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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

琉球王朝の国家祭祀

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年11月13日 (火)

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目次

神官の神殿

最高位

  • 聞得大君御殿:沖縄県那覇市首里汀良町。聞得大君の神殿及び宮殿。現在の首里中学校運動場周辺。

君々

聞得大君に次ぐ高級神官を「君々」「三十三君」などと呼んだ。

  • 首里殿内:大阿母志良礼の神殿。首里の南風之平等、南風原、国頭、伊江島、伊平屋島などを管轄。廃絶。
  • 真壁殿内:大阿母志良礼の神殿。首里の真和志平等、久米島、宮古、八重山などを管轄。廃絶。
  • 儀保殿内:大阿母志良礼の神殿。首里の西之平等、浦添、今帰仁、粟国、慶良間などを管轄。廃絶。
  • 三殿内:明治に首里殿内、真壁殿内、儀保殿内を移転合祀。廃絶。
  • 佐司笠
  • 首里大君:首里森を管轄。
  • 世寄君
  • ウワモリ
  • 君豊見

大阿母

地方神官

御嶽

祖先祭祀

第二尚氏

  • 宗廟:沖縄県那覇市首里当蔵町。円覚寺内。御照堂とも。
  • 王妃廟:沖縄県那覇市首里当蔵町。歴代王妃の神主が天王寺本堂に祀られたとみられる。
  • 王族廟:天界寺
  • 追尊王廟:崇元寺
  • 玉陵:沖縄県那覇市首里。
  • 山川陵:沖縄県那覇市首里山川町。
  • 天山陵:沖縄県那覇市首里。
  • 宝口陵:沖縄県那覇市首里儀保町。
  • 浦添ようどれ:沖縄県浦添市。英祖王統と第二尚氏の陵墓
  • 尚宣威王陵:沖縄県沖縄市嘉間良。
  • 伊是名玉御殿:沖縄県島尻郡伊是名村。追尊尚稷王(尚円王の父)の陵墓。伊平屋島玉御殿。
  • 宜名真御殿:沖縄県国頭郡国頭村宜名真。尚円王の霊廟。
  • 内間御殿:沖縄県中頭郡西原町嘉手苅。尚円王の霊廟。
  • 見上森御嶽:沖縄県那覇市首里。尚円王の初葬地。
  • 御臍所:沖縄県島尻郡伊是名村諸見。尚円王の祭壇。生誕地。
  • 潮平御川:沖縄県島尻郡伊是名村諸見。尚円王の産湯井戸。
  • 寝廟殿:沖縄県那覇市。首里城内。先王の神位を祀り、また国王が死去した際に霊柩を安置するところ
  • 三津武嶽:与那原町。行方不明になった聞得大君の墓という。
  • 伊江御殿墓:沖縄県那覇市首里石嶺町。王族墓所。伊江家は第4代尚清王の第七王子伊江朝義を祖とする。1687年に墓所造営。亀甲墓の初例といわれる。
  • 豊見城御殿墓:沖縄県那覇市首里石嶺町。王族墓所。
  • 読谷山御殿墓:沖縄県那覇市首里石嶺町。王族墓所。読谷山家は第13三代尚敬王の第二王子読谷山朝憲を祖とする。
  • 中城御殿:
  • 大美御殿:
  • 沖縄神社:沖縄県那覇市。

第一尚氏

中山

南山

舜天王統

英祖王統

その他


官寺

臨済宗

真言宗

浄土宗

官社

琉球八社



歴代

舜天王統

浦添グスクを拠点とした。

英祖王統

浦添グスクを拠点とした。第二尚氏時代、龍福寺に歴代国王の神主(位牌)が祀られた。

  • 1英祖王(1229-1299)<1260-1299>:禅鑑に帰依して極楽寺を創建。陵墓は浦添ようどれ。霊廟は伊祖神社
  • 2大成王(1247-1308)<1300-1308>:英祖王の王子。
  • 3英慈王(1268-1313)<1309-1313>:大成王の王子。
  • 4玉城王(1296-1336)<1314-1336>:英慈王の王子。政務を疎かににして王朝の寿命を縮めたという。陵墓はタカラグスク
  • 5西威王(1328-1349)<1337-1349>:玉城王の第一王子。久高島外間村で生まれたと伝える。

察度王統

浦添グスクを拠点とした。第二尚氏時代、龍福寺に歴代国王の神主(位牌)が祀られた。

  • 1察度王(1321-1395)<1350-1395>:即位以前の御殿跡に黄金森グスクがある。護国寺、遍照寺を創建。遍照寺には王の画像があったという。
  • 2武寧王(1356-1406)<1396-1406>:察度王の王子。

南山王統

島添大里グスクもしくは島尻大里グスクを拠点とした。

  • 承察度王(生没年不詳)<?-1380-1396-?>:南山神社祭神か。
  • 汪応祖王(?-1414)<?-1404-1414>:南山神社祭神か。
  • 他魯毎王(?-1429)<1415-1429>:南山神社祭神か。

北山王統

今帰仁グスクを拠点とした。

  • 怕尼芝王()<>:
  • ビン王()<>:
  • 攀安知王(?-1416)<1397-1416>:

第一尚氏

佐敷上グスク首里城を拠点とした。第二尚氏時代、龍福寺に歴代国王の神主(位牌)が祀られた。

  • 1尚思紹王(?-1421)<1406-1421>:月代宮祭神。陵墓は佐敷ようどれ
  • 2尚巴志王(1372-1439)<1422-1439>:尚思紹王の第一王子。武寧王を滅ぼし、父を王位に就けた。首里城に王宮を置いた。月代宮祭神。陵墓は最初は天山陵で、のち佐敷森に改葬されたという。
  • 3尚忠王(1391-1444)<1440-1444>:尚巴志王の第二王子。王子時代は今帰仁王子と呼ばれた。月代宮祭神。陵墓は最初は天山陵で、のち佐敷森に改葬されたという。
  • 4尚思達王(1408-1449)<1445-1449>:尚忠王の第一王子。月代宮祭神。陵墓は最初は天山陵で、のち佐敷森に改葬されたという。
  • 5尚金福王(1398-1453)<1450-1453>:尚巴志王の第六王子。尚忠王の弟。月代宮祭神。陵墓は最初天山陵で、城間(浦添市)に改葬。那覇市仲井真に尚金福王陵遥拝所がある。
  • 6尚泰久王(1415-1460)<1454-1460>:尚巴志王の王子。尚忠王、尚金福王の弟。王位継承争いに勝利。臨済僧芥隠承琥を迎えて広厳寺や普門寺などを創建。月代宮祭神。陵墓は最初は天山陵で、のち伊波(うるま市石川)を経て玉城富里に改葬された。
  • 7尚徳王(1441-1469)<1461-1469>:尚泰久王の王子。喜界島に親征。天界寺に大宝殿を建立。月代宮祭神。陵墓は最初は天山陵で、のち識名に改葬。喜界島にも尚徳王陵_喜界島伝承地がある。

第二尚氏

  • 追尊尚稷王()<>:尚円王の父。陵墓は伊是名玉御殿
  • 1尚円王(1415-1476)<1470-1476>:伊是名島出身。琉球・天王寺琉球・龍福寺崇元寺を創建。生誕地の伊是名村諸見の御臍所と産湯の潮平御川は聖地となっている。陵墓は初葬地が見上森御嶽で、のち玉陵に改葬された。霊廟として国頭村宜名真の宜名真御殿、西原町嘉手苅の内間御殿がある。いずれも即位前に住んだ御殿跡。
  • 2尚宣威王(1430-1477)<1476-1477>:尚円王の弟。即位翌年に越来に引退。まもなく死去。陵墓は越来にある。
  • 3尚真王(1465-1526)<1477-1526>:尚円王の第一王子。八重山、与那国島を征服。中央集権体制を固めた。琉球・安国寺に大蔵経を奉納。玉陵を造営。
  • 4尚清王(1497-1555)<1527-1555>:尚真王の第五王子。奄美反乱を鎮圧。『おもろそうし』を編纂。陵墓は玉陵。
  • 5尚元王(1528-1572)<1556-1572>:尚清王の第二王子。継承争いに勝ち即位。奄美に親征して服属しない領主を滅ぼし、新しい領主を立てた。陵墓は玉陵。
  • 6尚永王(1559-1588)<1573-1588>:尚元王の第二王子。「守礼之邦」額を門に掲げた。阿応理屋恵王子。陵墓は玉陵。
  • 追尊尚懿王()<即位せず>:尚寧王の父。浦添朝喬の子。
  • 7尚寧王(1564-1620)<1589-1620>:尚真王の王玄孫。1609年、侵略してきた鹿児島藩島津家に服属する。翌年、将軍徳川秀忠に謁見。陵墓は浦添ようどれ
  • 追尊尚久王(1560-1620)<即位せず>:尚元王の第三王子。尚永王の弟。尚豊王の父。
  • 8尚豊王(1590-1640)<1621-1640>:尚元王の王孫。国王の称号を剥奪され、国司と名乗る。陵墓は玉陵。
  • 9尚賢王(1625-1647)<1641-1647>:尚豊王の第三王子。鹿児島で育つ。中国の王朝交代の混乱期で、明の冊封を受けられなかった。陵墓は玉陵。
  • 10尚質王(1629-1668)<1648-1668>:尚豊王の第四王子。尚賢王の弟。王族の向象賢を登用。『中山世鑑』を編纂。陵墓は玉陵。
  • 11尚貞王(1645-1709)<1669-1709>:尚質王の第一王子。『中山世譜』を編纂。陵墓は玉陵。
  • 追尊尚純王(1660-1706)<即位せず>:尚貞王の王子。即位前に死去。のち王位が贈られた。
  • 12尚益王(1678-1712)<1710-1712>:尚貞王の王孫。陵墓は玉陵。
  • 13尚敬王(1700-1751)<1713-1751>:尚益王の第一王子。蔡温を登用し、改革を実施。琉球国司をやめ、再び琉球国王を名乗る。陵墓は玉陵。
  • 14尚穆王(1739-1794)<1752-1794>:尚敬王の第一王子。首里城を整備。陵墓は玉陵。
  • 追尊尚哲王(1759-1788)<即位せず>:尚穆王の第一王子。即位前に死去。
  • 15尚温王(1784-1802)<1795-1802>:尚穆王の王孫。追尊尚哲王の第一王子。国学を設置するなど、教育制度を整備した。中国留学制度を改革して久米村の独占を解いた。陵墓は玉陵。
  • 16尚成王(1800-1803)<1802-1803>:尚温王の第一王子。3歳で即位し、翌年崩御。陵墓は玉陵。
  • 17尚灝王(1787-1834)<1804-1834>:尚穆王の王孫。追尊尚哲王の第二王子。オランダ、イギリスの艦船が来航。陵墓は玉陵。
  • 18尚育王(1813-1847)<1835-1847>:尚灝王の第一王子。イギリス、フランスの艦船が来航。ベッテルハイムが布教。陵墓は玉陵。
  • 19尚泰王(1843-1901)<1848-1879>:尚育王の第二王子。最後の国王。1872年、琉球藩王。華族。東京移住。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%AD%E7%A5%80」より作成

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