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天満信仰 - SHINDEN

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天満信仰

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2013年8月30日 (金) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
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天満信仰

目次

概要

菅原道真を天満天神として崇敬する信仰。御霊信仰の代表とされる。

由緒

歴史

信仰

天満信仰のパンテオン

菅原道真

菅原道真
画像

画像のモチーフとしては、束帯天神綱敷天神影向天神渡唐天神が確認されている。 束帯天神像は文字通り、束帯を着用した菅原道真の像である。座像が多いが、立っているものも少なくない。北野天満宮において御神体とされている「根本御影」と呼ばれる画像も束帯天神像という。 通常は畳の上に座っているが、綱をトグロ状に巻いた上に座っているものを綱敷天神と呼ぶ。これは菅原道真が左遷される途中、船の上(あるいは休泊地)にて敷物がなかったため、代わりに船の綱を巻いて敷物代わりにしたという説話に基づくもので、怒りに満ちた表情をしているのが特徴である。いくつかある綱敷天神社の由来はこれによる。 また雲の上に乗った束帯天神像があり、これを影向天神という。これは鎌倉の荏柄天神社の縁起に基づく画像であり、関東に数例みられるという。 渡唐天神は中国風の装束を着た天神像である。後述の項目を参照。

彫像

画像に比べて彫像は少ない。御自作天満宮、長岡天満宮、堺菅原神社などは道真自作の天神像をご神体としているとされる。 江戸時代には土人形として伏見人形の一つとして天神人形が作られ、人気を呼び、全国に生産されるようになって普及した。

綱敷天神
渡唐天神

渡唐天神(ととう てんじん)とは禅宗における天満信仰の一種で、天神菅原道真が宋に渡り、参禅し会得したとする信仰である。唐風の装束を着て袈裟袋を下げ梅の枝を持つ菅原道真を画像として描く。これは室町時代に始まったと言われている。

伝説によると、1241年(仁治2年)、東福寺開山の円爾弁円が宋より帰国して太宰府崇福寺(現在は博多に移転)に住していたとき、夢に菅原道真が出現し、禅を学びたいと言った。そこで円爾弁円は自分の師匠である径山万寿寺の無準師範を推薦したところ、菅原道真は宋の国に渡り、無準師範に禅を学び会得し、法衣を得た。そして帰国して再び円爾弁円の前に現れて報告したという。のち、円爾弁円の弟子の鉄牛円心の前に現れて、宋にて授けられた法衣を納めるように託宣した。そのため、鉄牛円心は伝衣塔を建てて法衣を納め、一寺を建てた。これが太宰府天満宮そばの光明禅寺(かつては太宰府天満宮を構成する社寺の一つ)であるという。この伝説の初出は1394年(応永1年)の『両聖記』という。

禅宗の間で渡唐天神が信仰された要因としては、教養を重んじる五山派の禅僧が、和漢の学問に通じる菅原道真を崇敬したことや、貴族武家の信仰を集め、各地に広がっている天満信仰を利用して禅宗を広めようとしたことが考えられる。 渡唐天神像は、ほとんどは画像であるが、まれに彫像もある。腰から下げている袈裟袋は無準師範から授けられた法衣が入れられているという。現存最古の例は1417年(応永24年)の惟肖得巖賛の渡唐天神像だという[1]

光明禅寺の無準堂には渡唐天神座像が祀られている。また北野天満宮連歌所には渡唐天神が祀られていたが、現在、末社一之保神社に合祀され奇御魂神社となっている。


観音菩薩

天満宮の本地仏は十一面観音とされる(『神道集』など)。北野天満宮の神宮寺と言われる観音寺には道真自作とされる十一面観音像が本尊として祀られている。北野天満宮別当だった曼殊院には本地仏の像が現在もあるという(「京都寺社案内」)。

道真の親族

祖先神として天穂日命野見宿禰が挙げられる。天満宮には祀られていることがある。 祖父の菅原清公や父の菅原是善も祀られる。母の伴氏や妻の宣来子も祀られる。 子息では、高視、高視、兼茂、淳茂(長男から四男)が太宰府天満宮の御子社に祀られている。娘が北野天満宮に祀られている。子孫の輔正、定義、在良も北野天満宮では境内に祀られている。 靏寿尼 敦実親王・斎世親王・源英明

家臣など

  • 度会春彦:度会春彦(松木春彦)は伊勢神宮神職で、道真の太宰府左遷に随行し、最期をみとったとされ、白太夫と呼ばれる。白太夫信仰を参照。
  • 島田忠臣:島田忠臣は道真の妻の宣来子の父である。老松神社に祀られる。田達音は島田忠臣の唐名で、田口達音はその誤伝ともいう。
  • 味酒安行:味酒安行は道真の門弟で、安楽寺(太宰府天満宮)の創設者とされる。太宰府天満宮境外に安行神社がある。
  • 尊意:尊意は天台宗の僧侶。天台座主。亀戸天神社の社伝によると、道真の教学上の師匠だったという。伝説的な伝記が多い人物。太宰府天満宮境内の尊意社や亀戸天神社境内の御嶽神社に祀られている。卯の日の卯の刻に亡くなったため、卯の日が縁日とされるという。
  • 十川能福は道真の牛車の牛の世話係だったとされる。福部社に祀られている。
  • 若松章基、富部左衛門は詳細は不明だが、家臣と推測されている。

多治比文子、神良種、太郎丸、最鎮は北野天満宮創建に関わった人物。

浄妙尼


その他の神々

  • 神牛:神牛は、道真の遺骸を乗せた車を引いたことから、眷属とされる。また道真は丑年生まれとされ、亡くなったのも丑の年の丑の日とされる。
  • 飛梅:京都から大宰府まで一夜で飛んできたとされる飛梅の霊が飛梅天満宮(新日吉神宮境内社)など、いくつかの天満宮で祀られている。
  • 一夜千松:一夜千松の霊は、北野の地に天神の託宣によって一夜で生えた松の神霊。北野天満宮の一夜松社に祀られている。

以上のほか、北野天満宮の境内社には、御霊信仰において神となった人物が祀られている。

儀礼

鷽替え神事

鷽替え神事は、簡素な木彫りの鷽の人形を持って集まった大勢でお互いに交換するという行事である。全国の天満宮で行われている。俗説では凶事を嘘にして、吉事と交換するだとか、話した嘘を真実に交換するとか言われている。あるいは鷽という字が學という字に似ているからそれにあやかるともいう。その起源は明らかでないが、菅原道真が蜂の大群に襲われたときに鷽が現れて蜂を食べて救ったとか、天満宮造営の際の木材が虫食いにあっているときに鷽が現れて虫を食って退治したとかいう説話が伝わっている。

連歌

連歌(れんが)とは和歌から派生した歌の一種で、五七五の句と七七の句を即興で数人で交互に数十句続けて詠んでいく芸能である。 和歌の神とされた菅原道真は連歌の神ともされた。連歌を行う際には菅原道真の軸が掛けられ、祭祀をしてから行われたという。神仏に奉納する目的の法楽連歌も好んで行われた。そのこともあって天神講として連歌の組合が結成され、連歌所が各地の神社、特に天満宮のなかに設置された。北野天満宮はもちろん、大阪天満宮、堺菅原神社、佐田天満宮などにあったという[2]。現在は連歌所はほとんど現存しておらず、天満宮ではないが杭全神社の連歌所が代表的である[3]。天満宮を祀っていた連歌所としては、厳島神社天神社や、奈良の染田天神講連歌堂(染田春日神社内)が有名である。

美術・工芸・文芸

縁起絵巻として『北野天神縁起絵巻』がある。人形浄瑠璃や歌舞伎の演目として『菅原伝授手習鑑』が知られる。

民芸品として天神像が知られる。京都の伏見が発祥とされる。

系譜

主要天満宮

官社・府県社


名称 所在地 コメント 社格など
官幣中社 北野天満宮 京都府京都市上京区馬喰町 天満宮の総本社。 二十二社朱印地拝領神社官幣中社別表神社
官幣中社 太宰府天満宮 福岡県太宰府市太宰府4-7-1 天満宮の総本社。菅原道真の墓所の上にあるという。 朱印地拝領神社官幣中社別表神社
府社 大阪天満宮 大阪府大阪市北区天神橋2-1-8 1872年(明治5年)11月、府社列格。 府社別表神社
県社 矢奈比売神社(見付天神社) 静岡県磐田市見付1114-2 1872年(明治5年)6月、県社列格。通称「見付天神」 式内社県社
県社 三芳野神社 埼玉県川越市郭町 1873年(明治6年)1月、県社列格。列格。「とうりゃんせ」の舞台。城鎮守。 県社
県社 潮江天満宮 高知県高知市天神町19-20 1873年(明治6年)3月、県社列格。親族創建。 県社別表神社
県社 防府天満宮 山口県防府市松崎町14-1 1873年(明治6年)4月、県社列格。左遷旧跡。 県社別表神社
府社 亀戸天神社 東京都江東区亀戸3-6-1 1873年(明治6年)6月、府社列格。太宰府神職が創建。近世。 准勅祭社府社
県社 英賀神社 兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町2-70 1874年(明治7年)2月、県社列格。現在は「英賀津彦神」が主祭神? 国史見在社県社
県社 滝宮天満宮 香川県綾歌郡綾川町滝宮1321-2 1876年(明治9年)2月、県社列格。旧跡。讃岐国司官舎跡とされる。 県社
県社 於保多神社 富山県富山市於保多町1-32 1876年(明治9年)4月、県社列格。前田家創建。 県社
県社 天満神社 山形県新庄市堀端6-86 1879年(明治12年)8月、県社列格。城鎮守。「新庄まつり」が行われている。 県社
県社 東雲神社 愛媛県松山市丸之内73-1 1880年(明治13年)2月、県社列格。菅原氏後裔の松山藩主・久松松平家が祭祀。 県社
県社 菅原神社(上野天神宮三重県伊賀市上野東町2929 1880年(明治13年)7月、県社列格。城鎮守。 県社
県社 椿原天満宮 石川県金沢市天神町1-1-13 1881年(明治14年)9月、県社列格。城鎮守。金沢五社の筆頭。 県社
県社 曽根天満宮 兵庫県高砂市曽根町2286 1882年(明治15年)8月、県社列格。左遷旧跡。 県社
県社 松森天満宮 長崎県長崎市上西山町 1883年(明治16年)、県社列格。 県社
県社 江沼神社 石川県加賀市大聖寺八間道55 1883年(明治16年)6月、県社列格。菅原氏後裔の前田家が創建。 県社
府社 谷保天満宮 東京都国立市谷保5209 1885年(明治18年)11月、県社列格(のち府社)。親族創建。 府社
府社 湯島天満宮 東京都文京区湯島3-30-1 1885年(明治18年)9月、府社列格。 府社別表神社
県社 河上神社天満宮 兵庫県洲本市五色町鮎原南谷562 1894年(明治27年)6月、県社列格。左遷旧跡。 式内社県社
県社 久留米天満神社 福岡県久留米市北野町中3267 1895年(明治28年)12月、県社列格。左遷旧跡。 県社
県社 水田天満宮 福岡県筑後市大字水田56 1895年(明治28年)12月、県社列格。菅原為長が創建。太宰府荘園。 県社
県社 綱敷天満神社 愛媛県今治市桜井6-2-1 1898年(明治31年)9月、県社列格。左遷旧跡。 県社
県社 志雄菅原神社 石川県羽咋郡宝達志水町菅原 1901年(明治34年)3月、県社列格。荘園。前田利家もまつる 県社
府社 菅大臣神社 京都府京都市下京区仏光寺通新町西入菅大臣町 1901年(明治34年)3月、県社列格。邸宅跡。生誕地とも。飛梅伝説地。 府社
県社 物部天神社 埼玉県所沢市北野703 1901年(明治34年)3月、県社列格。武蔵国造物部氏。 式内社県社
府社 生身天満宮 京都府南丹市園部町美園町1号67 1919年(大正8年)12月、府社列格。旧跡。菅原道真生祠とされ、「日本最古の天満宮」を称す。 府社
県社 綱敷天満宮 福岡県築上郡築上町大字高塚794-2 1921年(大正10年)10月、県社列格。左遷旧跡。 県社
府社 長岡天満宮 京都府長岡京市天神2-15-13 1923年(大正12年)7月、府社列格。左遷旧跡。 府社
県社 加納天満宮 岐阜県岐阜市加納天神町4-1 1924年(大正13年)9月、県社列格。城鎮守。 県社
県社 菅田天神社 山梨県甲州市塩山上於曽1054 1928年(昭和3年)10月、県社列格。武田氏守護神。 県社
県社 三田天満神社 兵庫県三田市天神3-34-5 1928年(昭和3年)11月、県社列格。 県社
県社 桐生天満宮 群馬県桐生市天神町1-3-4 1928年(昭和3年)4月、県社列格。磯部明神。 県社
県社 深志神社 長野県松本市深志3-7-43 1928年(昭和3年)6月、県社列格。 県社別表神社
県社 前橋東照宮 群馬県前橋市大手町3-13-19 1929年(昭和4年)4月、県社列格。酒井氏が祭祀 県社
県社 鶴岡天満宮 山形県鶴岡市神明町3-40 1932年(昭和7年)8月、県社列格。城鎮守。 県社
県社 小松天満宮 石川県小松市天神町1 1935年(昭和10年)10月、県社列格。加賀藩前田利常が祖神をまつる 県社
県社 朝日森天満宮 栃木県佐野市天神町807 1939年(昭和14年)3月、県社列格。城鎮守。 県社
県社 清里菅原神社 新潟県上越市清里区菅原108 1943年(昭和18年)8月、県社列格。式内社。 式内社県社
県社 沼田榛名神社 群馬県沼田市榛名町2851 1928年(昭和3年)10月、県社列格。主祭神の薄根大明神が天神とされる 県社
県社 高岡関野神社 富山県高岡市末広町9-56 1879年(明治12年)11月県社。のち菅原道真を合祀か。 県社
府社 上御霊神社 京都府京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495 1881年(明治14年)6月、県社列格。 府社
府社 下御霊神社 京都府京都市上京区新烏丸通丸太町下る信富町 1881年(明治14年)6月、県社列格。 府社
  • 『神道史大辞典』府県社一覧に基づき、抽出したものである。府県社列格年は同資料に基づく。
  • このほか、『神道史大辞典』府県社一覧によると以下の府県社に菅原道真が祀られているが、いずれも主要な祭神ではないと思われるので省略する。韮山皇大神社・伊勢崎神社・泉井上神社・諾神社・鳥取長田神社・鎮国守国神社・札幌三吉神社・与賀神社・生品神社・護国八幡宮・新潟白山神社・安江八幡宮・阿陀岡神社・宇流富志弥神社・真野宮・妙義神社・岩隈八幡宮・寒田神社・根津神社・坂城神社・春日山神社・御津賀茂神社
  • 高岡関野神社は『神道史大辞典』府県社一覧には載っていないが追加したものである。

その他

寺院鎮守の天満宮

組織

参考文献

脚注

  1. 岡山県立美術館蔵。
  2. このほか住吉大社、開口神社などに連歌所があったという。天満宮が祀られていたかは未確認。
  3. やはり天満宮が祀られていたかは未確認。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80%E4%BF%A1%E4%BB%B0」より作成

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