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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

行基旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月1日 (月)

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行基(ぎょうき)(668-749)は、奈良時代の僧侶聖武天皇良弁菩提僊那と共に東大寺四聖の一人。法相宗僧侶。渡来系の高志氏。和泉国出身。道昭義淵に学んだと言われる。諸国を巡り、寺を建て、架橋や築堤を行い、民衆を教化したという。伝説的な事蹟が多い。東大寺大仏の造立の勧進職を務め、日本初の大僧正となった。後世には文殊菩薩の化身として、また観音菩薩の化身として信仰された。薬師寺5代とされる。通称は行基菩薩

各地の温泉の開基と伝わり、東大寺龍松院を本所とする三昧聖の祖ともされた。

目次

略歴

信仰

  • 文殊菩薩の化身とする説は『日本霊異記』を初出とする。
  • 国分寺の開山とされることも少なくない。
  • 坂東三十三所観音霊場秩父三十四所観音霊場では各寺院を開いた観音菩薩の化身の僧侶の一人として縁起にしばしば登場する。
  • 四国八十八所霊場の寺院でも行基を開山として伝える寺が多い。
  • 関東地方では、社会事業など庶民と交流した伝承は少なく、霊仏の作者とする伝承が多い。
  • 三昧聖の祖とされた。奈良県を中心に、複数の集落による古い共同墓地(総墓)に行基千年忌の記念碑がある。
  • 行基焼:東海地方を中心にみつかる素朴な須恵器
  • 行基葺:元興寺極楽坊にのみ伝わる素朴な瓦の葺き方。ただし行基より古い。
  • 行基図:最古の日本地図を作ったのが行基だとされ、行基図と呼ばれる。
  • 東大寺大仏建立祈願のために伊勢神宮を参拝したとされ、神仏習合の創始者とされることもある。
  • 「いろは歌」を始めたという伝説もある。
  • 時宗寺院も割とあるか?

行基奉斎堂一覧

  • 東大寺行基堂:奈良県奈良市。近世初期の建築と推定され、旧俊乗堂を再利用したと伝える。像は1728年(享保13年)制作の竹林寺像(現唐招提寺蔵)の模刻。仏師賢慶と即念が制作。寄木造。玉眼。彩色。賢慶は大仏殿脇侍を彫ったことで知られる。
  • 家原寺開山堂:大阪府堺市西区。行基、空海叡尊を祀る。建築年代は不詳。
  • 家原寺御影堂:大阪府堺市西区。行基誕生塚にある。絵像を祀る。
  • 久米田寺開山堂:大阪府岸和田市。1822年(文政5年)の再建と伝える。坐像があると思われる。
  • 喜光寺行基堂:没地。奈良県奈良市。2014年(平成26)6月2日建立。像は1999年(平成11年)制作の旧竹林寺像(現唐招提寺蔵)の複製。
  • 昆陽寺行基堂:兵庫県伊丹市。元禄年間の再建と伝える。阪神淡路大震災で被災し、1998年(平成10年)に修復。坐像は行基自作と伝える。
  • 水間寺行基堂:大阪府貝塚市。江戸時代(17世紀中期)の建築。天正年間以前の建築を改築した可能性もある。水間寺で最古の建造物。像は江戸時代前期の制作とみられる。市指定文化財。
  • 高倉寺御影堂:大阪府堺市南区。空海、行基を祀る。 堺市指定有形文化財。 1766年(明和3年)再建。


  • 土佐国分寺開山堂:高知県南国市。再建不詳だが1849年(嘉永2年)改築。1923年(大正12年)、現在地に移設。
  • 行基寺行基堂:岐阜県海津市。行基寺は美濃高須藩主松平家の菩提寺。『新撰美濃志』に行基堂の記述がある。行基坐像があると思われる。
  • 随願寺開山堂:兵庫県姫路市。像は市文化財。
  • 長慶寺開山堂:大阪府泉南市。多宝塔の形式を取る。1918年(大正7年)頃建立。
  • 医王寺大師堂:静岡県磐田市。行基、空海、覚鑁を祀る。
  • 大慈寺開山堂:栃木県下都賀郡岩舟町。小堂。
  • 西芳寺開山堂:京都府京都市西京区。行基、真如法親王夢窓疎石、藤原親秀夫妻を祀る。
  • 久安寺御影堂:大阪府池田市。行基、空海、賢実を祀る。
  • 万勝院開山堂:兵庫県赤穂郡上郡町大冨。行基を祀る。
  • 教安寺行基堂:奈良県磯城郡田原本町。浄土宗。
  • 竹林寺船岡堂:高知県高知市。
  • 安楽寺行基堂:奈良県橿原市葛本。浄土宗。行基坐像

この他、坐像が唐招提寺(旧竹林寺像、重文)、西大寺(旧喜光寺像、重文)、薬師寺(宝暦3年)、璉珹寺(本堂?)、大和・霊山寺、大阪西方寺、和泉・華林寺(本堂?)、大阪妙楽寺、加茂西光寺(本堂?)、丹波国分寺、己高閣(旧鶏足寺像)、彦根長楽寺、猪名寺摂津・温泉寺鶴林寺(1534年(天文3年)造立。加古川市指定文化財、勧進帳も合わせて現存)、八鹿浅間寺、紀伊・護国寺周防国分寺和銅寺越中国分寺加賀医王寺、相模景観寺、神武寺、足利最勝寺(毘沙門堂、足利市指定文化財)、橋本院大和・竹林寺(旧竹林寺像の複製)、堺市博物館(同)にあり、立像が丹後本願寺、金剛輪寺、明石長楽寺、小栗山木喰観音堂(木喰仏)にある。(『行基伝承を歩く』など参照)

絵像

  • 行基菩薩像:唐招提寺蔵。竹林寺旧蔵。1271年(文永8年)成立。幸守筆。面部が失われている。南都仏画の特色を示すが、中国風の取り入れている。牀座に坐し、三曲屏風を背景とする。
  • 行基菩薩像:堺市博物館蔵。鎌倉時代末~南北朝時代。持物が通常と左右逆。唐招提寺本系統。牀座に坐し、三曲屏風を背景とする。
  • 行基菩薩像:喜光寺伝来の古本。不詳。
  • 行基菩薩像:堺市博物館蔵。室町時代。唐招提寺系統とは異なり、喜光寺伝来の古本に通じる。畳座に坐す。
  • 行基菩薩像:枚方釈尊寺蔵。喜光寺本系統。室町時代。裏書きの写しから1435年(永享7年)に開眼されたとみられる。
  • 行基菩薩像:和歌山総持寺蔵。南北朝時代から室町時代初期。律宗祖師の姿を取り、西大寺系統の伝来とみられる。
  • 行基菩薩像:池田市釈迦院蔵。室町時代。椅子の上の坐す。正面には香炉などを置く。
  • 行基菩薩像:廣岡コレクション記念財団蔵。室町時代。釈迦院本と同系統。
  • 行基菩薩像:兵庫県立歴史博物館蔵。摂津温泉寺旧蔵。江戸時代。厳しい表情を見せる禅画。
  • 行基菩薩像:堺市光明院蔵。1762年(宝暦12年)成立。神鳳寺旧蔵。添足斎筆。椅子の上に坐し、独鈷杵を持つ。
  • 法起菩薩曼陀羅図:宝積院蔵。市指定文化財。諸尊の一つとして行基を描く。法起菩薩は聖徳太子に、倶利伽羅龍王は行基に、こんがら童子は役小角に対応する。清賢筆。室町時代。「修験道の礼拝対象として行基像が描かれた珍しい例」とされる。

東大寺四聖像

  • 四聖御影:建長本。1256年(康元1年)8月に聖守の発願で制作。聖武天皇500回忌にあたり1257年(正嘉1年)から東大寺で四聖講が始められた。傷みが激しく、後補もあり、元来の図様を確認しにくい。
  • 四聖御影:永和本。東大寺蔵。重要文化財。建長本の模本。観盛筆。1377年(永和3年)成立。眉間寺旧蔵。
  • 四聖御影:明治本。東大寺蔵。

旧跡一覧

生誕地

  • 行基誕生塚:家原寺にある。
  • 家原寺:行基の生誕地。大阪府堺市西区にある真言宗寺院。行基建立四十九院の一つ。現在は高野山真言宗。
  • 般若院:生誕地の伝承地。静岡県浜松市北区引佐町四方浄にある真言宗寺院。

墓所など

  • 没地:喜光寺
  • 行基火葬塚:奈良県生駒市の大和・往生院にある。
  • 行基墓:奈良県生駒市の大和・竹林寺にある。
  • 行基墓伝承地:岐阜県海津市の行基寺にある。
  • 行基供養塔:大和・金勝寺
  • 行基塚:岐阜県羽島市。
  • 行基供養塔:現・下野国分寺にある。三つの五輪塔があり、聖武天皇、光明皇后、行基を祀るという。市文化財。
  • 久米田寺塔
  • 矢田塔1
  • 矢田塔2
  • 各地にある

大和

  • 高宮寺:行基が受戒した寺院(行基菩薩伝)。
  • 法興寺:青年時代に修行したか。
  • 薬師寺:晩年に籍を置いたか。
  • 竹林寺行基墓。奈良県生駒市にある南都仏教寺院。生駒山
  • 往生院:行基の火葬塚。奈良県生駒市にある行基ゆかりの南都仏教寺院。
  • 霊山寺:奈良県奈良市。
  • 長岡院:奈良県奈良市。廃絶。
  • 戒那寺葛城山系の大和葛城山にあった寺院。廃絶。戒那千坊という多数の子院があったという。
  • 高天寺:葛城山系の金剛山東麓にあった寺院。廃絶。

和泉

河内

その他

東大寺建立関連

伊勢神宮参拝伝承

神社関係

社会事業

  • 九布施屋:
    • 大江布施屋:山城国乙訓郡大江里。京都市西京区大枝。単独で設置。
    • 泉寺布施屋:山城国相楽郡高麗里。
    • 崑陽布施屋:摂津国河辺郡崑陽里。
    • 垂水布施屋:摂津国豊島郡垂水里。大阪府吹田市垂水。単独で設置。
    • 度布施屋:摂津国西成郡津守里。
    • 楠葉布施屋:河内国交野郡楠葉里。
    • 石原布施屋:河内国丹比郡石原里。のち八上郡。堺市東区石原町。単独で設置。
    • 大鳥布施屋:和泉国大鳥郡大鳥里。
    • 野中布施屋:和泉国大鳥郡土師里。
  • 五泊:
    • 河尻泊:
    • 大輪田泊:
    • 魚住泊:
    • 韓泊:
    • 室泊:
  • 十五池:狭山池、土室池、長土池、薦江池、檜尾池、茨城池、鶴田池、久米多池、物部田池、崑陽上池、崑陽下池、院前池、中布施屋池、長江池、有部池。
  • 六橋:泉大橋、山崎橋、高瀬大橋、長柄橋、中河橋、堀江橋
  • 船息
    • 大輪田船息
    • 神前船息
  • 六溝:古林溝、崑陽上溝、昆陽下溝、長江池溝、物部田池溝、久米田池溝
  • 三樋:高瀬堤樋、韓室堤樋、茨田堤樋
  • 四堀:比売島堀川、白鷺島堀川、次田堀川、大庭堀川

文殊信仰

薬師信仰

  • 肥前川副七薬師
    • 東光寺:佐賀県佐賀市諸富町徳富。臨済宗妙心寺派。
    • 長福寺:佐賀県佐賀市諸富町寺井津。
    • 法源寺:佐賀県佐賀市川副町福富。浄土宗。
    • 東光寺:佐賀県佐賀市川副町福富。臨済宗東福寺派。
    • 正定寺:佐賀県佐賀市川副町南里。浄土宗。
    • 本願寺:佐賀県佐賀市新郷本町。曹洞宗。
    • 寒若寺:佐賀県佐賀市本庄町袋。曹洞宗。
    • 安龍寺:佐賀県佐賀市諸富町為重。真言宗御室派。

観音信仰

  • 坂東三十三所観音霊場
  • 秩父三十四所観音霊場
  • 総持寺:神奈川県横浜市鶴見区。曹洞宗。前身の諸岳寺は行基が創建という。
  • 宝厳寺:滋賀県長浜市。竹生島
  • 行基建立肥前七観音:
    • 和銅寺:長崎県諫早市高来町法川。曹洞宗。
    • 観音寺・田結観音:長崎県諫早市飯盛町里。曹洞宗
    • 清岩寺・福石観音:長崎県佐世保市福石町。真言宗智山派。
    • 観音寺・御崎観音:長崎県長崎市脇岬町。曹洞宗
    • 堂崎観音:長崎県南島原市有家町石田。真言宗御室派。
    • 観音寺・竹崎観音:佐賀県藤津郡太良町大浦。真言宗御室派。
    • 雲厳寺・岩戸観音:熊本県熊本市西区松尾町平山。曹洞宗。
  • 駿河七観音
    • 法明寺:静岡県静岡市。曹洞宗。
    • 増善寺:静岡県静岡市。曹洞宗。
    • 建穂寺:静岡県静岡市。真言宗醍醐派。
    • 徳願寺:静岡県静岡市。曹洞宗。
    • 久能寺:静岡県静岡市。臨済宗妙心寺派。
    • 霊山寺:静岡県静岡市。高野山真言宗。雨請観音。
    • 平沢寺:静岡県静岡市。臨済宗妙心寺派。平沢観音。

霊山伝承

温泉開創伝承

  • 有馬温泉:兵庫県神戸市北区。摂津・温泉寺。臨済宗。湯泉神社がある。
  • 雲仙岳:長崎県雲仙市。肥前・温泉神社四面宮信仰の総本社。山中に行基洞がある。
  • 伊香保温泉:
  • 大湯温泉:
  • 木津温泉:
  • 草津温泉:群馬県吾妻郡草津町。温泉は行基開創だが、光泉寺は行基開創ではない。
  • 作並温泉:
  • 塩江温泉:
  • 東山温泉:福島県会津若松市。
  • 山代温泉:石川県加賀市。
  • 山中温泉:石川県加賀市山中温泉。加賀・医王寺
  • 吉奈温泉:静岡県伊豆市。善明寺
  • 別所温泉:長野県上田市。信濃・安楽寺
  • 蓮台寺温泉:静岡県下田市。伊豆・蓮台寺

三昧聖関連

国分寺

関連人物

親族

  • 高志才知:父
  • 蜂田古爾比売:母

師匠

弟子

  • 志阿弥(生没年不詳):伝説上の弟子。三昧聖の祖とされる。
  • 光信():行基が喜光寺で亡くなる時、後事を託された。
  • 勝虞(732-811):行基の弟子という。勝悟。
  • 信厳():『日本霊異記』。
  • 澄光():『峰相記』。飯出寺の開山。
  • 離念():『峰相記』。性海寺・近江寺の開山。
  • 景静():火葬した遺骨を拾って舎利瓶に収めた。
  • 信阿():
  • 真成():『大僧上舎利瓶記』を記す。

崇敬人物

  • 聖武天皇(701-756)<在位724-749>:
  • 最澄(767-822):最澄は『顕戒論』で大乗仏教に沿った寺として行基の四十九院を挙げる。
  • 道昌(798-875):空海の弟子。堤防を修築して行基の再来と呼ばれた。山城・法輪寺の開山。
  • 仁範():行基の化身と言われた。粉河寺に大卒塔婆を建てた。
  • 重源(1121-1206):
  • 源頼朝(1147-1199):東大寺大仏再建への協力を通じて行基に関心を持ち、関東地方の伝承の成立を促したという見方がある。
  • 叡尊(1201-1290):真言律宗西大寺流の開祖。興正菩薩。
  • 忍性(1217-1303):真言律宗西大寺流の僧侶。叡尊の弟子。東大寺大勧進14代。四天王寺別当65世。忍性菩薩。
  • 慶恩():
  • 寂滅():
  • 円照(1221-1277):
  • 凝然(1240-1321):
  • 円空(1632-1695):
  • 公慶(1648-1705):

資料

古典籍

  • 「大野寺土塔文字瓦」:
  • 「山崎院文字瓦」
  • 『天平十三年辛巳記』:『行基年譜』に引用される史料。741年(天平13年)に喜光寺が朝廷に提出した行基の履歴書。『天平十三年記』。
  • 『行基墓誌』:行基の骨蔵器に記された銘文。749年(天平感宝1年/天平勝宝1年)3月23日成立。真成著。1235年(嘉禎1年)8月25日に行基墓の発掘された時に発見され、書写された。室町時代に装飾紙に書写されたものが唐招提寺に現存。この唐招提寺本によって全文を知ることができる。現物は断片のみが奈良国立博物館に現存(国重要美術品)。『大僧正舎利瓶記』『大僧上舎利瓶記』とも。
  • 『大僧正記』:成立不詳。死後間も無くとの見方がある。弟子の名が列記される。
  • 『続日本紀』卒伝:797年(延暦16年)成立。749年(天平感宝1年/天平勝宝1年)2月2日条に死去の記事と共に伝記が掲載されている。80歳とする享年は誤りとされる。
  • 『日本霊異記』:景戒著。787年(延暦6年)に原型ができ、822年(弘仁13年)に現在に伝わる形ができたとみられる。行基に関する伝説的な逸話も少なくない。上巻5話、中巻2話・7話・8話・12話・29話・30話。
  • 『顕戒論』:820年(弘仁11年)成立。最澄作。行基の建てた四十九院を大乗仏教の寺院だと評価。
  • 『三宝絵詞』:源為憲編。984年(永観2年)成立。本来は絵があったが、文章部分のみ伝わる。中巻4話に行基の話。
  • 『日本往生極楽記』:慶滋保胤著。987年(永延1年)頃成立。
  • 『本朝法華験記』:1043年(長久4年)頃成立。鎮源著。
  • 『扶桑略記』:皇円著。1094年(嘉保1年)以後の成立。仏教関係を中心とした史書で、行基の記述もある。『国史大系』に所収。
  • 『行基菩薩伝』:著者不詳。行基の死後に来日したはずの菩提僊那と会ったとする記述が特徴。同系統の書が『行基年譜』の典拠の一つだと推定されており、そのため1175年(安元1年)以前の成立とみられる。1255年(建長7年)に書写した東寺観智院本が伝わる。『続群書類従』に収録。
  • 『行基年譜』:1175年(安元1年)9月10日成立。泉高父著。1214年(建保2年)に書写された彰考館本が唯一無二の写本だったが、東京大空襲で焼失。それを1885年(明治18年)に東京大学史料編纂所が写したものが現存。『続々群書類従』に収録されるが誤読が多い。偽書とされることもあるが、土塔出土の文字瓦の記述と年代が一致する点などから信頼できるとも言われる。『安元記録』とも。
  • 『重源狭山池改修記念碑』:1202年(建仁2年)成立。1993年(平成5年)に狭山池の工事中に発見。
  • 『生駒山竹林寺縁記』:寂滅著。1235年(嘉禎1年)9月。『生駒山竹林寺縁起』とも。『大日本仏教全書』収録[1]。『行基事典』に読み下し文収録。
  • 『大和国生馬山有里村行基菩薩御遺骨出現事』:『続群書類従』収録。
  • 『行基菩薩御遺骨出現記』:天理図書館蔵。
  • 『新勅撰和歌集』:1235年(嘉禎1年)の成立。藤原定家編。9番目の勅撰和歌集。行基の辞世の歌という「のりの月ひさしくもがなとおもへどもさ夜ふけにけりひかりかくしつ」の歌を収録。
  • 『行基菩薩舎利供養事』:1259年(正元1年)3月16日、東大寺大仏殿で行基の舎利供養を行った時の記録。『大日本仏教全書』収録[2]
  • 『行基菩薩骨舎利供養事』:1261年(弘長1年)4月2日、東大寺大仏殿で行基の舎利供養を行った時の記録。『大日本仏教全書』収録[3]
  • 『阿娑縛三国明匠略記』:1275年(建治1年)成立。良含著。高僧の伝記など。『明匠略記』とも。『続群書類従』収録。
  • 『通海参詣記』:1287年(弘安10年)頃の成立。通海著。行基の伊勢神宮参詣を記す。『大神宮参詣記』とも。
  • 『行基菩薩講式』:作者不明。1235年(嘉禎1年)から1301年(正安3年)の間の成立。行基を顕彰する和歌伽陀
  • 『竹林寺略録』:凝然著。1305年(嘉元3年)閏12月24日。『大日本仏教全書』収録[4]
  • 『清涼山歓喜光律寺略縁記』:『清涼山歓喜光律寺略縁起』とも。『大日本仏教全書』収録[5]
  • 『玉葉和歌集』:1313年(正和2年)成立。京極為兼編。14番目の勅撰和歌集。行基作という「山どりのほろほろとなくこゑきけばちちかとぞおもふ母かとぞおもふ」の歌を収録。
  • 『行基大菩薩行状記』:室町時代の成立。『続群書類従』収録。
  • 『菅原寺本記』:書名のみ伝わる。『行基菩薩縁起図絵詞』の典拠に使われている。
  • 『行基菩薩縁起図絵詞』:1316年(正和5年)成立。家原寺の行覚が作成。原本は失われたが1479年(文明11年)に書写した高野山正智院本が現存。『行基事典』に翻刻解説。
  • 『行基菩薩伝絵巻』:高倉寺宝積院蔵。
  • 『狭山池修復記』:1608年(慶長13年)成立。秀雅作。
  • 『行基式目』:江戸時代の書。1622年(元和8年)成立。良定著。
  • 『行基菩薩草創記』:1734年(享保19年)成立。三昧聖が記した。
  • 「行基菩薩和讃」:
  • 「優婆塞貢進解」:正倉院文書。740年(天平12年)~745年(天平17年)の文書と推定される。「師主薬師之寺師位僧行基」とある。行基が丹比連大蔵という人物を僧侶に推薦した文書。年記は欠。743年(天平15年)頃か。
  • 『僧綱補任』:745年(天平17年)の項に「大僧正行基」「法相宗薬師寺」などとある。興福寺本は重要文化財で、624年(推古32年)から1142年(康治1年)までを収録する六巻本。
  • 「久安寺縁起版木」:市文化財。久安寺蔵。
  • 『大和葛城宝山記』:行基に仮託された葛城山の縁起。日本大蔵経[6]


  • 『弘法大師遺告』:
  • 『菅原寺起文遺戒状』:喜光寺で残した遺言状という。行基の著作に擬す。『大日本仏教全書』収録[7]
  • 『行基菩薩起文遺戒状』:唐招提寺蔵。上記と同じか?
  • 『隆池院縁起』:久米田寺の縁起。行基の著作に擬す。738年(天平10年)成立を主張する。室町時代の成立とみられる。久米田寺蔵。『大日本仏教全書』収録[8]
  • 『久米多寺領流記坪付帳』:平安時代。
  • 『隆池院流記坪付帳』:
  • 『国府記』:行基の著作に擬す。書名のみ伝わる。
  • 「昆陽寺鐘銘」:
  • 『瑜伽師地論(錬信本)』:奥書によると730年(天平2年)9月に和泉監大鳥郡の錬信が709人の支援を受けて書写した百巻のうちの巻第26。天理図書館蔵。
  • 『行基菩薩千年忌記録』:東大寺蔵。1747年(延享4年)成立。
  • 『行基菩薩千百年忌並舎利供養式』:東大寺蔵。年代不明。

絵巻類

  • 『三宝絵』:現存せず。
  • 『行基菩薩縁起図』:1316年(正和5年)成立。『絵詞』に基づいて制作した三幅の絵軸。家原寺蔵。国指定重要文化財。『行基菩薩絵伝絵巻』『行基菩薩行状絵伝』『行基絵伝』とも。堺市博物館に複製がある。
  • 『行基菩薩行状絵巻』:昆陽寺。1675年(延宝3年)。全5巻。「行基大菩薩行状記」を元とした内容。
  • 『大寺縁起』:開口神社蔵。重要文化財。1690年(元禄3年)。土佐光起筆。上中下巻。行基のことは中巻下巻に描かれる。また空也の前に行基が現れたという逸話も載せる。下絵も現存(堺市博物館蔵)。
  • 『当山開基行基僧正絵伝』:池田市浄土宗寿命寺蔵。江戸時代。上下巻。「行基大菩薩行状記」を元とした内容。東大寺を寿命寺に置き換えてある。
  • 西大寺本:『当山開基行基僧正絵伝』と同系統。
  • 『行基菩薩伝絵巻』:堺市宝積院。江戸時代。「行基大菩薩行状記」を元とした内容。
  • 『霊山寺縁起絵巻』:奈良霊山寺。江戸時代。上下巻。19段。雲石堂寂本筆。


  • 『天地院縁起絵』:シカゴ美術館蔵。複製が東大寺蔵。
  • 『伝温泉寺縁起』:京都国立博物館蔵。室町時代。一幅。下から上に6段に描く。
  • 『有馬温泉寺縁起』:内藤喜昌筆。江戸時代。兵庫県立歴史博物館蔵[9]
  • 『八幡縁起』:東京国立博物館蔵。南北朝時代。1巻。誉田八幡宮の縁起。役小角が八幡宮に参籠して入唐する逸話と、行基が八幡宮に参籠し瑞夢を得て四十九院建立を果たした逸話を載せる。誉田八幡宮蔵『誉田宗廟縁起』にも同じ場面があるという。
  • 『元興寺極楽坊図絵縁起』:江戸時代。元興寺。『日本霊異記』にある智光が行基を難じて地獄に落ちた話を絵画化した。行基が橋を建設している場面を描くのは珍しい。
  • 『長谷寺縁起』:堺市長谷寺蔵。大阪府指定文化財。室町時代。大和長谷寺の縁起。
  • 『泉州堺長谷寺縁起』:堺市長谷寺蔵。江戸時代。全2巻。堺の長谷寺の縁起。堺の町も描く。
  • 『久安寺縁起(真名縁起)』:1687年(貞享4年)。市文化財。
  • 『久安寺縁起(仮名縁起)』:1712年(正徳2年)。真名縁起をひらがなにしたもの。市文化財。
  • 『山中温泉縁起絵巻』:
  • 『志度寺縁起絵』:
  • 『竹林寺縁起絵巻』:室町時代。[10]
  • 『行基菩薩絵伝』:薬師寺蔵。鎌倉~室町時代。
  • 『大仏縁起絵巻』:東大寺蔵。重要文化財。
  • 『東大寺縁起』:掛軸状の絵。東大寺蔵。

絵図

奉斎・礼拝対象としての絵像は別項

  • 『先徳図像』:重要文化財。東京国立博物館蔵。真言系の高僧の絵像を載せる中、龍猛から宗叡に続き、行賢の次、聖徳太子の前に行基を掲載する。平安時代末から鎌倉時代初頭頃に玄証が勧修寺本を書写したもの。「行基大僧正」とある。
  • 『高僧像』:平安時代の成立で1163年(長寛1年)の写本。重要文化財。仁和寺蔵。天台系祖師36人の絵像を載せる中、鑑真の次、行表の前に行基を載せる。「行基菩薩」とある。
  • 『釈教三十六歌仙絵巻』:東京国立博物館蔵[11]
  • 『行基菩薩草創記』:江戸時代の刊本。絵像も載せる。

行基図

日本地図の最初の製作者を行基に仮託する説。行基が諸国を巡行して制作したという。諸国を団子状に書き連ねるのが特徴。行基作と記すことが多いが、作者名がなくても行基図と呼ばれる。中世から江戸時代初期まで使われた。

  • 「輿地図」:805年(延暦24年)作成で、賀茂御祖神社に伝わっていたというが不詳。江戸時代の模本がある。
  • 「日本図」:1305年(嘉元3年)12月成立。現存最古の日本地図。仁和寺蔵。重要文化財。「行基菩薩御作」と記されている。「仁和寺心蓮院」の印がある。中国地方から西側が欠けている。
  • 「大日本国図」:洞院公賢編『拾芥抄』(14世紀前半成立)所収。
  • 「日本扶桑国之図」:広島県立歴史博物館寄託。
  • 「南瞻部洲大日本国正統図」:16世紀半ば成立。唐招提寺蔵。重要文化財。
  • 「日本図:国宝?称名寺蔵。鎌倉時代。

文献資料

概説

  • 殿水清円1916『行基菩薩―仏教伝説叢書第8巻』西村護法館
  • 井上薫1959『行基―吉川弘文館人物叢書』吉川弘文館:1987年に新装版
  • 平岡定海・中井真孝1983『行基・鑑真―日本名僧論集1』吉川弘文館
    • 川崎庸之「行基とその時代―奈良仏教の成立と崩壊」
    • 高取正男「日本におけるメシア運動」
    • 北山茂夫「行基論」
    • 野村忠夫「行基」
    • 栄原永遠男「行基と三世一身法」
    • 細川公正「行基の伝道と社会事業―行基の仏教と社会事業」
    • 井上薫「行基の布施屋と貢調運脚夫」
    • 井上光貞「行基年譜、特に天平十三年記の研究」
    • 二葉憲香「古代における宗教的実践―行基と空也」
    • 米田雄介「行基と古代仏教政策―とくに勧農との関連から」
  • 井上薫編1997『行基事典』国書刊行会
    • 「総論―行基の生涯」
    • 「都の夢と苦悩する民衆」
    • 「得度と受戒」
    • 「弾圧される「菩薩」」
    • 「古代仏教思想と僧尼」
    • 「法相宗の教義と歴史」
    • 「行基の信仰・思想の背景と所依の経典」
    • 「宮都での活動と足跡」
    • 「行基における境界性」
    • 「池溝開発と布施屋」
    • 「行基年譜」
    • 「行基墓誌―その翻刻と解説」
    • 「行基菩薩行状絵伝」
    • 「行基信仰の成立と展開」
    • 「行基を慕った近世畿内の三昧聖たち」
    • 「『日本霊異記』の構想と行基像の変容」
  • 吉田靖雄1987『行基と律令国家―古代史研究選書』吉川弘文館
  • 吉田靖雄2013『行基―文殊師利菩薩の反化なり―ミネルヴァ日本評伝選』ミネルヴァ書房
  • 吉田靖雄2016『古代を創った人びと 行基』奈良県地域振興部文化資源活用課[12]
  • 中井真孝1991『行基と古代仏教』永田文昌堂
  • 千田稔1994『天平の僧行基―異能僧をめぐる土地と人々』中公新書中央公論社
  • 1998『行基菩薩―千二百五十年御遠忌記念誌』行基菩薩ゆかりの寺院
  • 1999『大法輪』平成11年1月号
  • 2004『週刊朝日百科―仏教を歩く17―行基と「東大寺」』朝日新聞社:2013年に改訂版。
  • 速水侑編2004『行基―民衆の導者―日本の名僧2』吉川弘文館

未分類

  • 新川登亀男2006「『行基年譜』の撰者考」速水侑編『奈良・平安仏教の展開』吉川弘文館
  • 宮城洋一郎1994「『行基年譜』の成立について」『印度學佛教學研究』43-1[13]
  • 宮城洋一郎1977「猪名川中流域における行基の仏教運動」『仏教史研究』10
  • 宮城洋一郎1983「最近の行基研究について」『仏教史研究』17
  • 梅原猛・長谷川公茂対談2005「円空という"謎"―泰澄・白山信仰、行基仏」『別冊太陽―日本のこころ』134
  • 小川善三郎1961「行基寺行」名古屋郷土文化会編『郷土文化』66
  • 寺内大吉1995「行基 民衆に慕われた慈悲のひじり」『歴史と旅』340
  • 伊藤悠司1995「義淵 玄昉、行基ら俊才を育てる」『歴史と旅』340
  • 北條勝貴1994「第一次行基集団に対する弾圧の意味―主に関係法令の分析から」『紀尾井史学』14[14]
  • 北條勝貴1994「第一次行基集団の生成と構造上の特質(上・下)」『研究と資料―日本古代・中世史』12・13
  • 北條勝貴1997「『日本霊異記』と行基―<描かれた行基>の意味と機能」『研究と資料―日本古代・中世史』15
  • 『堺行基の会会報 復刻版』
  • 堀池春峰1959「行基菩薩縁起絵詞」『日本仏教』5


家系・出自

国家仏教との関係

  • 二葉憲香1962「行基の実践を通じてみた反律令仏教の成立」『古代仏教思想史研究―日本古代における律令仏教及び反律令仏教の研究』
  • 田村圓澄1976「行基と僧尼令」『日本宗教史論集』吉川弘文館
  • 根本誠二1976「古代における優婆塞・優婆夷について―特に天平十七年期を中心として」下出積与編『日本史における民衆と宗教』山川出版社
  • 根本誠二1978「奈良時代の官僧について―特に沙弥行について」『日本における国家と宗教』大蔵出版
  • 根本誠二1987「天平期の知識と優婆塞・優婆夷」『地方史研究』37-2
  • 根本誠二1998「博士論文 奈良時代官僧の研究」筑波大学
  • 根本誠二2011「転機としての天平期」『奈良仏教と密教』高志書院
  • 根本誠二2015『天平期の僧と仏―行基・鑑真・道鏡、そして良弁』岩田書院
  • 石田瑞麿1980「大仏建立と行基―反逆者から大僧正へと上昇させられた行基と国家の関係とは」『歴史読本』324
  • 中村生雄1994「行基と古代天皇制―行基の霊異神験と天皇カリスマの危機」根本誠二編『論集奈良仏教3 奈良時代の僧侶と社会』雄山閣出版
  • 武田鏡村1996「行基 民衆と共に歩んだ求道僧」『歴史と旅』343

大仏建立

  • 酒寄雅志監修・小西聖一2004『聖武天皇と行基―大仏にかけた願い―NHKにんげん日本史』理論社


教学・思想

  • 角田洋子2016『行基論―大乗仏教自覚史の試み』専修大学出版局
  • 堺行基の会2013『行基の学問と南都六宗―講演会』
  • 中川修1976「古代史における思想主体形成の問題―行基研究史をめぐる問題点」『仏教史学研究』18-1
  • 中川修2018「行基再考―最初の第一歩」『佛教史研究』56
  • 田村圓澄1976「行基と罪福説」『佛教史研究』1
  • 田村圓澄1980「行基と新羅仏教」『古代朝鮮仏教と日本仏教』吉川弘文館
  • 吉田靖雄1988『日本古代の菩薩と民衆』吉川弘文館
  • 2013『行基の学問と南都六宗―平成二十五年堺行基の会主催講演会』堺行基の会
  • 古市晃2017「行基・和泉・東大寺―山林修行と神仏習合を中心に」『歴史のなかの東大寺―東大寺の新研究2』東大寺


行基集団

  • 日下無倫1931「行基菩薩の門弟について」『真宗史の研究』[15]
  • 日下無倫1994「行基菩薩門弟雑考―大僧正記に就て」根本誠二編『論集奈良仏教3 奈良時代の僧侶と社会』雄山閣出版
  • 二葉憲香1973「行基集団の宗教社会的性格―石母田説批判」『龍谷史壇』66・67合併号
  • 新川登亀男1999『社会的結合としての行基集団に関する基礎的研究―科学研究費補助金研究成果報告書』[16]

寺院建立・地域

竹林寺・往生院・行基墓については大和・竹林寺を、大野寺・土塔については大野寺を、喜光寺については喜光寺を参照。

  • 吉野秋二「山背の行基寺院―紀伊郡域を中心に」
  • 1975『行基寺境内とその周辺・安国寺・荒城神社境内とその周辺―緑地環境保全地域候補地調査報告書』岐阜県
  • 福原会下山人・長福寺考古資料館編1984『行基菩薩―摂津・播磨に於けるその事蹟故福原会下山人講演』長福寺考古資料館
  • 1991『宝光院―聖武天皇勅願行基菩薩開基真弓山長弓寺』宝光院
  • 榎・向陵開発協議会1995『行基菩薩と向泉寺』榎・向陵開発協議会
  • 梶原義実2010「古代寺院と行基集団―和泉地域における奈良時代寺院の動向と「行基四十九院」」『名古屋大学文学部研究論集―史学』56[17]
  • 東光院萩の寺編2011『萩の寺とみほとけたち―行基菩薩ゆかりの精舎―乾』東光院萩の寺
  • 東光院萩の寺編2013『萩の寺とみほとけたち―行基菩薩ゆかりの精舎―坤』東光院萩の寺

土木・治水

  • 大阪狭山市教育委員会編1996『日本最大の狭山池と天平の僧行基―第3回狭山池フォーラム』狭山池フォーラム実行委員会
  • かこさとし2004『暮らしをまもり工事を行ったお坊さんたち―道登・道昭・行基・良弁・重源・空海・空也・一遍・忍性・叡尊・禅海・鞭牛―土木の歴史絵本1』瑞雲舎
  • 尾田栄章2017『行基と長屋王の時代―行基集団の水資源開発と地域総合整備事業』現代企画室


福祉事業

  • 細川公正1941「行基の仏教と社会事業」『歴史』16-4
  • 亀田隆之1971「行基の社会事業」『伊丹市史 第1巻』
  • 宮城洋一郎1977「行基の仏教運動」『仏教史学論集』永田文昌堂
  • 宮城洋一郎1887「律令国家の賑給政策と行基の救済事業」『日本仏教社会福祉学会年報』18
  • 宮城洋一郎1993「行基の救済事業」『日本仏教救済事業史研究』永田文昌堂

行基信仰

  • 根本誠二1989「行基伝承をめぐって―丹後国を中心に」『駿台史学』75
  • 根本誠二1991『奈良仏教と行基伝承の展開』雄山閣出版
  • 根本誠二1994「武蔵国の行基伝承研究ノート」『明大商學論叢』76-2
  • 根本誠二2002「行基と薬師信仰」根本誠二・宮城洋一郎編『奈良仏教の地方的展開』岩田書院
  • 根本誠二2004「『霊異記』の心的世界 行基と善珠」根本誠二,、サムエル・C・モース編『奈良仏教と在地社会』岩田書院
  • 根本誠二2005「秩父三十四ヶ所巡礼―高僧伝承をめぐって」『国文学解釈と鑑賞』70-5
  • 根本誠二2005『行基伝承を歩く』岩田書院


  • 米山孝子‎1990「行基説話伝承考―婆羅門僧正との和歌贈答説話の生成」『密教文化』168[18]
  • 米山孝子‎1993「行基の誕生説話とその展開」『密教文化』183[19]
  • 藤森賢一・米山孝子1994「資料紹介『行基菩薩講式』―解説と翻刻」根本誠二編『論集奈良仏教3 奈良時代の僧侶と社会』雄山閣出版
  • 米山孝子‎1995「行基歌〈山鳥のほろほろと鳴く声聞けば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ〉考」『密教文化』189[20]
  • 米山孝子1996「行基説話から行基伝へ―行基伝の多様性をめぐって」『大正大学研究論叢』4
  • 米山孝子1996『行基説話の生成と展開』勉誠社
  • 米山孝子2000「行基の有馬温泉寺草創説話と温泉寺縁起」『神戸女子大学瀬戸短期大学学術紀要』11
  • 米山孝子2000「行基説話と縁起絵巻」山田昭全編『中世文学の展開と仏教』おうふう(2004『インド学諸思想とその周延』山喜房佛書林に再録)
  • 米山孝子2001「行基菩薩和讃の特質について」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』86
  • 米山孝子2002「『日本霊異記』と行基伝承―撰者景戒の周辺と行基の三昧開創伝承」『説話文学研究』37
  • 米山孝子2003「日本図と行基伝承」『大正大学大学院研究論集』27
  • 米山孝子2004「行基信仰と寺院伝承―『行基ゆかりの寺院』の分析を通して」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』89
  • 米山孝子2004「行基説話伝承の研究(平成14年度 大正大学学術研究助成 研究成果報告)」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』89
  • 米山孝子2005「行基説話伝承考―行基伝承から空海伝承へ」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』90
  • 米山孝子2005「昆陽寺蔵『行基菩薩行状絵巻』第五について」『国文学踏査』17
  • 米山孝子2006「昆陽寺所蔵『行基菩薩起文遺式状』―解説と翻刻」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』91
  • 米山孝子2007「行基菩薩遺誡伝承考」『大正大學研究紀要 人間學部・文學部』92
  • 米山孝子2007「『行基菩薩秘文』と舎利伝承」『智山学報』56[21]
  • 米山孝子2009『博士論文 行基説話伝承の研究』
  • 米山孝子2011「豊島氏と行基伝承―『平塚明神并別当城官寺縁起絵巻』を糸口に」『大正大學研究紀要 仏教学部・人間学部・文学部・表現学部 』96[22]
  • 米山孝子ゼミ2013「高倉寺宝積院蔵『行基菩薩伝絵巻』の詞書(翻刻)―『行基大菩薩行状記』との対照」『国文学踏査』25
  • 米山孝子2014「『東大寺縁起絵』における宇佐神宮に祈請する行基像」『国文学踏査』26
  • 宮城洋一郎1998「『日本霊異記』の行基関連説話について―とくに女性参加の問題点」『日本佛教文化論叢 下』永田文昌堂


  • 北條勝貴2017「行基と行基信仰」佛教史学会編『仏教史研究ハンドブック』
  • 小嶋博巳2016「国を分ける行基―『日本回国六十六部縁起』の一節に関する覚書―」『清心語文』18

三昧聖

  • 伊藤唯眞1976「三昧聖の墓地開創伝承―『行基菩薩草創記』をめぐって」『日本宗教の歴史と民俗』隆文館
  • 伊藤唯眞1979「新出の『三昧聖由緒書』『大和国三昧明細帳』について」『鷹陵史学』6[23]
  • 高田陽介2007「時宗寺院の火葬場と三昧聖 中近世京都の二つの史料から」『史論』[24]
  • 北崎豊二2009「堺県の辛未戸籍と三昧聖」 『部落解放研究』185[25]
  • 森田康夫1993「近世賎民身分の重層構造について―河内国を中心に」『部落解放研究』93[26]

行基図

  • 福本健太郎1999「行基図系日本図の変遷について―学生懸賞論文発表」『国学院雑誌』100-6
  • 青山宏夫1999「行基図と中世絵図を中心に」『古代交通研究』9
  • レ・レ・ウィン2003「中世日本における龍の表象と国土観―「行基図」をめぐって」『Zeami』2
  • 保田篤也2004『古墳のこころ―古代日本地図・行基図に秘められた国造り達』筑波書林
  • 村井章介2014「講演要旨「日本」の自画像―「行基図」を中心に」『駒沢大学大学院仏教学研究会年報』47

図録

  • 1993『大阪狭山市立郷土資料館特別展―行基と狭山池』
  • 1997『池田市立歴史民俗資料館―行基菩薩と北摂』
  • 1998『堺市博物館―行基―生涯・事跡と菩薩信仰―没1250年記念特別展』
  • 2003『大阪府立狭山池博物館特別展―行基の構築と救済』
  • 2008『明石市立文化博物館企画展―法道仙人と行基菩薩の時代―発掘された明石の歴史展』
  • 2013『吹田市立博物館春期特別展―大僧正行基展』
  • 2017『大阪狭山市立郷土資料館特別展―行基伝承―受け継がれた記憶』

研究史

  • 鶴岡静夫1962「行基研究史」『日本古代仏教史の研究』
  • 真中幹夫1973「行基研究史」『歴史学研究』394
  • 小山田和夫1977「行基関係研究文献目録」『政治経済史学』133
  • 福岡猛志1977「行基研究史ノート」『日本福祉大学研究紀要』36
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%A1%8C%E5%9F%BA%E6%97%A7%E8%B7%A1」より作成

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