縁した信徒らの帳簿を当麻寺本堂瑠璃壇に奉納したという。護念院を宿坊として、念仏会を開いた。
- 喜連法明寺:法明は大念仏寺を退いた後、喜連に住した。当寺にて死去したともいう。
- 深江法明寺:法明は大念仏寺を退いた後、深江に住した。当寺にて死去したともいう?
- 勝手神社:奈良県吉野町。毘沙門天の化身。深江法明寺で念仏をしていた法明の前に老人が現れ、「楠木正行が四條畷で戦いに破れ、壮絶な戦死を迎えるから、供養を頼む」と託宣。
- 四條畷十念寺:大阪府四条畷市。法明が四條畷の戦いの戦死者を供養した旧跡。その後、寺院が建立される。
- 安堵の辻:大阪府大阪市東成区。あるとき、西方から紫雲がたなびき、老人が出現。かつて託宣した教信であった。「生涯をかけた念仏の功徳により、あなたは来年の6月13日に極楽往生できる」といった。小堂が残る。
- 有馬墓所:大阪府東大阪市。長瀬墓地にある墓所。ここで火葬された。
- 河内阿弥陀院:大阪府東大阪市。有馬墓所にあった寺院。現在も本尊と良忍、法明と思われる像が長瀬墓地の式場の中に祀られているという。
- 常福寺:有馬墓所を作るために土地を造成しているときに地中から光を放つ金色の宝珠を発見。法明の遺徳として宝珠を収めた阿弥陀像が作られ、宝珠山常福寺に祀られた。
- 大念仏寺墓所:歴代上人の墓所。
- 高野山墓所:高野山奥の院にある。
- 高野山法明堂:安養院にある。
参考文献
- 融通念佛宗教学研究所『法明上人 その生涯と信仰』平成10