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金光教

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年7月18日 (日)

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金光教(こんこうきょう)は、金光大神を開祖とする神道系新宗教教派神道十三派の一つ。

目次

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組織

歴代管長

管長は政府から与えられた官職。教団を統括する権限を与えられていたが、信者の信仰は管長ではなく取次者に集まっていたため、管長職は戦後に廃止され、教主職が新たに置かれた。

世数 生没年 在職年 略歴
1 金光萩雄 1849-1919 1900-1919 金光大神の四男。二代金光大陣。1849年(嘉永2年)4月25日生。1878年(明治11年)金神社建築に関わり、その祠掌となる。1885年(明治18年)6月23日、神道備中事務分局所属の金光教会の教長に就任。金光教別派独立に伴い、1900年(明治33年)6月18日、金光教管長および金光教大教会長に就任。1919年(大正8年)12月17日死去。71歳。
2 金光家邦 1888-1988 1920-1941 金光萩雄の子。1888年(明治21年)10月21日生。1920年(大正9年)3月19日、管長に就任。新教規の制定で1941年(昭和16年)3月31日に自然退任。1950年(昭和25年)1月8日、金光教教師を辞任。翌日、新教団「天地金光教」を設立。1988年(昭和63年)3月29日死去。101歳。
代理 (金光国開) 1941-1941 1941年(昭和16年)3月31日付で管長代務者に就任。
3 金光摂胤 1880-1963 1941-1946 管長選挙を経て1941年(昭和16年)8月1日管長に就任。1946年(昭和21年)4月1日、教規改正で管長職廃止。(歴代教主の項目を参照)

歴代教主

取次者。大教会広前において取次を行う者。1941年(昭和16年)までは教団を統括する管長と、信者の尊崇を集める取次者が別であったため、混乱を招いた。戦後、取次者を教主と位置付け、過去についても、政府が任命した管長ではなく、取次者を歴代教主として位置付け直した。

世数 生没年 在職年 略歴
1 金光大神 1814-1883 1859-1883 金光教教祖。香取十平の次男。1814年(文化11年)8月16日生。1859年(安政6年)取次を始める。1883年(明治16年)10月10日死去。70歳。
2 金光宅吉 1854-1893 1883-1893 金光大神の五男。1854年(安政1年)12月25日生(翌年1月2日生と届け出る)。1883年(明治16年)11月28日、取次の業を継承。1893年(明治26年)12月20日死去。40歳。
3 金光摂胤 1880-1963 1893-1963 金光宅吉の長男。1880年(明治13年)8月5日生。1893年(明治26年)12月29日、取次の業を継承。2日前の27日には教師に任命される。1907年(明治40年)6月9日、副管長。1935年(昭和10年)6月21日、大教会所神前奉仕者に就任。管長選挙を経て1941年(昭和16年)8月1日管長に就任。1946年(昭和21年)4月1日、宗教法人令に基づき教規を改正し、教主・本部教会長に就任。8月1日、改めて教主選挙で教主に就任。1963年(昭和38年)4月13日死去。84歳。
4 金光鑑太郎 1909-1991 1963-1991 1909年(明治42年)生。1963年(昭和38年)4月9日、教主代務者に就任。教主選挙を行い、7月9日に教主に就任。1991年(平成3年)1月10日死去。81歳。
5 金光平輝 1934- 1991-2021 金光鑑太郎の長男。1934年(昭和9年)10月31日生。1991年(平成3年)3月27日教主就任。2021年(令和3年)3月26日に退任。初の生前退位。
6 金光浩道 1966- 2021- 金光平輝長男。1966年(昭和41年)生。2021年(令和3年)3月27日に就任。任期5年。

歴代教監・教務総長

教務総長は教団運営の最高責任者で、宗教法人金光教の代表役員。現在の任期は4年。かつては教監といった。教務総長を首班とする執行部を内局と呼ぶ(政府における内閣に当たる)。

世数 生没年 在職年 略歴
1 二代白神新一郎 ?-1910 1900-1901 「三直信」の一人。大阪教会初代教会長。白神信吉。初代白神新一郎(1818-1882)の次男。岡山市出身。1847年(弘化4年)9月14日生。1880年(明治13年)父を助けるため大阪へ移住。1882年(明治15年)の父の死去で跡を継ぐ決意をして新一郎と名乗る。同年12月、大阪神道事務分局派出説教所を設立。翌年10月に教師となる。1900年(明治33年)6月24日、教監に就任。1910年(明治43年)4月12日死去。64歳。
臨時 (金光金吉) 1845-1907 1901-1902 金光大神の三男。金光浅吉。1845年(弘化2年)2月8日生。1889年(明治22年)1月22日教師となる。1900年(明治33年)6月27日副管長となる。1901年(明治34年)11月26日、臨時教監に就任。1906年(明治39年)7月28日、臨時教監に再任。1907年(明治40年)3月26日死去。63歳。金光正神。
2 近藤藤守 1855-1917 1902-1906 「三直信」の一人。難波教会初代教会長。大阪出身。近藤弥左衛門の次男。1855年(安政2年)8月20日生。病気に苦しむ中、1880年(明治13年)2月13日、初代白神新一郎の広前に参拝して一日で全快。信心を受ける。翌年2月1日、金光大神の広前に初めて参拝。その後、白神新一郎の広前の世話をするが、近藤宅にも信者が訪れ、取次を行うようになる。しかし教師資格がないため、1883年(明治16年)5月13日、警察に拘留された。取締を避けるため、大阪神道事務分局付属の正道講社の世話係となった。6月7日には教師となる。1884年(明治17年)1月17日、大阪神道事務分局派出説教所副所長となる。1902年(明治35年)1月26日、教監に就任。1917年(大正6年)1月28日死去。63歳。弟子に虎谷吉兵衛、杉田政次郎、畑徳三郎などがいる。
臨時 (金光金吉) 1845-1907 1906-1907 1845年(弘化2年)生。1906年(明治39年)7月28日、臨時教監に就任。再任。1907年(明治40年)死去。
3 佐藤範雄 1856-1945 1907-1917 「三直信」の一人。芸備教会初代教会長。広島県出身。1856年(安政3年)8月6日生。大工として生活していたが1875年(明治8年)12月、近所の者から金光大神の教えを伝え聞き、霊感に打たれた。翌日には厨子に祀ったという。翌年2月、金光大神の広前を初めて参拝。1877年(明治10年)頃から取次を始める。1880年(明治13年)2月6日、教師となる。教団設立のため、1882年(明治15年)8月、沼名前神社宮司吉岡徳明を訪ね、助言を受ける。1886年(明治19年)、のちの芸備教会を設立。私立金光中学校長となる。1907年(明治40年)4月5日、教監に就任。1919年(大正8年)1月28日、臨時教監に就任。国の宗教制度調査委員会特別委員も務めた。1942年(昭和17年)6月20日死去。87歳。著書多数。
4 畑徳三郎 1867-1935 1917-1921 東京教会初代教会長。1867年(慶応3年)生。1917年(大正6年)1月20日、教監に就任。1918年(大正7年)4月、畑教監辞任問題が起こる。1919年(大正8年)1月28日、現職のまま休養。同年7月27日復職。1921年(大正10年)と1926年(昭和1年)に再任。1932年(昭和7年)2月5日死去。66歳。歌集『道』。著書『金光教と人生』『萩の玉露』『神訓一夕話』『畑徳三郎説教集』。
臨時 (佐藤範雄) 1856-1945 1919-1919 1919年(大正8年)1月28日、臨時教監に就任。
臨時 (高橋茂久平) 1921-1921 1921年(大正10年)3月31日、臨時教監に就任。著書『御理解感話』『高橋先生説教集』。『高橋茂久平師の信心 』。
5 畑徳三郎 1867-1935 1921-1925 1921年(大正10年)10月16日、教監に就任。再任。
6 中野辰之助 1925-1926 平安教会長。1925年(大正14年)7月22日、教監に就任。
臨時 (阪井永治) 1889-1958
7 畑徳三郎 1867-1935 1926-1929 1926年(昭和1年)12月6日再任。
8 山本豊 1929-1932 1929年(昭和4年)5月18日、教監に就任。著書『孔舎乃家諄辞集』。
臨時 (古川隼人) 1889-1974 1889年(明治22年)生。1974年(昭和49年)死去。
9 小林鎮 1886-1946 1932-1934 1886年(明治19年)生。1932年(昭和7年)6月22日、教監に就任。1934年(昭和9年)11月13日、金光家邦管長、小林鎮教監を罷免(昭和9年・10年事件の始まり)。1946年(昭和21年)死去。
10 阪井永治 1889-1958 1934-1935 1889年(明治22年)生。1934年(昭和9年)11月22日、教監に就任。1958年(昭和33年)死去。
11 金光文孝 1935-1935 管長金光家邦の弟。1935年(昭和10年)2月17日、教監に就任。4月17日辞任。
12 高橋正雄 1887-1965 1935-1941 1887年(明治20年)生。1935年(昭和10年)4月26日、教監に就任。1951年(昭和26年)12月9日、教監に再任。1963年(昭和38年)4月30日、教監に就任。1965年(昭和40年)5月25日、教監在職中に死去。79歳。著書多数。
13 松山成三 1878-1951 1941-1942 大連教会長。岡山中部教会長。1878年(明治11年)生。1941年(昭和16年)4月1日付で、教監に就任。1951年(昭和26年)死去。著書『松山成三教話集』。
14 三代白神新一郎 ?-1953 1942-1945 大阪教会2代教会長。二代白神新一郎の養子。1942年(昭和17年)6月29日、教監に就任。1945年(昭和20年)9月11日、敗戦にともない辞任。1953年(昭和28年)8月死去。
15 和泉乙三 1884-1960 1945-1947 白金教会2代教会長。1884年(明治17年)生。1945年(昭和20年)9月11日、教監に就任。1960年(昭和35年)8月19日死去。77歳。著書『金光教観』『無量の信味』。追悼集『すめる月影:和泉乙三大人30年祭偲草』。
16 堀尾保治 1947-1947 日田教会教会長。1947年(昭和22年)5月13日、教監に就任。著書『信心の成長を祈る』。
17 佐藤一夫 1883-1970 1947-1950 芸備教会2代教会長。佐藤範雄の長男。広島県出身。1883年(明治16年)6月1日生。早稲田大学在学中に日露戦争に従軍。1910年(明治43年)12月24日に教師となる。金光教徒社を設立し、理事長となる。金光教少年団を設立。また金光学園理事長、教義講究所所長、金光教学院講師を歴任。1947年(昭和22年)12月2日、教監に就任。1958年(昭和33年)11月9日、教監に再任。1970年(昭和45年)7月4日死去。88歳。著書『御神米のはなし』『真受けの信心』。
18 片島幸吉 1884-1962 1950-1951 1884年(明治17年)生。1950年(昭和25年)8月25日、教監に就任。1962年(昭和37年)死去。著書『日柄方位の迷信に就きて』。
19 高橋正雄 1887-1965 1951-1958 1951年(昭和26年)12月9日、教監に再任。
20 佐藤博敏 1954-1958 1954年(昭和29年)8月23日、教監に就任。
21 河合弘道 1907-1991 1958-1958 米子教会長。1907年(明治40年)生。1958年(昭和33年)1月20日、教監に就任。10カ月足らずで辞任。1963年(昭和38年)から1983年(昭和58年)まで米子市長。1991年(平成3年)死去。
22 佐藤一夫 1958-1962 1958年(昭和33年)11月9日、教監に再任。
23 多河常樹 1962-1963 1962年(昭和37年)4月15日、教監に就任。著書『悩みに答える』。
24 高橋正雄 1887-1965 1963-1965 1963年(昭和38年)4月30日、教監に就任。1965年(昭和40年)5月25日、教監在職中に死去。79歳。
25 竹部寿夫 1965-1969 1965年(昭和40年)7月22日、教監に就任。
26 市川彰 1969-? 1969年(昭和44年)5月19日、教監に就任。
27 佐藤博敏 再任。
28 安田好三 1974-1984 小田原教会長。1974年(昭和49年)5月就任。1984年(昭和59年)5月退任。『安田好三大人十年祭偲草』。
29 大久保義隆 飯塚東教会長。
30 矢代礼紀 函館教会長。
31 津田貴雄 尼崎教会長。
32 森定斎 1935- 1998-2002 総社教会3代教会長。1959年(昭和34年)京都大学卒。1961年(昭和36年)金光学院卒。1970年(昭和45年)中国教務所長。1984年(昭和59年)総社教会長。1990年(平成2年)8月、専掌・教監職務代行。1998年(平成10年)10月、教務総長就任。2002年(平成14年)9月退任。2006年(平成18年)教老。著書に『響き合ういのち』。森定齋。
鈴木甫 ?-2008 2002-? 2002年(平成14年)9月18日教務総長。2008年(平成20年)死去。
佐藤光俊 ?-2012 2006-2012 加法教会教会長。金光教学研究所所長。2006年(平成18年)教務総長。在職中に2012年(平成24年)4月29日死去。
代理 (和泉正一) 白金教会教会長。
岡成敏正 2012-2016 2012年(平成24年)7月25日、教務総長就任。
西川良典 2016-2020 藤井寺教会長。2016年(平成28年)7月1日、教務総長就任。
岩崎道与 1960- 2020-2024予定 静岡県静岡市出身。1960年(昭和35年)生。慶応義塾大学法学部卒。静岡教会長。2013年(平成25年)9月1日国際センター所長。2020年(令和2年)7月1日教務総長。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%87%91%E5%85%89%E6%95%99」より作成

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