ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

広瀬大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
(?宮司)
(?宮司)
51行: 51行:
*柳沢保申(1846-1893)<1886-1888>:旧郡山藩主。伯爵。本務は[[龍田大社]]宮司。(略歴は[[龍田大社#組織]]を参照)
*柳沢保申(1846-1893)<1886-1888>:旧郡山藩主。伯爵。本務は[[龍田大社]]宮司。(略歴は[[龍田大社#組織]]を参照)
*大井田斉(1860-1924):下野国出身の歌人。井上頼圀に師事。金子薫園の短歌研究会に参加。
*大井田斉(1860-1924):下野国出身の歌人。井上頼圀に師事。金子薫園の短歌研究会に参加。
 +
*大沢清臣(1833-1892):陵墓研究で知られる国学者。(略歴は、[[龍田大社#組織]]を参照)
==画像==
==画像==

2017年1月8日 (日) 時点における版

広瀬神社
ひろせ じんじゃ
Hirose-taisha (8).JPG
概要 河川の神。
奉斎 若宇迦売命
(土岐昌訓論文)
所在地 奈良県北葛城郡河合町川合1206
所在地(旧国郡) 大和国広瀬郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正三位二十二社官幣大社別表神社
関連記事 広瀬信仰

広瀬神社(ひろせ・じんじゃ)は、奈良県北葛城郡河合町にある広瀬信仰の総本社。河川の神。若宇迦売命を祀る。龍田大社と対になる存在とみなされている。式内社名神大社正三位二十二社官幣大社別表神社。(参考:同名神社広瀬神社_(同名)


目次

歴史

境内

組織

宮司

  • 松原貴速(1831-?)<1877-1879>:明治前期の内務官僚・神職。1831年(天保2年)9月2日生まれ。山口藩出身。1872年(明治5年)4月13日、新川県八等出仕。1873年(明治6年)8月八等出仕上等。1875年(明治8年)、七等出仕、ついで七等判事。1876年(明治9年)8月7日、豊岡県権参事。18日正七位。1877年(明治10年)2月5日、東京府御用掛。同年依願免官。同年12月12日、広瀬神社宮司。翌年3月30日、教導職試補。8月3日、大講義。1879年(明治12年)9月1日、松尾大社宮司。同年12月27日、権少教正。1883年(明治16年)4月23日、石上神宮宮司。同年12月17日、大神神社宮司。1886年(明治19年)7月27日、石清水八幡宮宮司。没年不詳。(『大神神社史料』『神道人名辞典』)
  • 柳沢保申(1846-1893)<1886-1888>:旧郡山藩主。伯爵。本務は龍田大社宮司。(略歴は龍田大社#組織を参照)
  • 大井田斉(1860-1924):下野国出身の歌人。井上頼圀に師事。金子薫園の短歌研究会に参加。
  • 大沢清臣(1833-1892):陵墓研究で知られる国学者。(略歴は、龍田大社#組織を参照)

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール