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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

源家の祭祀

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月11日 (日)

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源家源氏宗家。清和源氏の嫡流とみなされる。河内源氏。

一覧

歴代

  • 1源頼信(968-1048):源満仲の三男。石清水八幡宮を氏神と仰ぐ。河内を拠点とし、武家としての地位を築く。通法寺に墓。壺井権現社祭神。
  • 2源頼義(988-1075):源頼信の長男。前九年の役で陸奥国の安倍氏を滅ぼし、武家の代表者としての地位と、源氏の東国進出の拠点を築いた。鎌倉に鶴岡八幡宮の前身を建てた。墓は通法寺。壺井権現社祭神。
  • 3源義家(1039-1106):源頼義の長男。後三年の役。八幡太郎。墓は通法寺。壺井権現社祭神。
  • 4源義忠(?-1109):源義家の四男。同族に暗殺された。墓所不明。
  • 5源為義(1096-1156):源義親の子。源義家の孫。保元の乱で崇徳天皇方に付き敗れる。長男の義朝に斬首される。京都に源為義墓伴緒社祭神。
  • 6源義朝(1123-1160?):源為義の長男。保元の乱で後白河天皇方について勝つ。敵方についた父を処刑した。平治の乱で平清盛排除を狙うが敗れて討たれた。大御堂寺に墓。菩提寺は大御堂寺と勝長寿院
  • 7源頼朝(1147-1199):源義朝の子。鎌倉幕府初代将軍。母は熱田神宮大宮司藤原季範の娘。墓は鎌倉・白旗神社。菩提寺は寿福寺鎌倉・大慈寺鎌倉・安養院
  • 8源頼家(1182-1204):源頼朝の子。鎌倉幕府2代将軍。北条家に追放された。修禅寺で暗殺された。鎌倉寿福寺や京都建仁寺の開基。墓は修禅寺。法名は法華院殿金吾大禅閤。
  • 9源実朝(1192-1219):源頼朝の子。鎌倉幕府3代将軍。鎌倉・大慈寺を創建。公暁に暗殺された。勝長寿院に葬られたという。源実朝首塚が秦野金剛寺にある。高野山金剛三昧院に分骨。寿福寺に供養塔。菩提寺は京都・大通寺
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