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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

英彦山

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年9月29日 (日)

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英彦山(ひこさん)は、福岡県にある修験道の霊山。英彦山神宮がある。 九州一円に勢力を広げた。

目次

歴史

由緒

様々な縁起があるが、天忍穂耳尊が天下りした山なので、日子山と称したとされる。 中世初頭『彦山流記』によれば、当山は継体25年に藤原恒雄が開いたという。 中世末の『鎮西彦山縁起』恒雄が忍辱と称して魏国の僧善正に帰依して創建したともいう。 あるいは534年、彦山権現が中国天台山の「王子晋の旧跡」(山王桐柏宮?)から飛来して地主神から土地を譲られたともいう。 その後、役小角宇佐の法蓮が入り中興したともいう。また八幡大菩薩が参詣したともいう。

平安時代

『中右記』寛治8年(1094)条に彦山衆徒と大宰府安楽寺衆徒が争乱を起こしたという記述が初出。 同年9月には衆徒の勢いに恐れをなした大宰大弐藤原長房が京都に逃亡したと『本朝世記』にある。 当時は宇佐八幡宮の支配下にあったともみられる。

養和元年(1181)12月、後白河上皇新熊野神社に寄進した社領の中に彦山があり、熊野信仰の影響下に入ったとみられている。 『梁塵秘抄』に霊験所の一つとして挙げられている。

鎌倉時代

鎌倉時代には諸社諸堂が並ぶ大伽藍が形成されていたとみられている。 南谷、北谷、中谷、総寺院谷の4地区が成立。のち十谷となった。

室町時代

元弘3年(1333)、後伏見天皇皇子の助有法親王が座主として入寺。天皇家との関係を意識しながら発展する新たな段階に入る。 山内は天台密教僧の衆徒方、神職系の総方、山伏系の行者方に組織。 戦国時代には日光山から来たという阿吸房即伝が教義を整備した。

天正6年、英彦山は秋月種実と手を結んだが、そのため9年、大友氏に焼き討ちされた。

江戸時代

幕府が修験道法度を出すと、聖護院門跡が末寺化をはかり、争論となるが失敗。元禄9年、幕府は彦山を本山派に属さず、独立した寺院と認めた。 享保14年(1729)、霊元上皇が従来の「彦山」の名に「英」の字を冠し、「英彦山」の名を与えた。

幕末、英彦山は尊攘派の拠点となっていた。 文久3年11月、小倉藩が英彦山を襲撃。座主が捕らえられ、尊攘僧らが拘束された。

近現代1神社としての歩み

1868年(明治1年)神仏分離で霊仙寺は廃絶し、英彦山神社として存続した。時期は明確ではないが、当初から神社であったという主張を政府に認めさせたのではないか。座主は高千穂姓を下賜され、華族に列された。仏教色の排除は全国的な動きに遅れて1873年(明治6年)から1874年(明治7年)頃から本格化。青壮年による旧山伏により神兵隊が組織され、仏像仏具の撤去が推進された。社格は1871年(明治4年)国幣小社、1890年(明治23年)官幣小社、1897年(明治30年)官幣中社。戦後には神社本庁の別表神社となった。さらに1974年(昭和49年)、昭和天皇の聴許で神宮号を得て英彦山神宮と改称した。

近現代2修験道の復興

明治以後も多聞坊が修験を続ける。1889年(明治22年)、宝満山修験が宝満山から英彦山への峰入りを実施したときも協力している。大正時代まで断続的に峰入りが行われていたらしい。戦後、修験道寺院として霊泉寺と天宮寺が創建される。1967年(昭和42年)、神社の神幸祭に合わせて五流尊瀧院や旧山内山伏末裔の山伏が採燈護摩・上宮登拝を実施。また同年から福岡県福津市の金剛寺が一部の行場を廻る峰入りを開始。1987年(昭和62年)本山修験宗求菩提山六峰会が英彦山入峰を開始。1994年(平成6年)から真言宗醍醐派の修験道春風会が北九州市の皿倉山から福智山を経て英彦山に至る入峰を開始。2007年(平成19年)から英彦山神宮は御潮井採りを公開。平成25年から神宮の神職が修験者の修行を開始。平成27年から神幸祭に山伏・僧侶が参加するようになる。

特徴

  • 聖護院の支配を撥ね付け、独立した地位を維持
  • 九州一円に勢力を広げた。六峰や宝満山を支配下に置いた。
  • 皇族の座主を擁立した。
  • 熊野信仰の影響
  • 宇佐神宮の影響
  • 弥勒信仰
  • 洞窟修行
  • 大行事という眷属神の存在
  • 山地をつたって遠方まで嶺入り
  • 天孫を祭神とした
  • 戦後、神宮
  • 神仏習合の景観が今も残る
  • 幕末には尊皇派として動いた

山内の諸社諸堂

山上

  • 南岳:最高峰。祠がある。俗体権現。釈迦如来。伊邪那岐命。
  • 中岳(上宮岳):上宮(英彦山神宮の本社)がある。女体権現。千手観音。伊邪那美命。
  • 上宮:現在の社殿は弘化2年の再建。
  • 北岳:祠がある。法体権現。阿弥陀如来。天忍穂耳命。
  • 産霊神社(行者堂):英彦山神宮摂社。高皇産霊神・玉依姫・熊野久須毘命を祀る。
  • 中津宮:英彦山神宮摂社。市杵嶋姫命・多紀理毘売命・多岐津毘売命の宗像三神を祀る。平成3年再建。
  • 水原殿:

霊仙寺周辺

  • 霊仙寺
  • 大講堂:本尊は釈迦如来。阿弥陀三尊と不動三尊を脇侍とする。740年(天平12年)、藤原清足の建立と伝える。大講堂以外に大規模な仏堂の存在はないようなので、事実上、大講堂が霊仙寺の本堂だったと思われる。元和2年(1616)に再建されたものが「英彦山神宮奉幣殿」として現存。
  • 奉幣殿:霊仙寺大講堂を神仏分離以後に転用した社殿。祝詩殿、祈願殿とも呼ばれた。英彦山神宮の祭事は基本的にこの社殿で行われる。拝殿や遥拝殿のような位置付けの社殿と思われるが、上宮が東方にあるのに対して奉幣殿は南面しているため、拝礼は山上の方向にはならない。
  • 天之水分神:
  • 英彦山招魂社田川護国神社の奥宮とされる。維新殉難者11柱を祀る。
  • 北山殿:跡地に社務所。
  • 下津宮:英彦山神宮摂社。速須佐ノ男命・神武天皇・大国主命を祀る。1857年(安政4年)再建。英彦山十二権現を祀るとされる。
  • 増慶社:

上霊仙谷周辺

  • 大日堂:市護社。
  • 放生池
  • 中島神社:英彦山神宮末社。天満宮。
  • 観音堂:
  • 大国神社:旧亀石坊内?
  • 宝篋印塔:旧亀石坊のそば。豪潮が建立。
  • 千代丸稲荷神社:

西谷周辺

中谷周辺

  • 旅殿:下宮に祀る英彦山十二権現の御旅所。神幸祭の創始に合わせて建てられたとみられる。1879年(明治12年)再建。
  • 経蔵:

南谷周辺

  • 釈迦堂

下谷周辺

  • 宗像神社:
  • 花見ケ岩:

中尾谷周辺

  • 宝篋印塔:

五ツ谷周辺

  • 大行事堂:
  • 疱瘡神:

別所谷周辺

  • 橿原神社:総持院の別所不動堂があった。三日月池がある。
  • 別所不動堂:
  • 鳥尾観音堂

智室谷周辺

  • 智室窟:
  • 文殊窟:文殊堂
  • 学問神社:英彦山神宮末社。第34文殊窟。
  • 二洞窟:
  • 嶺の廟:座主墓地
  • 虚空蔵:
  • 梵字ケ岩:
  • 衣ケ池:
  • 大河辺窟:
  • 今熊野窟:
  • 大河辺山伏墓地:

玉屋谷周辺

  • 玉屋窟:
  • 玉屋神社:英彦山神宮摂社。瓊瓊杵尊・猿田彦大神を祀る。玉屋窟、般若窟にある。法蓮が修行した窟。
  • 鬼神社:玉屋神社の傍らにある。
  • 開山堂:
  • 法蓮堂:
  • 大南神社:英彦山神宮末社。天火明命を祀る。大南窟にある。

新屋敷周辺

  • 新森稲荷神社:蓮華台院。
  • 八龍寺:

北坂本周辺

  • 坂本神社:英彦山神宮末社。七大童子社。
  • 地蔵堂
  • 観音堂

南坂本周辺

  • 筒井神社:

豊前坊周辺

  • 豊前坊:
  • 高住神社:現在は独立した神社。豊前窟にある。
  • 逆鉾岩:
  • 一ノ岳:
  • 二ノ岳:
  • 三ノ岳:

上仏来山周辺

  • 上津神社:英彦山神宮末社。毘沙門堂。上津宮。
  • 鳥尾神社:英彦山神宮末社。第27不動窟。下仏来不動。下津宮。

子院

  • 座主院:本坊。
  • 政所坊:扱坊。座主代。上霊仙谷。
  • 亀石坊:扱坊。座主代。
  • 増了坊:扱坊。
  • 橋本坊:扱坊。
  • 門坊:扱坊。
  • 寂円坊:扱坊。
  • 岡坊:扱坊。
  • 両界坊:扱坊。
  • 中坊:扱坊。
  • 福泉坊:扱坊。
  • 成円坊:扱坊。
  • 立石坊:扱坊?
  • 巧門坊:
  • 学琳坊:


  • 華蔵院:即伝が滞在した。
  • 楞厳坊
  • 財蔵坊:現在は添田町歴史民俗資料館。もっとも完全な形で宿坊建築が残る。
  • 勝円坊:下谷。1867年(慶応3年)の宿坊建築が残る。
  • 松養坊:文政天保頃の建築とみられる。
  • 豊前坊:豊前窟。高住神社
  • 良品坊:
  • 十万坊:
  • 瀧蔵坊:
  • 守静坊:
  • 良什坊:
  • 泉祐坊:
  • 曼殊院:
  • 了乗坊:
  • 密乗坊:
  • 常泉坊:
  • 仏石坊:
  • 勝林坊:
  • 東真坊:
  • 宝泉坊:
  • 大本坊:
  • 実栄坊:
  • 増琳坊:
  • 円印坊:
  • 教智坊:
  • 能円坊:
  • 智楽院:
  • 解脱院:
  • 福海坊:
  • 報恩院:
  • 本光坊:
  • 宗賢坊:
  • 多聞坊:
  • 実乗坊:
  • 秀学坊:
  • 立幸坊:
  • 池ノ坊:
  • 鬼石坊:
  • 本秀坊:
  • 藤ノ坊:
  • 増進坊:
  • 達乗坊:
  • 水口坊:
  • 善覚坊:
  • 即中坊:
  • 浄金坊:
  • 妙禅坊:
  • 浄和坊:

山外

英彦山七口

  • 伊良原
  • 霊仙見
  • 鳥居越
  • 津野峠
  • 宝珠山口
  • 落合口
  • 津野口

英彦山十谷

  • 上霊仙谷:大講堂手前の参道の北側
  • 五ツ谷:座主院の東、中尾谷の南東。
  • 南谷:座主院周辺。
  • 智室谷:智室窟周辺。
  • 玉屋谷:玉屋窟周辺。
  • 中谷:上霊仙谷の西
  • 下谷:中谷の北。
  • 中尾谷:大講堂手前の参道の南側
  • 西谷:中尾谷の西
  • 別所谷:北谷、総寺院谷とも。

十谷の範囲は長野覚「山岳宗教(修験道)集落英彦山の構造と経済的基盤」掲載の地図にもとづく。

英彦山六峰

  • 求菩提山:護国寺。国玉神社。
  • 福智山:金光明寺。福智神社の下宮・中宮・上宮。法頭福泉坊。
  • 普智山:等覚寺。白山多賀神社。
  • 松尾山:医王寺。三社神社。法頭高明坊。
  • 檜原山:正平寺。法頭教王院。
  • 蔵持山:宝船寺。蔵持山神社。法頭城台坊。

英彦山四十九窟

『彦山流記』に記される49カ所の窟。弥勒信仰の兜率天四十九院になぞらえたものと言われる。佐々木哲哉「修験道彦山派の峰中修行」を出典とする。番号がないものは、直前の番号のものの異説か付属かと思われる。蔵持山には蔵持四十九窟、求菩提山には求菩提五窟、宝満山には五井七窟があった。

名称 エリア 国郡 所在地 祭神 本地仏など 付属施設 概要
1 玉屋窟
(般若窟)
山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 金杖童子 玉屋神社 山内第一の窟とされる。英彦山権現が最初に出現した地という。740年(天平12年)、聖武天皇の勅願で開かれたという。法蓮が英彦山権現から如意宝珠を与えられ、霊水が湧き出すようになったという。高さ約60mの岩壁の下に岩窟を刳り開き、社殿を取り付けている。現在の社殿は江戸時代の再建。傍らに鬼神社がある。周辺には開山堂跡、法蓮堂跡、多門堂跡、鐘楼跡、塔頭跡、墓地、五輪地、石塔などが残る。英彦山神宮奉幣殿近くの鐘楼の梵鐘は元来、般若窟のものである。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
2 蔵持窟 山外 蔵持山 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川上高屋 聖観音化身 蔵持山神社 英彦山六峰の一つ蔵持山にある。この窟で修行していた静暹は護法童子を使役して空鉢を飛ばして米を得て蔵に収めたという伝説がある。蔵持山窟、空体窟ともいう。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
3 宝珠山窟 山外 宝珠山 筑前国朝倉郡 福岡県朝倉郡東峰村宝珠山 禅弐師童子 岩屋神社 北魏からの渡来僧の善正が修行場として開き、空から降ってきた宝珠を御神体として祀ったという。英彦山から宝満山まで峰入りする際の拠点の一つだった。岩屋神社には本社の他、大日社や熊野社などがある。熊野社は投入堂のような建物となっている。護摩壇跡などがある。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
4 大南窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 大聖天童 不動明王 大南神社 英彦山南岳の中腹にある。近くには鬼杉の上方にある。大南俗体権現は胎蔵界曼荼羅の中心という。金剛界の豊前窟と相対する。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
5 五窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 総大行事 十一面観音 五ツ谷の上部にある。中宮の南側。(「修験道彦山派の峰中修行」)
6 鷹巣窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町津野 虎天童 薬師如来 英彦山十二所権現の一つ。鷹巣山(一ノ岳)にある。鷹栖窟。(「修験道彦山派の峰中修行」ほか)
7 智室窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 福智天童 虚空蔵菩薩 英彦山十二所権現の一つ。英彦山神宮奉幣殿の南約600mの智室谷にある。塔頭跡の石垣がある。般若窟と並ぶ最古の谷の一つ。高さ約20mの断崖の下部に窟がある。標高789m。窟の向かって右側に、1442年(嘉吉2年)の年号を最古とする石碑が並ぶ。窟の近くに巨岩があり、梵字板碑が刻まれている。33番・小四王窟、法華窟(46番とするが、同名の別窟か)、47番・剣窟などが付属する(大四王窟や二戸窟を挙げる説もあるが不詳)。智室神社とは別か?(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』ほか)
8 今熊野窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 熊野十二所権現・若王子 下宮から玉屋窟に向かう道の途中から別れたところの大きな岩壁に三字の梵字が刻まれている(梵字岩)。梵字岩が今熊野窟に当たるとも、その下の窪みが今熊野窟に当たるともいう。傍らに腰窟と通窟がある。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
9 天上窟 不詳 福太郎童子
10 求菩提山 山外 求菩提山 豊前国上毛郡 福岡県豊前市求菩提 二所権現 薬師如来
11 鷹窟 山外 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川伊良原岩屋河内 倹僧童子 鷹窟権現 鷹崛権現とも
12 千仏窟 山外 普智山 豊前国京都郡 福岡県北九州市小倉南区平尾台 制多伽童子 企救郡のような気もするが、「京都郡」らしい。(「修験道彦山派の峰中修行」)
13 鷹尾窟 不詳 慈悲童子
14 机窟 不詳 豊前国上毛郡 持経童子
15 廻雲窟 不詳 豊前国上毛郡 月光童子
16 飛雲窟 不詳 豊前国上毛郡 日光童子
17 小玉屋窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 金杖童子 般若窟(玉屋窟)の近くにある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
18 豊前窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 憐愍童子 高住神社 鷹巣山(一ノ岳)の西方、国道500号線の南にある。聖武天皇の勅願と伝える。南北朝時代の康暦年間に豊前坊が建立された。近世には豊前坊社として各地に分霊された。役小角が修行し、蔵王権現が出現、竹台権現とも称したという。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
19 華園窟 山外 筑前国朝倉郡 福岡県朝倉郡東峰村小石原鼓 華開童子 大日岳の西側にある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
捨身窟 不詳 愛光童子
20 深蔵窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町落合 深倉園地 持金剛毘沙門 巨岩の下に慈母観音が祀られている。「姥ケ懐」とも。近くに男塊岩がある。
21 伝供窟 不詳 遍照童子
22 鞍戸窟 不詳 忿怒童子
23 焼尾窟 山外 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川帆柱 光明童子・阿弥陀 焼尾峠の東側にある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
24 虚空窟 不詳 飛行自在童子・虚空蔵菩薩
25 二戸窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 多聞天・持国天 文殊窟の近く。平家落人伝説がある。二つの穴がある。双戸窟とも。(「修験道彦山派の峰中修行」)
26 久穂窟 不詳
比栗処窟 不詳
27 不動窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 八大童子 鳥尾神社 上仏来山の北側にある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
28 千手窟 不詳 婆蘇仙人
29 龍口窟 不詳 垂龍童子
30 豊後窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 剣光童子 材木石の近くにある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
31 大河辺窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 烏瑟沙摩童子 二戸窟や大河辺山伏墓地の近くにある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
32 大星窟 山外 豊前国下毛郡 大分県中津市山国町小屋川 大将軍 所小野不動尊 大将陣山の北側。(「修験道彦山派の峰中修行」)
33 小四王窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 雷電神 智室窟に付属する窟の一つ。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
34 文殊窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 仏母童子 学問神社 二戸窟の近く。(「修験道彦山派の峰中修行」)
35 空体窟 山外 蔵持山 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川上高屋 静暹童子 蔵持窟の別名ともいう。
36 倶利伽羅窟 不詳 倶利迦羅童子
37 二鷹栖窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町津野 金毘羅童子 鷹巣山(二ノ岳)にある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
38 三鷹栖窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町津野 八大童子 鷹巣山(三ノ岳)にある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
39 琥珀窟 山内 豊前国京都郡 福岡県京都郡'みやこ町犀川鐙畑十城井 玉取童子 蔵持山から焼尾峠への峰入道の途中にある。(京築まるごとナビ)
三古窟 不詳 金迦羅童子
40 火尾窟 不詳 火雷天神
小智室窟 不詳 寿童子
中比龍口窟 不詳 垂龍童子
41 牛窟 不詳 大威徳
42 鶯窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 毘沙門・光明童子 今熊野窟の近くにある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
43 経窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 持経童子・一千体阿弥陀 今熊野窟の近くにある。(「修験道彦山派の峰中修行」)
44 門窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 守護童子
45 龍窟 不詳 不動明王
46 法華窟 山内 豊後国日田郡 大分県日田市小野 十羅刹女 岳滅鬼峠の南にある。(「修験道彦山派の峰中修行」)(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』では智室窟に付属する窟の一つとする)
47 剣窟 山内 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山 剣持童子 智室窟に付属する窟の一つ。(『豊前国英彦山 その歴史と信仰』)
48 末佐木窟 山外 豊前国下毛郡 大分県中津市耶馬溪町大字大野 香請童子 大巌窟とも。中摩殿畑山の北側にある(「修験道彦山派の峰中修行」)。柾木にある。
49 壁野窟 山外 豊後国日田郡 大分県日田市三和財津町 夜叉金剛 壁野山権現

大行事社四十八社

英彦山4世の羅運が神領内に設けたと伝える。そのうち40社の存在が伝わっている。福岡県内では高木神社と名乗るところも多い。

  • 四土結界地内5社:「点合護法社」と称す。
  • 六峰内6社:
  • 山麓7社:
  • 各村22社:
整理
番号
エリア 名称 国郡 所在地 概要
1 四土結界地内 南坂本・点合護法社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山唐ケ谷(筒井神社) 筒井神社に合祀。旧地不詳。
2 四土結界地内 北坂本・点合護法社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山北坂本(北坂本神社) 北坂本神社に合祀。旧地不詳。大神論文には「坂本神社に合祀」とあるが「北坂本神社」の誤記とみなした。
3 四土結界地内 西谷・点合護法社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山(位置未確認) 石祠のみ現存という。西谷地区(町の南側)のどこかにある。
4 四土結界地内 下谷・点合護法社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山(位置未確認) 宗像神社に合祀。旧地不詳。下谷地区(勝円坊周辺)のどこかにある。
5 四土結界地内 玉屋谷・点合護法社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町英彦山(玉屋神社) 玉屋神社に合祀。旧地不詳。
6 六峰内 求菩提山・大行事社 豊前国上毛郡 福岡県豊前市求菩提 求菩提山第一窟に該当。
7 六峰内 福智山・大行事社 豊前国田川郡 福岡県田川郡福智町 福智山にある。
8 六峰内 普智山・大行事社 豊前国京都郡 福岡県京都郡苅田町 普智山の第十三窟千仏窟に該当。
9 六峰内 松尾山・大行事社 豊前国上毛郡 福岡県築上郡上毛町西友枝 松尾山
10 六峰内 檜原山・大行事社 豊前国下毛郡 大分県中津市耶馬溪町中畑 檜原山
11 六峰内 蔵持山・大行事社 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川上高屋 蔵持山第四十九窟に該当。
12 山麓 戸山神社 豊後国日田郡 大分県日田市小野三河町
13 山麓 山田・大行事神社 豊後国日田郡 大分県日田市山田 大神論文では48社に含めることに疑義を示唆。
14 山麓 福井神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉郡東峰村福井
15 山麓 黒川高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉市黒川宮園
16 山麓 須川高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉市須川
17 山麓 添田・大行事社(所在不明) 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町添田(跡地不明)
18 山麓 三所神社 豊前国下毛郡 大分県中津市山国町守実龍 大神論文には「現在所在不明」とあるが、『日本歴史地名大系』「守実村」に「竜にある三所神社は、(中略)英彦山七大行事社の一つとされている」とある。龍樹山権現という。これは大神論文があげる「上志川三所神社」であり、この表でいう27番である。現地案内板などでも七社の一つとして説明されている。なぜ大神氏が「山麓七大行事社に入れた方が適当な程」と述べつつも各村大行事社と判断したのかは不明。
19 各村 下津野高木神社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町津野荒堀 油木ダム建設で水没した正護山から現在地に遷座
20 各村 上津野高木神社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町津野宮元
21 各村 落合高木神社 豊前国田川郡 福岡県田川郡添田町落合
22 各村 下伊良原高木神社 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川下伊良原古賀(遷座後) ダム建設のため荒良鬼山から現在地に遷座
23 各村 上伊良原高木神社 豊前国京都郡 福岡県京都郡みやこ町犀川上伊良原京塚(遷座後) ダム建設のため中村から現在地に遷座
24 各村 福田・高木神社 豊前国田川郡 福岡県田川郡大任町大行事福田
25 各村 成光・高木神社 豊前国田川郡 福岡県田川郡大任町大行事成光
26 各村 宮園・大行事社(所在不明) 豊前国下毛郡 大分県中津市耶馬渓町宮園(跡地不明) 大神論文には比定地の記載がない。
27 各村 三所神社 豊前国下毛郡 大分県中津市山国町守実上志川 18番の説明を参照。
28 各村 溝部・大行事社(所在不明) 豊前国下毛郡 大分県中津市山国町吉野(跡地不明) 大神論文には比定地の記載がない。
29 各村 槻木・大行事社(所在不明) 豊前国下毛郡 大分県中津市山国町槻木(跡地不明) 大神論文には比定地の記載がない。
30 各村 石松・大行事神社 豊後国日田郡 大分県日田市西有田 大神論文では48社に含めることに疑義を示唆。
31 各村 小石原高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉郡東峰村大字小石原
32 各村 鼓高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉郡東峰村大字小石原鼓 大神論文には比定地の記載がないが現存。
33 各村 宝珠山高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉郡東峰村宝珠山
34 各村 松末高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉市杷木松末
35 各村 白木高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉市杷木白木
36 各村 佐田高木神社 筑前国上座郡 福岡県朝倉市佐田安谷 佐田には2社の高木神社があるが規模が大きい安谷のほうと思われる。
37 各村 荷原高木神社(荷原・美奈宜神社境内) 筑前国下座郡 福岡県朝倉市荷原 県社美奈宜神社境内にある。
38 各村 江川高木神社 筑前国夜須郡 福岡県朝倉市江川 大神論文には比定地の記載がないが現存。江川ダム建設で現在地に遷座。旧地は未確認。
39 各村 桑野高木神社 筑前国嘉麻郡 福岡県嘉麻市桑野 大神論文には比定地の記載がないが現存。
40 各村 小野谷高木神社 筑前国嘉麻郡 福岡県嘉麻市小野谷 大神論文には比定地の記載がないが現存。

英彦山春峰四十八宿

近世の春峰(順峰)の四十八カ所の行場。ただし、1カ所は口伝で秘されている。胎蔵界の英彦山と金剛界の宝満山を往復する。

  • 下宮宿
  • 中宮宿
  • 備宿
  • 篠宿
  • 籠水宿
  • 発心宿
  • 吹越宿
  • 里坂宿
  • 屏風宿
  • 大多和宿
  • 水飲宿
  • 阿世比宿
  • 深蔵宿
  • 空体宿
  • 玉来宿
  • 持経者宿
  • 転法輪宿
  • 古屋宿
  • 笙岩屋宿
  • 有智宿
  • 深仙宿
  • 太鼓宿
  • 不動宿
  • 智恵宿
  • 七地宿
  • 平地宿
  • 御影宿
  • 小坂宿
  • 高長谷宿
  • 塞水宿
  • 亀甲宿
  • 野口宿
  • 白河宿
  • 五嶽山宿
  • 横尾宿
  • 臥手宿
  • 脇宿
  • 船石宿
  • 艶宿
  • 竈門宿:宝満山
  • 法華宿
  • 獅子宿
  • 東院宿
  • 中院宿
  • 西院宿
  • 大田宿
  • 柳宿

英彦山秋峰四十八宿

近世の秋峰(逆峰)の四十八カ所の行場。ただし、1カ所は口伝で秘されている。胎蔵界とされる英彦山から金剛界の福智山香春岳を廻る。

  • 総持院宿
  • 樫木護法宿
  • 麹護法宿
  • 一護法宿
  • 阿弥陀宿
  • 鹿尾宿
  • 小蔵宿
  • 多羅原宿
  • 白草蔵宿
  • 剣光〓見宿
  • 桜田尾宿
  • 相馬越宿
  • 菅原宿
  • 石御座宿
  • 錫嶽宿:尺岳
  • 福智宿:福智山
  • 両界宿
  • 木部宿
  • 龍鼻宿
  • 柳木宿
  • 古宮宿
  • 阿地武宿
  • 鍋越宿
  • 辰宿
  • 猪嶽宿
  • 大坂山宿
  • 砥代宿
  • 愛敬宿
  • 岩石宿:岩石山
  • 添田宿
  • 畑山宿
  • 西畑宿
  • 戸立宿
  • 綿打宿
  • 宝賀原宿
  • 乱橋宿
  • 猫岩屋宿
  • 砥場宿
  • 池尾宿
  • 奥院宿
  • 尾登宿
  • 石護法宿
  • 法体田尾宿
  • 備宿
  • 中宮宿
  • 一岳宿
  • 下宮宿

大廻行

大廻行という山内を廻る回峰行が中世には行われていた。順路と拝所を示した1383年(永徳3年)の「彦山霊仙寺境内大廻行守護神配立図」が伝わる。

内廻路

一巡13km。74カ所を巡拝する。

外廻路

一巡30km。42カ所を巡拝する。

関連人物

  • 善正(生没年不詳):孝武帝の皇子という。霊仙寺1世。
  • 藤原恒雄(?-589):善正に教えを受け、出家して忍辱と称したという。霊仙寺2世。
  • 法蓮(生没年不詳):
  • 羅運():
  • 役小角():
  • 雪舟():
  • 増慶():
  • 宥快():
  • 静暹():
  • 即伝():修験道教学の大成者。

資料

古典籍

  • 『彦山流記』
  • 『鎮西彦山縁起』
  • 『豊之前州彦山縁起』
  • 『彦山勝景詩集』
  • 『修験道秘決灌頂巻』:宥快著。
  • 『三峰相承法則密記』:即伝著。
  • 『修験修要秘決集』:即伝著。
  • 『英彦山図』
  • 『英彦山大権現松会之図』
  • 「英彦山資料」
  • 「英彦山修験道関係文書」
  • 「高田家所蔵英彦山修験道文書」
  • 「英彦山楞厳坊修験資料」

研究書など

  • 『英彦山編年史料』
  • 『英彦山と九州の修験道』
  • 『英彦山修験道の歴史地理学的研究』
  • 『増補英彦山』
  • 『豊前国の松会 その歴史と精神世界』
  • 『英彦山発掘』
  • 『英彦山を探る』
  • 『英彦山信仰の研究』
  • 『英彦山修験道考』
  • 『等覚寺修験道遺跡群』
  • 『豊前国英彦山 その歴史と信仰』
  • 『英彦山神社小史』
  • 『英彦山』
  • 『英彦山神社誌稿』
  • 『神道大系 阿蘇・英彦山』
  • 『英彦山民俗資料緊急調査報告書』
  • 『豊前修験道』
  • 『英彦山・求菩提山仏教民俗資料緊急調査報告書』
  • 1996『添田町文化財調査報告書3 英彦山大河辺山伏墓地』
  • 2016『添田町文化財調査報告書10 英彦山総合調査報告書』

地図

英彦山
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%8B%B1%E5%BD%A6%E5%B1%B1」より作成

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