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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

神道修成派

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2016年4月17日 (日)

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神道修成派
しんとう しゅうせいは

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左:本郷祠  右:大元祠山上祠

目次

概要

神道修成派(しんとう・しゅうせいは)は、阿波藩士で維新志士の新田邦光(くにてる)(1829-1902)を開祖とし、東京都杉並区に本部を置く神道系教団教派神道の一派。1873年(明治6年)設立で、1876年(明治9年)に明治政府の認可を受けた。キリスト教対策と倫理道徳による国民教化という、大教宣布や教導職の理念とほぼ共通する目的で設立。儒教色が強いとされるが、設立当初から傘下に木曽御嶽信仰富士信仰の教団を抱えていた。特に現在に至るまで主要施設を木曽御嶽信仰の施設のそばに置くことが多い。邦光と2代管長邦貞の布教により、関東、近畿、四国に勢力があるという。

国家主義者の影山庄平は元神道修成派教師だった。

一覧

年表

  • 1873年(明治6年):新田邦光、修成講社設立
  • 1876年(明治9年):神道修成派が公認される。
  • 1940年(昭和15年):宗教団体法の宗教法人となる
  • 1946年(昭和21年)9月13日:宗教法人令による宗教法人
  • 1952年(昭和27年)6月26日:宗教法人法による宗教法人


組織

歴代管長

  • 1新田邦光<~1892年(明治25年)>:竹沢寛三郎。
  • 2新田邦貞<1892年(明治25年)~1920年(大正9年)>
  • 3新田邦達<1920年(大正9年)~1972年(昭和47年)>
  • 4新田邦夫<1972年(昭和47年)~現職>

(『新宗教教団・人物事典』)

古典籍

画像

参考文献

  • 『新宗教教団・人物事典』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%A5%9E%E9%81%93%E4%BF%AE%E6%88%90%E6%B4%BE」より作成

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