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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

島津家の祭祀

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年4月30日 (木)

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島津家は中世・近世を通じて薩摩・大隅などを支配した武家。源氏惟宗氏。初代島津忠久は源頼朝の子という伝説があるが、惟宗広言の子ともいう。本宗家(鹿児島藩主、公爵)・佐土原島津家(佐土原藩主、子爵→伯爵)、玉里島津家(伯爵)など多くの分家がある。

目次

年表

  • 24代島津重年(1729-1755)の頃から島津家遠祖源頼朝を祀る花尾神社に歴代藩主の命日代参と、入国の際、一度は参詣することが恒例となった。
  • 1858年(安政5年)7月16日:島津斉彬、鹿児島で急死。7月20日発喪。
  • 1858年(安政5年)8月7日:島津斉彬を福昌寺に埋葬。
  • 1858年(安政5年)8月:伊勢神宮御師の御炊大夫飯高親彦と菅原明義の2人が福昌寺の島津斉彬霊柩前で霊祭を執行。島津家の神式祭祀の始まりという。
  • 1862年(文久2年)11月12日:幕府、島津斉彬に権中納言従三位を追贈。
  • 1863年(文久3年)2月2日:朝廷から正式に権中納言従三位を追贈。同時に祭文
  • 1863年(文久3年)5月11日:朝廷、島津斉彬に照国大明神を贈る。
  • 1864年(元治1年)12月19日:照国神社を創建。
  • 1868年(明治1年)7月6日:鹿児島藩主島津忠義が1月明治天皇から500両を与えられて、7月山之口馬場町に鹿児島招魂社を創建。
  • 1869年(明治2年)3月25日:鹿児島藩知政所が「仏家の作法」から「神国の礼式」に改めることを達す。
  • 1869年(明治2年)6月:福昌寺跡から鹿児島城の城内神棚に歴代神霊(のちの鶴嶺神社)を遷座。
  • 1869年(明治2年)11月22日:明治政府、島津斉彬に従一位贈位。
  • 1869年(明治2年)10月26日:鹿児島招魂社を照国神社の横に遷座。
  • 1869年(明治2年)11月:城内神棚から南泉院跡に歴代神霊を遷座し、鶴嶺神社を創建。
  • 1869年(明治2年)12月:菩提寺跡に当主「御霊社」6社創立を命じる。龍尾神社、竹田神社、松原神社、大平神社、徳重神社、長谷神社。
  • 1870年(明治3年)12月:島津斉彬ら当主に神号を贈る。(『奄美大島史』『照国神社誌』)
  • 1870年(明治3年)12月22日:島津久光召喚のために鹿児島を訪れた勅使岩倉具視が剣1振りを照国神社に奉納。
  • 1872年(明治5年)6月20日、明治天皇鹿児島行幸。宮内卿徳大寺実則が照国神社に奉幣。
  • 1873年(明治6年)7月:鶴嶺神社が県社に列格する。
  • 1873年(明治6年):照国神社が県社に列格。
  • 1876年(明治9年)5月5日:鹿児島県、信教の自由を達す。
  • 1877年(明治10年):西南戦争。照国神社など焼失。
  • 1877年(明治10年)頃:各菩提寺などにあった歴代当主の像を合祀する鶴嶺神社に鎮像殿が設けられた。
  • 1879年(明治12年):歴代当主に神号を贈る。(『奄美大島史』)
  • 1880年(明治13年)2月:明治天皇、照国神社に対し、西南戦争で焼失した剣の代わりに再び剣を奉納。
  • 1882年(明治15年)12月15日:照国神社、別格官幣社となる。
  • 1901年(明治34年)5月16日:島津斉彬に正一位贈位。県知事千頭清臣が策命使として墓前に奉告した。
  • 1917年(大正6年):照国神社周辺の再整備。鹿児島招魂社を照国神社の西隣から東隣に遷座し、鶴嶺神社を集成館跡の現在地に遷座した。
  • 1920年(大正9年)10月:松原神社、郷社から県社に昇格。

各家

  • 各家の歴代当主の名前は基本的に『鹿児島古寺巡礼』に基づく。伊作島津家

本宗家

  • 島津家の本宗家。1884年(明治17年)7月7日公爵。
  • 薩摩鹿児島藩77万800石。
  • 『奄美大島史』[1]による。
  • 神号は1870年(明治3年)、1879年(明治12年)に追号したという(『奄美大島史』)。
  • 『照国神社史』によると島津斉彬の「昭彦神勲照国命」は1870年(明治3年)12月の追号で、田中頼庸(のち伊勢神宮大宮司)が考案したものという。
当主 生没年 戒名 神号 略歴 墓所 霊廟
1 島津忠久 1179-1227 得仏道阿弥陀仏 瑞宝常照彦命 源頼朝の庶子、惟宗広言の養子と伝えるが、史実は不詳。生母は丹後局。1179年(治承3年)生。1189年(文治5年)源頼朝の奥州征伐に従軍。1197年(建久8年)、鎌倉幕府から大隅国と薩摩国の守護職に任命され、のち日向国守護職も兼ねる。後世の伝承では守護に任命されて鹿児島に下ったとされるが、根拠はとぼしい。浄光明寺を創建。1227年(安貞1年)6月18日で鎌倉で死去。墓を感応寺とし、廟を本立寺とし、神主(位牌所?)を浄光明寺としたという。 鎌倉感応寺墓地(分骨所と伝える)・本立寺墓地(供養塔?) 菩提寺・位牌所は浄光明寺。霊社は龍尾神社(浄光明寺跡、鶴嶺神社に合祀)、出水・龍尾神社薩摩・一之宮神社皇軍神社
2 島津忠時 1202-1272 道仏仁阿弥陀仏 劔太刀聡心雄命 島津忠久の長男。1202年(建仁2年)生。薩摩国守護。鎌倉在住。1272年(文永9年)死去。初名は忠義。 本立寺墓地・感応寺墓地 菩提寺・位牌所は浄光明寺。
3 島津久経 1225-1284 道忍義阿弥陀仏 真明履道男命 島津忠時の子。1225年(嘉禄1年)生。薩摩国守護、島津荘惣地頭。鎌倉在住。1275年(建治1年)2度目の元寇に備えて九州に下向し筑前箱崎に陣を取る。弘安の役では壱岐で奮戦。浄光明寺を復興し時宗とする。1284年(弘安7年)、箱崎で死去。初名は久時。 本立寺墓地・感応寺墓地 菩提寺・位牌所は浄光明寺。
4 島津忠宗 1251-1325 道義仲阿弥陀仏 倭錦風雅士命 島津久経の長男。1251年(建長3年)生。弘安の役で父と共に戦う。薩摩国守護。歌人としても活躍。1325年(正中2年)死去。 本立寺墓地・感応寺墓地 菩提寺・位牌所は浄光明寺。
5 島津貞久 1269-1363 道鑑道阿弥陀仏 上寿豊福彦命 島津忠宗の子。1269年(文永6年)生。鎌倉時代末期の戦乱では、当初は鎌倉幕府側だったが、足利尊氏側に転じて九州・畿内で戦う。薩摩国と大隅国の守護職となる。薩摩碇山城を居城とし守護大名として展開する基盤を築く。1363年(貞治2年)死去。 本立寺墓地・感応寺墓地・天徳寺 菩提寺・位牌所は浄光明寺。
(世嗣) 島津宗久 1322-1340 久阿弥陀仏 貴桜真恒彦命 島津貞久の次男。1322年(元亨2年)生。足利直義の要請で大和に出兵。湊川の戦いで南朝軍と交戦。落馬が原因で1340年(興国1年/暦応3年)死去。19歳。 薩摩・称名寺
総州家6 島津師久 1325-1376 定山道貞大禅定門 貞道広高男命 島津貞久の三男。1325年(正中2年)生。薩摩国守護を継ぎ、上総介となり、総州家と呼ばれる。1376年(天授2年/永和2年)死去。 福昌寺墓地
奥州家6 島津氏久 1328-1387 齢岳玄久大禅定門 厳捷男雄彦命 奥州家初代。島津貞久の四男。1328年(嘉暦3年)生。大隅国守護職を継ぎ、陸奥守となり、奥州家と呼ばれる。ただし、薩摩国の鹿児島地頭職は奥州家が継ぎ、奥州家優位で続く。神像が鶴嶺神社にある(大隅正八幡宮神宮寺の正興寺の旧蔵。自らの姿を映した持国天像)。剛中玄柔(のち東福寺54世)を開山として大慈寺即心院を創建。1387年(元中4年/嘉慶1年)死去。 福昌寺墓地・大慈寺即心院墓地・薩摩・龍翔寺
総州家7 島津伊久 1347-1407 久哲道観禅定門 鎮玉堅雄彦命 島津師久の長男。1347年(正平2年/貞和3年)生。総州家2代。上総介。1366年(正平21年/貞治5年)薩摩国守護職。1407年(応永14年)死去。 不詳
奥州家7 島津元久 1343-1411 恕翁玄忠大禅定門 弥高真性男命 奥州家2代。守護大名。島津氏久の長男。1343年(興国4年/康永2年)生。石屋真梁(1345-1423、総持寺20世)を招いて妙円寺福昌寺を創建。息子の仲翁守邦を出家させ、福昌寺3世となる。陸奥守。1404年(応永11年)大隅国・日向国の守護職となり、1409年(応永16年)薩摩国の守護職。島津伊久と抗争して勝ち、統一に成功する。1410年(応永17年)上洛して将軍足利義持に謁見し、伊勢神宮に参拝した。清水城を築いて、現在の鹿児島市を島津家の本拠地とする。大隅正八幡宮領は支配に組み込めなかった。1411年(応永18年)死去。初名孝久。 福昌寺墓地
8 島津久豊 1375-1425 義天存忠大禅定門 善功福広雄命 奥州家3代。島津氏久の子。島津元久の弟。1375年(天授1年/永和1年)生。兄の死後、三国の守護職を継承。1422年(応永29年)、総州家の島津守久を破り、支配権を確立する。1425年(応永32年)死去。 福昌寺墓地(恵燈院?)・悟性寺
9 島津忠国 1403-1470 大岳玄誉大禅定門 小城山茂栄彦命・小城権現 島津久豊の子。1403年(応永10年)生。三国の守護職を継承。陸奥守。1441年(嘉吉1年)、日向に潜伏していた大覚寺義昭(将軍足利義教弟)を殺害し、その恩賞として琉球の支配権を室町幕府から認められたという。弟の島津用久(薩州家島津家祖)と対立。用久の死後は子の立久に実権を奪われて、隠居状態だった。1470年(文明2年)死去。子の立久に実権を奪われたことについてクーデター説もある。神社に祀られたことは御霊信仰の要素もあると思われる。神像が鶴嶺神社に伝来する。息子に福昌寺9世・妙谷寺開山の柱山守棟。 福昌寺墓地(深固院?)・坊津六角堂墓地(杉木寺?) 霊社は小城権現社(鶴嶺神社に合祀か)。
10 島津立久 1432-1474 節山玄忠大禅定門 豊広龍雲根命 島津忠国の次男。1432年(永享4年)生。応仁の乱で東軍細川方に付くが参戦せず。父の晩年から実権を奪う。1470年(文明2年)三国守護職。1474年(文明6年)死去。 福昌寺墓地・薩摩・龍雲寺墓地
11 島津忠昌 1463-1508 円室源鑑大禅定門 綺奇新瓊彦命 島津立久の子。1463年(寛正4年)生。1474年(文明6年)三国の守護職を継承。陸奥守。1478年(文明10年)桂庵玄樹を招き朱子学を興隆させた。興国寺小城権現社を創建。内乱を憂いて1508年(永正5年)自害。神像が鶴嶺神社に伝来する。初名は武久。 福昌寺墓地(興国寺墓地から改葬)
12 島津忠治 1489-1515 蘭窓津友大禅定門 蕙蘭真馨男命 島津忠昌の長男。1489年(延徳1年)生。1508年(永正5年)父の死後、三国の守護職を継承。大覚寺義昭(将軍足利義教弟)の菩提寺として薩摩・大興寺を創建。1515年(永正12年)死去。 福昌寺墓地・津友寺
13 島津忠隆 1497-1519 興岳隆盛大禅定門 白露夭霊彦命 島津忠昌の次男。1497年(明応6年)生。1515年(永正12年)兄の死後、三国守護職を継承。1519年(永正16年)死去。 福昌寺墓地・隆盛寺
14 島津勝久 1503-1573 大翁妙蓮大禅定門 勇捷盤常男命 島津忠昌の三男。1503年(文亀3年)生。兄の死後、三国守護職を継承。薩州家の島津実久と対立。1526年(大永6年)相州家の島津貴久を養子とする。復権を図るが島津貴久に追放された。1573年(天正1年)死去。初名は忠兼、義忠。 福昌寺墓地・隆盛寺
15 島津貴久 1514-1571 大中良等庵主 靖国崇勲彦命 戦国大名。相州家からの養子。島津忠良の子。1514年(永正11年)生。1526年(大永6年)、島津勝久の養子となり三国守護職となる。薩州家の島津実久と対立。1535年(天文4年)復権を図る養父を追放。1539年(天文8年)島津実久が死去し、島津家統一を実現。1543年(天文12年)に種子島に火縄銃が伝来すると関心を示す。居城を伊集院城から鹿児島城に移す。1549年(天文18年)、フランシスコ・ザビエルを迎える。1557年(弘治3年)、南林寺不断光院を創建。1564年(永禄7年)陸奥守。1571年(元亀2年)、加世田で死去。南林寺に寿像を収めたという。 福昌寺墓地。灰塚が坊津釈迦院跡にある。 菩提寺・位牌所は南林寺薩摩・円通寺日向・円通寺。霊社は松原神社(南林寺跡)(志布志伊佐市大口伊佐市菱刈徳之島高千穂神社に合祀))、皇軍神社。
16 島津義久 1533-1611 貫明存忠庵主 大国豊知主命 戦国大名。島津貴久の子。1533年(天文2年)生。1566年(永禄9年)家督相続。伊東氏、龍造寺氏、大友氏、相良氏、高橋氏を破り従属させ1586年(天正14年)、九州をほぼ制圧するが、翌年、九州に侵攻してきた豊臣秀吉に降伏。薩摩国のみを領土として認められた。1611年(慶長16年)死去。心岳寺を創建。妙谷寺を復興。正興寺住職として南浦文之を招いて顧問とした。初名は忠良、義辰。 福昌寺墓地 菩提寺・位牌所は妙谷寺。霊社は大平神社(妙谷寺跡)、皇軍神社。
17 島津義弘 1535-1619 妙円寺殿松齢自貞庵主 精矛厳健雄命 島津貴久の子。島津義久の弟。1535年(天文4年)生。九州制圧戦で連戦連勝したが1587年(天正15年)、豊臣秀吉に降伏。大隅国を与えられた。朝鮮出兵の泗川合戦で明の大軍を破る。関ヶ原の戦いでは西軍として参戦。窮地に陥るが、敵陣縦断突破で脱出した。1587年(天正15年)に家督を継承したとされるが、後世の仮託で、実際には家督は継いでいないと考えられている。1619年(元和5年)死去。初名は忠平、義珍。神像が精矛神社にあると思われる。妻の隈姫(生没年不詳)は隈媛神社祭神。 福昌寺墓地 菩提寺・位牌所は妙円寺大隅・本誓寺。霊社は精矛神社(本誓寺跡)、徳重神社(妙円寺旧地)、旭丘神社小鷹神社、皇軍神社。
(世嗣) 島津久保 1573-1593 一唯恕参大禅定門 神楯厳武雄命 島津義弘の子。1573年(天正1年)生。1593年(文禄2年)、朝鮮出兵の際、巨済島で死去。 福昌寺墓地 菩提寺・位牌所は彦山寺皇徳寺
18 島津家久 1576-1638 慈眼院殿花心琴月大居士 聡霊安国彦命 鹿児島藩主初代。島津義弘の三男。島津久保の弟。1576年(天正4年)生。1599年(慶長4年)家督相続。1602年(慶長7年)徳川家康から薩摩国を安堵される。鹿児島城を築城。1609年(慶長14年)、琉球王国を侵略し服属させた。1638年(寛永15年)、鹿児島で死去。初名を忠恒。陸奥守。 福昌寺墓地 霊社は薩摩・長谷神社(福昌寺跡、廃絶)。
19 島津光久 1616-1694 寛陽院殿泰雲温慈大居士 天大空泰雲雄命 鹿児島藩主2代。島津家久の子。1616年(元和2年)生。1638年(寛永15年)相続。学を好むと共に金山・新田・河川を開発し産業を興す。1694年(元禄7年)死去。鹿児島東照宮南泉院寛永寺明王院を創建。花尾神社・興国寺を復興。初名は忠元。 福昌寺墓地
(世嗣) 島津綱久 1632-1673 泰清院殿関山良無大居士 広足豊雲根命 島津光久の長男。1632年(寛永9年)生。1673年(延宝1年)死去。初名は久平。 福昌寺墓地
20 島津綱貴 1650-1704 大玄院殿昌道元新大居士 厳速活光彦命 鹿児島藩主3代。島津綱久の長男。島津光久の孫。1650年(慶安3年)生。1687年(貞享4年)相続。1696年(元禄9年)鹿児島大火で鹿児島城焼失。幕命で寛永寺造営などを担う。財政難に苦しむ。1704年(宝永1年)死去。初名は延久。 福昌寺墓地・大円寺
21 島津吉貴 1675-1747 浄国院殿鑑阿天清道煕大居士 天浄偉霊彦命 鹿児島藩主4代。島津綱貴の長男。1675年(延宝3年)生。1704年(宝永1年)相続。1747年(延享4年)死去。平等王院・浄光明寺・霧島神宮を復興。加紫久利神社を薩摩の「総社」と定めた。 福昌寺墓地(浄光明寺から改葬)。 菩提寺・位牌所は浄光明寺。
22 島津継豊 1701-1760 宥邦院殿円鑑亨盈大居士 常隆真秀香彦命 鹿児島藩主5代。島津吉貴の長男。1701年(元禄14年)生。1721年(享保6年)相続。一門四家の制を制定。薩摩・一之宮神社を再興。1760年(宝暦10年)死去。初名は忠休。 福昌寺墓地
23 島津宗信 1728-1749 慈徳院殿俊厳良英大居士 弥広慈徳彦命 鹿児島藩主6代。島津継豊の長男。1728年(享保13年)生。1746年(延享3年)相続。1749年(寛延2年)死去。初名は忠顕。 福昌寺墓地
24 島津重年 1729-1755 円徳院殿覚満良義大居士 栄国大事主命 鹿児島藩主7代。島津継豊の次男。加治木島津家4代を継ぐが兄の死去で本宗家を継承。1729年(享保14年)生。1749年(寛延2年)相続。家老平田靱負を奉行として1755年(宝暦5年)、木曽川改修工事を完成させた。同年死去。初名は久門。 福昌寺墓地・大円寺。 加治木島津家菩提寺の曹洞宗能仁寺に祀られている可能性もある。
25 島津重豪 1745-1833 大信院殿栄翁如証大居士 斎栄遐齢彦命・護国権現 鹿児島藩主8代。島津重年の長男。加治木島津家5代となるが、本宗家相続。。1745年(延享2年)生。1755年(宝暦5年)相続。学問を好み、藩校造士館、医学院を創設。この時代に多くの学問書が世に出た。1787年(天明7年)隠居するが、孫の代まで実権を握った。1808年(文化5年)、近思録崩を起こし、大弾圧を行う。調所広郷を起用して財政改革を行う。1833年(天保4年)、江戸高輪藩邸で死去。薩摩・不断光院を復興。初名は久方、忠洪。三女が将軍徳川家斉の正室となる。 福昌寺墓地・瑞聖寺 霊社は江戸・護国権現社(江戸高輪邸)、薩摩・護国権現社(不断光院)、鹿児島・皇産霊神社。加治木島津家菩提寺の曹洞宗能仁寺に祀られている可能性もある。
26 島津斉宣 1773-1841 大慈院殿舜翁渓山大居士 真清堅磐根命 鹿児島藩主9代。島津重豪の長男。1773年(安永2年)生。1787年(天明7年)相続。1807年(文化4年)、年樺山主税・秩父季保を起用して財政改革を行うが、父の怒りを買い、翌年近思録崩。1809年(文化6年)隠居に追い込まれた。1841年(天保12年)死去。初名は忠堯。 福昌寺墓地・大円寺
27 島津斉興 1791-1859 金剛定院殿明覚亮忍大居士 真金光明覚主命 鹿児島藩主10代。島津斉宣の長男。1791年(寛政3年)生。1809年(文化6年)、父の隠居で相続。ただし祖父が実権を握った。調所広郷の財政改革と兵制改革で雄藩となる基盤を築く。お由羅騒動で1851年(嘉永4年)に隠居。1859年(安政6年)死去。初名は忠温。 福昌寺墓地・大円寺 霊社は鹿児島・皇産霊神社、皇軍神社。
28 島津斉彬 1809-1858 順聖院殿英徳良雄大居士 明彦神勲照国命・照国大明神 鹿児島藩主11代。島津斉興の長男。1809年(文化6年)生。異母兄の島津久光と継承争いが生じるが(お由羅騒動)、1851年(嘉永4年)に幕府の介入で斉彬が相続。洋学に傾倒。1857年(安政4年)、溶鉱炉などを備えた洋式工場・集成館を開設。将軍継嗣問題では一橋慶喜を推す。1858年(安政5年)7月16日、鹿児島で急死した。初名は忠方。 福昌寺墓地・大円寺 霊社は照国神社、皇軍神社。
29 島津忠義 1840-1897 鹿児島藩主12代。島津斉彬の甥。島津久光の子。1840年(天保11年)生。1858年(安政5年)相続。1867年(慶応3年)倒幕の密勅を奉じて挙兵。明治維新の功績者となった。1869年(明治2年)版籍奉還して鹿児島藩知事となった。鹿児島城から仙巌園に移住。華族となり1884年(明治17年)7月7日公爵となる。貴族院議員。1897年(明治30年)死去。国葬。照国神社鹿児島招魂社を創建。初名は忠徳、茂久。 常安峰墓地
30 島津忠重 1886-1968 島津忠義の長男。1886年(明治19年)生。1898年(明治31年)相続して公爵。仙巌園から東京に移住。海軍大学校卒。海軍軍人として活躍し、軍令部参謀、イギリス駐在武官、海軍少将などを歴任。貴族院議員。島津興業会会長。1968年(昭和43年)死去。 常安峰墓地
31 島津忠秀 1912-1996 1912年(大正1年)生。1996年(平成8年)死去。 常安峰墓地か
32 島津修久 照国神社宮司。

玉里島津家

1884年(明治17年)7月7日、明治維新の勲功と大名並として公爵。

  • 1島津久光():福昌寺墓地
  • 2島津忠済():福昌寺墓地。
  • 3島津忠承():墓所は東京護国寺
  • 4島津忠広():
  • 5島津忠美():
  • 6島津忠由():


佐土原藩島津家

  • 子爵→伯爵
  • 日向佐土原藩2万7000石余。
  • 1島津以久():島津彦以久主命。高月院墓地。大雲院墓地。佐土原神社祭神。
  • 2島津忠興():寄津彦忠興主命。高月院墓地。幡随院から東北寺に改葬。佐土原神社祭神。
  • 3島津久雄():建津彦久雄主命。高月院墓地。佐土原神社祭神。
  • 4島津忠高():浩津彦忠高主命。高月院墓地。佐土原神社祭神。
  • 島津久寿():のち旗本になる。幡随院墓地?
  • 5島津惟久():足津彦惟久主命。自得寺から大光寺に改葬。佐土原神社祭神。
  • 6島津忠雅():興津彦忠雅主命。自得寺から大光寺に改葬。佐土原神社祭神。
  • 7島津久柄():常津彦久柄主命。高月院墓地。佐土原神社祭神。
  • 8島津忠持():豊津彦忠持主命。高月院墓地。佐土原神社祭神。
  • 9島津忠徹():国津彦忠徹主命。高月院墓地。佐土原神社祭神。
  • 10島津忠寛():鷹津彦忠寛主命。高月院墓地。東北寺墓地。佐土原神社祭神。
  • 11島津忠亮():高月院墓地。東北寺墓地。
  • 12島津忠麿():高月院墓地。
  • 13島津久範():高月院墓地。
  • 14島津忠韶():高月院墓地。
  • 15島津忠範():
  • 16島津忠慶():

重富島津家

  • 遠祖は島津忠綱。実態的繋がりはないが、島津忠紀が家系を継ぐ。
  • 越前島津家とも。御一門4家の筆頭。1889年(明治22年)3月2日、大名一門として男爵。
  • 菩提寺は臨済宗紹隆寺
  • 16島津忠紀():島津吉貴の四男。越前島津家を再興。紹隆寺墓地。
  • 17島津忠救():紹隆寺墓地。
  • 18島津忠貫():紹隆寺墓地。
  • 19島津忠公():豊霊真弓彦命。紹隆寺墓地。
  • 20島津忠教():島津久光。玉里島津家初代。福昌寺墓地。
  • 21島津忠鑑():照国神社宮司。男爵。島津珍彦。紹隆寺墓地。
  • 22島津壮之助():
  • 23島津忠彦():
  • 24島津晴久():
  • 25島津教久():

加治木島津家

  • 1631年(寛永8年)創設。重富島津家創設までは御一門の筆頭だった。1897年(明治30年)10月27日、大名一門として男爵となる。
  • 菩提寺は曹洞宗能仁寺。長年寺にもある。
  • 1島津忠朝():能仁寺墓地。
  • 2島津久薫():長年寺墓地。
  • 3島津久季():能仁寺墓地。
  • 4島津久門():本家24代島津重年。福昌寺墓地。
  • 5島津久方():本家25代島津重豪。福昌寺墓地。
  • 6島津久徴():能仁寺墓地。
  • 7島津久照():能仁寺墓地。
  • 8島津久徳():能仁寺墓地。
  • 9島津久長():能仁寺墓地。
  • 10島津久宝():能仁寺墓地。
  • 11島津久賢():男爵。能仁寺墓地。
  • 12島津久英():
  • 13島津義秀():精矛神社宮司。
  • 島津久崇():


垂水島津家

9代の1738年(元文3年)以前に御一門となる。1897年(明治30年)10月27日、大名一門として男爵となる。 菩提寺は曹洞宗心翁寺、楞厳寺、高月院。

  • 1島津忠将():本宗家15代島津貴久の弟。垂水島津家初代。楞厳寺墓地。大安神社殿加神社の祭神。ただし大安神社は薩摩・広瀬神社に合祀された。
  • 2島津以久():佐土原島津家初代。高月院墓地。
  • 3島津彰久():楞厳寺墓地。
  • 4島津久信():心翁寺墓地。
  • 5島津久敏():心翁寺墓地。
  • 6島津忠紀():心翁寺墓地。
  • 7島津久治():心翁寺墓地。
  • 8島津忠直():心翁寺墓地。
  • 9島津貴儔():心翁寺墓地。
  • 10島津貴澄():心翁寺墓地。
  • 11島津貴品():心翁寺墓地。
  • 12島津貴柄():心翁寺墓地。
  • 13島津貴典():心翁寺墓地。
  • 14島津貴敦():心翁寺墓地。
  • 15島津貴徳():
  • 16島津貴暢():男爵。
  • 17島津貴晴():
  • 18島津草子():
  • 19島津睦子():

今和泉島津家

1744年(延享1年)に今和泉島津家として復興し、一門家となる。1900年(明治33年)5月9日、大名一門として男爵。

  • 1島津忠氏():和泉島津家初代。
  • 2島津忠直():
  • 3島津氏儀():
  • 4島津久親():
  • 5島津直久():断絶。
  • 6島津忠卿():今和泉島津家として再興。光台寺墓地。
  • 7島津忠温():光台寺墓地。
  • 8島津忠厚():光台寺墓地。
  • 9島津忠喬():光台寺墓地。
  • 10島津忠剛():篤姫の父。光台寺墓地。
  • 11島津忠冬():光台寺墓地。
  • 12島津忠敬():
  • 13島津忠欽():のち玉里島津家分家を興し男爵。照国神社宮司。
  • 14島津隼彦():男爵。郡元墓地
  • 15島津忠親():
  • 16島津忠克():

日置島津家(日置家)

大身分4家の一つ。1900年(明治33年)5月9日、男爵。 菩提寺は曹洞宗大乗寺。祠型の墓が多い。

  • 1島津歳久():墓所は大乗寺墓地。祁答院良重が追われた後、祁答院地区の領主となった。のち歳久は豊臣秀吉に従わなかったとして兄の島津義久によって自害させられた。そのような悲劇的な最期から御霊信仰的な崇拝対象になったとみられ、「金吾様」の名で鹿児島県各地の祠や塔に祀られている。菩提寺は曹洞宗心岳寺平松神社本名八幡宮の祭神。
  • 2島津忠隣():墓所は桂山寺墓地。
  • 3島津常久():
  • 4島津久慶():禁教のキリシタンである疑いで系図から削除されたという。
  • 5島津忠朝():
  • 6島津久竹():
  • 7島津久健():
  • 8島津久林():
  • 9島津久甫():
  • 10島津久統():
  • 11島津久知():
  • 12島津久風():城代
  • 13島津久徴():家老
  • 14島津久明(1842-1914):男爵。照国神社宮司。
  • 15島津繁麿():
  • 16島津久欣():
  • 17島津晴久():

花岡島津家

大身分4家の一つ。菩提寺は天台宗真如院。墓は初代から9代目に至るまで真如院跡の墓地にある。祠型の墓も散見する。

  • 1島津久儔():本宗家島津綱貴の次男。
  • 2島津久尚():
  • 3島津久敦():
  • 4島津久弼():
  • 5島津久寛():
  • 6島津久誠():
  • 7島津久敬():
  • 8島津久実(1866-?):照国神社枚聞神社鶴嶺神社の宮司・社司。鹿児島県皇典講究分所所長。官祭鹿児島招魂社受持神官。
  • 9島津久基(1891-1949):国文学者。東京帝国大学教授。源氏物語の研究で知られた。

都城島津家(北郷家)

大身分4家の一つ。分家に平佐北郷家がある。菩提寺は曹洞宗日向・龍峰寺臨済宗大昌寺、臨済宗二厳寺、臨済宗日向・龍泉寺、正福寺。龍峰寺墓地に8代以降の墓があり、都城島津家祖霊社がある。ゆかりの本宗家当主島津義弘を祀る旭丘神社がある。祈願所として[[千足神社]、天長寺など。 1592年(文禄1年)北郷忠虎が病没。北郷忠能が幼少のため北郷三久が後見役となった。都城6万3000石を領していたが、1594年(文禄3年)、豊臣秀吉の領地替えで宮之城平佐など3万6000石に減らされた。朝鮮出兵から帰国後、北郷忠能が宮之城2万1000石、北郷三久が平佐1万1000石となった。1599年(慶長4年)都城領主の伊集院忠真が島津家に反旗を翻すと、北郷家は島津家側で参戦。調停後、本郷家本家(都城島津家)は宮之城から都城に復帰した。1891年(明治24年)12月28日、大名一門であり明治維新の勲功で男爵となる。

  • 1北郷資忠():本宗家4代島津忠宗の六男。1352年(文和1年)足利尊氏から北郷を与えられる。墓所は山久院跡。
  • 2北郷義久():
  • 3北郷久秀():1394年(応永1年)戦死。菩提寺は臨済宗龍泉寺(廃絶)・大昌寺(廃絶)。
  • 4北郷知久():
  • 5北郷持久():
  • 6北郷敏久():
  • 7北郷数久():1521年(大永1年)死去。
  • 8北郷忠相(1487-1559):1487年(長享1年)生。龍峰寺を創建。1559年(永禄2年)死去。墓所は龍峰寺。
  • 9北郷忠親():豊州家4代の島津忠広の養子となる。
  • 10北郷時久():北郷忠親の子。日向兼喜神社を創建。薩摩・兼喜神社の祭神。
  • 北郷相久():1579年(天正7年)自害。御霊信仰。若宮八幡、霊八幡、兼喜明神、兼喜大明神。日向・兼喜神社薩摩・兼喜神社の祭神。菩提寺は臨済宗龍泉寺(廃絶)。墓は龍泉寺跡。
  • 11北郷忠虎():1594年(文禄3年)朝鮮出兵で病死。「廟所」は十念寺。
  • 12北郷忠能():北郷忠虎の子。一時、宮之城に移封を命じられるが、1600年(慶長5年)都城に復帰。1627年(寛永4年)死去。墓は二厳寺跡。
  • 13北郷翁久():北郷忠能の子。1628年(寛永5年)死去。19歳。
  • 14北郷忠亮():北郷忠能の子。北郷翁久の弟。1634年(寛永11年)死去。
  • 15北郷久直():本宗家18代の島津家久の三男。1638年(寛永15年)死去。
  • 春嶺院():北郷久直の室。北郷忠能の娘。
  • 16北郷久定():本宗家19代の島津光久の次男。1656年(明暦2年)相続。1662年(寛文2年)死去。墓は二厳寺跡。
  • 17島津忠長():本宗家19代の島津光久の三男。北郷久定の弟。1663年(寛文3年)相続し、島津を名乗ることを許された。1670年(寛文10年)死去。
  • 18島津久理():本宗家19代の島津光久の八男。1671年(寛文11年)相続。
  • 19島津久龍():
  • 20島津久茂():
  • 21島津久般():
  • 22島津久倫():兼喜神社社殿を造営。
  • 23島津久統():
  • 24島津久本(1803-1868):1803年(享和3年)生。1868年(明治1年)死去。初名は久広。
  • 25島津久静(1832-1862):1832年(天保3年)生。1862年(文久2年)病で急死。
  • 26島津久寛(1859-1884):島津久静の長男。1859年(安政6年)生。4歳で相続。1884年(明治17年)死去。26歳。恭徳久寛主命。
  • 27島津久家():男爵。
  • 28島津久厚():
  • 29島津久友():

宮之城島津家

大身分4家の一つ。1897年(明治30年)10月27日、大名一門として男爵。 菩提寺は臨済宗宗功寺。寺跡には2代目以降の墓がある。ほぼ全て祠型の墓となっている。

  • 1島津尚久():
  • 2島津忠長():
  • 3島津久元():
  • 4島津久通():
  • 5島津久竹():
  • 6島津久洪():
  • 7島津久方():
  • 8島津久倫():
  • 9島津久亮():
  • 10島津久濃():
  • 11島津久郷():
  • 12島津久儔():
  • 13島津久中():
  • 14島津久宝():
  • 15島津久治():
  • 16島津長丸():男爵
  • 17島津忠丸():
  • 18島津忠之():
  • 19島津忠洋():


永吉島津家

菩提寺は鹿児島県日置市吹上町永吉の曹洞宗天昌寺

  • 1島津家久():本宗家15代島津貴久の四男。戦国時代の島津家で随一の戦術家と評される。墓所は梅天寺佐土原天昌寺
  • 2島津豊久():墓所は瑠璃光寺永吉天昌寺佐土原天昌寺。天岑昌運居士。
  • 3島津忠栄():墓所は永吉天昌寺。
  • 4島津久雄():墓所は永吉天昌寺(鹿児島市興国寺に改葬)。歳雄院殿。
  • 5島津久輝():墓所は永吉天昌寺。興雲院殿。
  • 6島津久貫():墓所は永吉天昌寺。武功院殿。
  • 7島津久抦():墓所は永吉天昌寺。寿昌院殿。
  • 8島津久芳():墓所は永吉天昌寺。瑞龍院殿。
  • 9島津久謙():墓所は永吉天昌寺。陽義院殿。
  • 10島津久輔():墓所は永吉天昌寺。天徳院殿。
  • 11島津久武():墓所は永吉天昌寺。徳雲院殿。
  • 12島津久陽():墓所は永吉天昌寺。勇勝院殿。
  • 13島津久敬():墓所は永吉天昌寺。高雲院殿。
  • 14島津久〓():(〓は「竹寿」)
  • 15島津久徴():
  • 16島津久憲():
  • 17島津泰輝():
  • 18島津基之():
  • 19島津博之():

知覧島津家

菩提寺は曹洞宗西福寺。祠型の墓が多い

  • 1佐多忠光():本宗家4代の島津忠宗の三男
  • 2佐多忠直():
  • 3佐多氏義():
  • 4佐多親久():
  • 5佐多忠遊():
  • 6佐多忠山():
  • 7佐多忠和():
  • 8佐多忠成():
  • 9佐多忠将():
  • 10佐多久政():
  • 11佐多久慶():
  • 12佐多忠充():
  • 13佐多忠治():
  • 14佐多久孝():
  • 15佐多久利():
  • 16島津久達():
  • 17島津久豪():
  • 18島津久峰():
  • 19島津久邦():
  • 20島津久典():
  • 21島津久福():
  • 22島津久徴():
  • 23島津剛二郎():
  • 24島津鎮生():島津忠弘とする記述もあるが不詳。

新城島津家

菩提寺は曹洞宗浄珊寺

  • 1島津久章():墓所は没地の清泉寺
  • 2島津忠清():墓所は貫名寺
  • 3島津久侶():
  • 4島津久邦():
  • 5島津久隆():
  • 6島津久租():
  • 7島津久照():
  • 8島津久備():墓所は浄珊寺。
  • 9島津久輔():
  • 10島津久徴():
  • 11島津久寛():
  • 12末川久治():
  • 13末川一二():
  • 14末川磯吉():
  • 15末川久若():
  • 16末川大史朗():

佐志島津家

菩提寺は真言宗興全寺

  • 1島津忠清():島津義弘の五男。後世になって初代とみなされた。
  • 御下():島津義弘の末娘。実質的な初代。
  • 2島津久近():
  • 3島津久岑():
  • 4島津久当():
  • 5島津久幸():
  • 6島津久金():
  • 7島津久泰():
  • 8島津久品():
  • 9島津久照():
  • 10島津久厚():
  • 11島津久容():
  • 12島津久清():
  • 13島津久雄():
  • 14島津秀雄():

豊州島津家

菩提寺は曹洞宗永源寺南林寺総禅寺薩摩・興国寺

  • 1島津季久():総禅寺墓地。
  • 2島津忠廉():
  • 3島津忠朝():
  • 4島津忠広():
  • 5島津忠親():
  • 6島津朝久():総禅寺墓地。
  • 7島津久賀():
  • 8島津久守():興国寺墓地。
  • 9島津久邦():興国寺墓地。
  • 10島津久兵():総禅寺墓地(1919年(大正8年)以降に南林寺墓地から改葬)。
  • 11島津久智():総禅寺墓地(同上)。
  • 12島津久起():総禅寺墓地(同上)。
  • 13島津久中():総禅寺墓地(同上)。
  • 14島津久長():総禅寺墓地(同上)。
  • 15島津久宝():総禅寺墓地(同上)。
  • 16島津久芳():総禅寺墓地。
  • 17島津久雄():総禅寺墓地。
  • 18島津久治():総禅寺墓地。
  • 19島津久忠():

市成島津家

菩提寺は最初は両足寺、のち曹洞宗瑞慶庵

  • 土岐国房():美濃の土岐家。
  • 土岐頼房():
  • (略)
  • 敷根頼賀():
  • 敷根頼兼():
  • 敷根頼元():
  • 敷根立頼():
  • 島津久頼():鹿児島藩家老。
  • 島津久達():
  • 島津久輔():
  • 島津久福():墓所は瑞慶庵。
  • 島津久命():
  • 島津久芳():
  • 島津久浮():鹿児島藩家老。瑞慶庵から登見の丘公園に改葬。
  • 島津久誠():
  • 島津久宝():
  • 土岐久賀():興国寺墓地。
  • 土岐久彦():
  • 土岐長久():

伊作島津家

菩提寺は薩摩・多宝寺。祖霊社は石亀神社

  • 1島津久長():多宝寺墓地。
  • 2島津宗久():多宝寺墓地。
  • 3島津親忠():
  • 4島津久義():多宝寺墓地。
  • 5島津勝久():多宝寺墓地。
  • 6島津教久():多宝寺墓地。
  • 7島津犬安丸():多宝寺墓地。
  • 8島津久逸():多宝寺墓地。
  • 9島津善久():多宝寺墓地。
  • 10島津忠良():日新寺殿梅岳常潤。日新偉霊彦尊。竹田神社皇軍神社の祭神。

鹿児島本宗家分家

1895年(明治28年)9月26日、勲功・大名分家として男爵。

  • 1島津忠弘():男爵。

鹿児島本宗家分家

1893年(明治26年)3月7日、大名分家として男爵。

  • 1島津忠備():男爵。

玉里島津家分家

1896年(明治29年)12月3日、大名並分家として男爵となる。

  • 1島津忠欽():今和泉島津家13代当主。のち玉里島津家に移り、分家を興す。男爵。照国神社宮司。

佐土原島津分家

1909年(明治42年)12月20日、大名分家として男爵。

  • 1島津健之助():男爵。

種子島家

1900年(明治33年)5月9日、男爵。 菩提寺は日蓮宗本源寺。墓は御坊墓地御拝塔墓地。祠型の墓も多い。

  • 1種子島信基():平行盛の子とされる。北条時政の養子という。墓は御坊墓地。
  • 2種子島信式():墓は御坊墓地。
  • 3種子島信真():墓は御坊墓地。
  • 4種子島真時():墓は御坊墓地。
  • 5種子島時基():
  • 6種子島時充():
  • 7種子島頼時():
  • 8種子島清時():
  • 9種子島時長():
  • 10種子島幡時():
  • 11種子島時氏():
  • 12種子島忠時():
  • 13種子島恵時():
  • 14種子島時尭():墓は御拝塔墓地。
  • 15種子島時次():
  • 16種子島久時():
  • 17種子島忠時():正室は島津本宗家18代目島津家久の娘。
  • 18種子島久時():
  • 19種子島久基():栖林神社祭神。
  • 20種子島久達():
  • 21種子島久芳():
  • 22種子島久照():
  • 23種子島久道():
  • 松寿院():久道の正室。島津本宗家26代目島津斉宣の娘。於隣。墓は御拝塔墓地。
  • 24種子島久珍():
  • 25種子島久尚():
  • 26種子島時丸():
  • 27種子島守時():男爵。
  • 28種子島時望():
  • 29種子島時邦():

平佐北郷家

都城島津家(北郷家)の分家。菩提寺は曹洞宗梁月寺。祠型の墓も多い。1592年(文禄1年)北郷忠虎が病没。、都城6万3000石を領していた。北郷忠能が幼少のため北郷三久が後見役となった。1594年(文禄3年)、豊臣秀吉の領地替えで宮之城平佐など3万6000石に減らされた。朝鮮出兵から帰国後、北郷忠能が宮之城2万1000石、北郷三久が平佐1万1000石となった。1599年(慶長4年)都城領主の伊集院忠真が島津家に反旗を翻すと、北郷家は島津家側で参戦。調停後、本郷家本家(都城島津家)は宮之城から都城に復帰した。

北郷三久は、1596年(慶長1年)父の菩提寺として曹洞宗梁月寺を、また1615年(元和1年)無実の罪で自害した兄の北郷相久を祀る兼喜神社を創建したという。

  • 1北郷三久():薩摩・兼喜神社の祭神。
  • 2北郷久加():
  • 3北郷久精():
  • 4北郷忠昭():
  • 5北郷久嘉():
  • 6北郷久英():
  • 7北郷久達():
  • 8北郷久伝():
  • 9北郷久陣():
  • 10北郷久珉():
  • 11北郷久敬():
  • 12北郷久新():
  • 13北郷久信():
  • 14北郷信麿():
  • 15北郷光久():
  • 16北郷高四郎():

鹿籠喜入家

菩提寺は曹洞宗長善寺。

  • 1島津忠弘():島津忠国の七男。
  • 2島津頼久():
  • 3島津忠誉():
  • 4島津忠俊():
  • 5喜入季久():
  • 6喜入久道():
  • 7喜入忠続():
  • 8喜入忠高():
  • 9喜入忠長():島津忠長。都城島津家当主となる。
  • 10喜入久亮():鹿児島藩家老。
  • 11喜入久致():
  • 12喜入久峰():
  • 13喜入久茂():
  • 14喜入久福():鹿児島藩家老。
  • 15喜入久量():
  • 16喜入久欽():
  • 17喜入久通():鹿児島藩家老。
  • 18喜入久高():鹿児島藩家老。
  • 19喜入久博():
  • 20喜入善之助():
  • 21喜入久則():
  • 喜入忠久():

蘭牟田樺山家

菩提寺は曹洞宗大翁寺。鹿児島市の郡元墓地にも祠型の合葬墓。

  • 1樺山資久():島津忠宗の五男。
  • 2樺山音久():
  • 3樺山教宗():
  • 4樺山孝久():
  • 5樺山満久():
  • 6樺山長久():
  • 7樺山信久():
  • 8樺山善久():
  • 9樺山忠助():
  • 10樺山規久():
  • 11樺山久高():
  • 12樺山久守():
  • 13樺山久辰():
  • 14樺山久尚():
  • 15樺山久広():
  • 16樺山久清():
  • 17樺山久福():
  • 18樺山忠郷():
  • 19樺山久初():
  • 20樺山久智():
  • 21樺山久言():鹿児島藩家老。近思録崩れ事件で切腹。
  • 22樺山久道():
  • 23樺山久相():
  • 24樺山久要():
  • 25樺山久徴():
  • 26樺山磐彦():
  • 27樺山不揺磨():
  • 28樺山久孝():


喜入肝付家

菩提寺は曹洞宗玉繁寺

  • 1肝付兼光():肝付家本家12代の肝付兼忠の三男。
  • 2肝付兼固():
  • 3肝付兼演():
  • 4肝付兼盛():
  • 5肝付兼寛():
  • 6肝付兼篤():
  • 7肝付兼武():玉繁寺墓地。
  • 8肝付兼屋():玉繁寺墓地。
  • 9肝付久兼():鹿児島藩家老。玉繁寺墓地。
  • 10肝付兼柄():鹿児島藩家老。玉繁寺墓地。
  • 11肝付兼逵():玉繁寺墓地。
  • 12肝付兼伯():玉繁寺墓地。
  • 13肝付兼満():玉繁寺墓地。
  • 14肝付兼般():玉繁寺墓地。
  • 15肝付兼喜():玉繁寺墓地。
  • 16肝付兼両():玉繁寺墓地。
  • 17肝付兼睦():玉繁寺墓地。
  • 18肝付米熊():玉繁寺墓地。

入来院家

菩提寺は曹洞宗寿昌寺蓮昌寺。祠型の墓が多い。

  • 1入来院定心():墓は寿昌寺墓地。
  • 2入来院明重():
  • 3入来院公重():
  • 4入来院重基():
  • 5入来院重勝():
  • 6入来院重門():
  • 7入来院重頼():
  • 8入来院重長():
  • 9入来院重茂():
  • 10入来院重豊():
  • 11入来院重聡():島津家本宗家15代の島津貴久の義父。島津義久、島津義弘の外祖父。
  • 12入来院重朝():
  • 13入来院重嗣():
  • 14入来院重豊():
  • 15入来院重時():佐土原藩島津家初代の島津以久の子。
  • 16入来院重高():蓮昌寺墓地。
  • 17入来院重通():
  • 18入来院重頼():
  • 19入来院重治():
  • 20入来院重堅():
  • 21入来院規重():
  • 22入来院明雅():
  • 23入来院定恒():
  • 24入来院定勝():
  • 25入来院定馨():
  • 26入来院定矩():墓は寿昌寺墓地。
  • 27入来院定経():
  • 28入来院定一():
  • 29入来院公寛():
  • 30入来院重通():
  • 31入来院重光():
  • 32入来院重賢():
  • 33入来院重尚():
  • 34入来院重弘():

吉利小松家

1896年(明治29年)6月9日、明治維新の勲功により伯爵となる。 菩提寺は曹洞宗園林寺。祠型の墓が多い。

  • 1禰寝清重():
  • 2禰寝清忠():
  • 3禰寝清綱():
  • 4禰寝清親():
  • 5禰寝清治():
  • 6禰寝清保():
  • 7禰寝清成():
  • 8禰寝清有():
  • 9禰寝久清():
  • 10禰寝清平():
  • 11禰寝元清():
  • 12禰寝重清():
  • 13禰寝尊重():
  • 14禰寝重就():
  • 15禰寝清年():
  • 16禰寝重長():
  • 17禰寝重張():
  • 18禰寝重政():
  • 19禰寝福寿丸():
  • 20禰寝重永():島津本宗家18代の島津家久の子。
  • 21禰寝清雄():
  • 22禰寝清純():
  • 23禰寝清方():
  • 24小松清香():
  • 25小松安千代():
  • 26小松清行():
  • 27小松清穆():
  • 28小松清猷():
  • 29小松清廉():鹿児島藩家老。幕末に活躍した。「小松帯刀」として知られる。
  • 30小松清直():
  • 31小松帯刀():祖父の勲功により伯爵となる。
  • 32小松重春():
  • 33小松従志():
  • 34小松晃道():
  • 35小松道生():
  • 36小松活也():

その他

  • 隈姫(生没年不詳):島津義弘の妻と伝える。人吉領主の相良義日(不詳)の娘。両家の不和で離縁。和睦を望んだが果たさず自害。宝現大明神。隈媛神社祭神。菩提寺は宝現寺


出水島津家(薩州家)

菩提寺は薩摩・龍光寺

  • 1島津用久():持久。
  • 2島津国久():
  • 3島津重久():島津成久
  • 4島津忠興():
  • 5島津実久():
  • 6島津義虎():
  • 7島津忠辰():

奥州家

現・本宗家の系統。大隅国守護職。薩摩国鹿児島郡地頭職。陸奥守を称す。現在からみれば本宗家そのものと呼んでも良いのだが、総州家をはじめ当時は諸家が拮抗していた。直系は島津勝久で途切れるが、血統としては島津忠国の三男の島津久逸が伊作家の養子となり、その子孫の島津貴久が島津勝久の養子となり、現在の本宗家につながる。

  • 1島津氏久(1328-1387):本宗家6代。
  • 2島津元久(1343-1411):本宗家7代。
  • 3島津久豊(1375-1425):本宗家8代。
  • 4島津忠国():本宗家9代。
  • 5島津立久():本宗家10代。
  • 6島津忠昌():本宗家11代。
  • 7島津忠治():本宗家12代。
  • 8島津忠隆():本宗家13代。
  • 9島津勝久():本宗家14代。

総州家

薩摩国守護職。上総介を称す。川内碇山城を居城とした。島津師久の墓が福昌寺墓地にあるだけで、他ははっきりしない。祭祀は断絶しているというべきか。

  • 1島津師久(1325-1376):本宗家6代。
  • 2島津伊久(1347-1407):本宗家7代。墓、菩提寺など不明。
  • 3島津守久():墓、菩提寺など不明。
  • 4島津久世():墓、菩提寺など不明。
  • 5島津久林():大義道椿。1430年(永享2年)11月1日、徳満城で島津忠国に討たれた。墓は徳満城跡?杉水流(宮崎県えびの市杉水流)の峰八幡神社(峯八幡)に祀られ、有川貞真が社殿を造営したというが(日本歴史地名大系)、現存しないようだ。

相州家

田布施領主。相模守を称す。菩提寺は常珠寺と大年寺。

  • 1島津友久():墓所は常珠寺と大年寺。菩提寺は常珠寺。
  • 2島津運久():忠幸。妻は梅窓院(1472-1525)。国饒大年彦命。墓所は常珠寺と大年寺。菩提寺は大年寺。霊社は和多利神社(上宮寺跡)。
  • 3島津忠良():島津運久の養子。梅窓院の実子。伊作島津家10代当主を兼ねる。墓所は常珠寺と大年寺。
  • 4島津忠将():垂水島津家初代。

若狭島津家

  • 1津々見忠季():
  • 2若狭忠清():
  • 3若狭忠兼():
  • 4若狭光忠():

一覧

墓地

  • 源頼朝墓:神奈川県鎌倉市西御門。島津家が修復。
  • 島津忠久墓:神奈川県鎌倉市西御門。大江広元墓、毛利季光墓と並ぶ。
  • 島津家福昌寺墓地:鹿児島県鹿児島市池之上町。6代島津師久・6代島津氏久から28代島津斉彬までの歴代当主(島津伊久を除く)と一族重臣の墓がある。曹洞宗福昌寺跡。
  • 島津家本立寺墓地:鹿児島県鹿児島市清水町。初代島津忠久、2代島津忠時、3代島津久経、4代島津忠宗、5代島津貞久の墓がある。時宗本立寺跡。
  • 島津家感応寺墓地:鹿児島県出水市野田町。初代島津忠久、2代島津忠時、3代島津久経、4代島津忠宗、5代島津貞久の墓がある。分骨墓という。臨済宗感応寺内。
  • 島津家常安墓地:鹿児島県鹿児島市上竜尾町。29代島津忠義(最後の藩主)以降歴代当主と一族の墓がある。
  • 島津家龍光寺墓地:鹿児島県出水市武本。出水島津家(薩州島津家)の墓地。龍光寺跡。初代島津用久、2代島津国久、3代島津重久(島津成久)、4代島津忠興、5代島津実久、6代島津義虎、7代島津忠辰(末代)と一族の墓がある。
  • 島津家光台寺墓地:鹿児島県指宿市今和泉。今和泉島津家の墓地。光台寺跡。
  • 島津家心翁寺墓地:鹿児島県垂水市田神。垂水島津家の墓地。6代から16代までの墓がある。心翁寺跡。
  • 島津家楞厳寺墓地:鹿児島県霧島市国分清水。垂水島津家の墓地。初代島津忠将の墓。国分清水城の楞厳寺跡。


神社

  • 照国神社:鹿児島県鹿児島市照国町。祭神は島津斉彬。別格官幣社。
  • 鶴嶺神社:鹿児島県鹿児島市吉野町。歴代当主を合祀。南泉院跡。県社。
  • 松原神社:鹿児島県鹿児島市松原町。島津貴久を祀る。南林寺跡。県社。
  • 龍尾神社:鹿児島県鹿児島市上竜尾町。祭神は島津忠久。浄光明寺跡。鶴嶺神社に合祀。
  • 平松神社:鹿児島県鹿児島市吉野町平松。元は心岳寺。祭神は島津歳久。御霊信仰。郷社。
  • 花尾神社:鹿児島県鹿児島市花尾町。祭神に丹後局(島津忠久生母)を含む。村社。
  • 一之宮神社:鹿児島県鹿児島市東俣町。祭神は島津忠久・丹後局・惟宗広言など。村社。
  • 竹田神社:鹿児島県南さつま市加世田。島津忠良を祀る。日新寺跡。県社。
  • 龍尾神社:鹿児島県出水市野田町下名。島津忠久などを祀る。無格社。
  • 若宮神社:鹿児島県出水市野田町上名。島津義虎に暗殺された島津忠兼や島津久光・山田昌厳を祀る。御霊信仰。無格社。
  • 若宮神社:鹿児島県出水市高尾野町江内。祭神は島津近久。無格社。
  • 大石神社:鹿児島県薩摩郡さつま町中津川。祭神は島津歳久・祁答院良重。無格社。
  • 精矛神社:鹿児島県姶良市加治木町日木山。島津義弘を祀る。県社。大隅・本誓寺霊廟の祭祀を継承した。
  • 隈媛神社:鹿児島県姶良市加治木町木田。隈媛(島津義弘の妻)を祀る。宝現寺跡。村社。
  • 徳重神社:鹿児島県日置市伊集院町徳重。島津義弘を祀る。妙円寺旧地。県社。
  • 石亀神社:鹿児島県日置市吹上町中原。伊作島津家歴代。多宝寺跡。無格社。
  • 殿加神社:鹿児島県垂水市田神。島津忠将を祀る。無格社。
  • 高千穂神社:鹿児島県大島郡徳之島町亀津。祭神に島津貴久を含む。郷社。
  • 佐土原神社:宮崎県宮崎市佐土原町上田島。藩主島津以久と島津忠寛を祀る。無格社。
  • 旭丘神社:宮崎県都城市姫城町。祭神に島津義弘を含む。村社。
  • 兼喜神社:宮崎県都城市都島町。北郷相久を祀る。御霊信仰。村社。
  • 大安神社:宮崎県宮崎市佐土原町。祭神は島津忠将。広瀬神社に合祀。
  • 兼喜神社:鹿児島県薩摩川内市平佐町。祭神は北郷時久・北郷相久・北郷三久。御霊信仰。無格社。
  • 皇軍神社:鹿児島県鹿児島市。廃絶。
  • 忠元神社:鹿児島県伊佐市大口原田。新納忠元を祀る。村社。
  • 小城権現社:鹿児島県鹿児島市吉野町付近。島津忠国。廃絶。
  • 大平神社:鹿児島県鹿児島市下伊敷。島津義久。妙谷寺跡。廃絶。
  • 伊作家相州家の祖霊社:鹿児島県南さつま市加世田。竹田神社脇。廃絶。
  • 長谷神社:鹿児島県鹿児島市池之上町。島津家久。福昌寺跡。廃絶。
  • 護国権現社(江戸高輪邸):東京都港区高輪。祭神は島津重豪。廃絶。
  • 護国権現社(不断光院):鹿児島県鹿児島市易居町。祭神は島津重豪。廃絶か。
  • 小鷹神社:鹿児島県鹿児島市皆与志町。祭神に島津義弘を含む。村社。
  • 志布志・松原神社:鹿児島県志布志市志布志町帖。祭神は島津貴久。無格社。
  • 大口・松原神社:鹿児島県伊佐市大口鳥巣。祭神は島津貴久。無格社。
  • 菱刈・松原神社:鹿児島県伊佐市菱刈市山。祭神は島津貴久。無格社。
  • 徳之島・松原神社:鹿児島県大島郡徳之島町。祭神は島津貴久。高千穂神社に合祀。
  • 大島・平松神社:鹿児島県伊佐市大口大島。祭神は島津歳久。
  • 鶴田・平松神社:鹿児島県薩摩郡さつま町鶴田。祭神は島津歳久。
  • 金吾様祠:鹿児島県薩摩郡さつま町求名。祭神は島津歳久。稲富神社境内に遷座。
  • 西原神社:鹿児島県伊佐市大口原田。祭神は島津忠明・島津忠次。御霊信仰。
  • 若宮神社:鹿児島県伊佐市大口。祭神は島津忠次。御霊信仰。
  • 本名八幡宮:鹿児島県鹿児島市本名町。祭神に島津歳久を含む。村社。
  • 本城花尾神社:鹿児島県鹿児島市本城町。祭神は花尾大明神と丹後局。創建不詳。1699年(元禄12年)現在地に遷座。村社。
  • 花野花尾神社:鹿児島県鹿児島市岡之原町花野。1935年(昭和10年)4月、南方神社に合祀。
  • 都城島津家祖霊社:宮崎県都城市都島町。


  • 近都宮神社:鹿児島県鹿児島市油須木町。祭神は島津忠季。村社。
  • 亀ケ城神社:鹿児島県南さつま市金峰町尾下。祭神は島津忠良・島津貴久。無格社。
  • 和多利神社:鹿児島県南さつま市金峰町宮崎。祭神は島津運久・島津忠良。村社。上宮寺跡。1870年(明治3年)5月創建。

寺院

薩摩国

  • 福昌寺:鹿児島県鹿児島市池之上町。薩摩国鹿児島郡。廃絶。のち復興。曹洞宗。
  • 浄光明寺:鹿児島県鹿児島市上竜尾町。薩摩国鹿児島郡。廃絶。のち復興。時宗。
  • 本立寺:鹿児島県鹿児島市清水町。薩摩国鹿児島郡。廃絶。時宗。
  • 南泉院:鹿児島県鹿児島市照国町。薩摩国鹿児島郡。鹿児島東照宮別当。天台宗。薩摩・大隅・日向の天台宗触頭。
  • 南林寺:鹿児島県鹿児島市松原町。薩摩国鹿児島郡。本尊は釈迦如来。島津貴久の菩提寺。曹洞宗。廃絶。跡地に松原神社、南洲寺などがある。
  • 心岳寺:鹿児島県鹿児島市吉野町平松。薩摩国鹿児島郡。曹洞宗。日置島津家祖の島津歳久の菩提寺。廃絶。
  • 興国寺:鹿児島県鹿児島市冷水町。薩摩国鹿児島郡。豊州島津家。曹洞宗。
  • 妙谷寺:鹿児島県鹿児島市下伊敷。薩摩国鹿児島郡。島津義久の菩提寺。廃絶。大平神社が建てられた。
  • 永源寺:鹿児島県薩摩川内市祁答院町黒木。薩摩国薩摩郡。豊州島津家。曹洞宗。
  • 大翁寺:鹿児島県薩摩川内市祁答院町。薩摩国薩摩郡。〓牟田樺山家。
  • 梁月寺:鹿児島県薩摩川内市平佐町。薩摩国薩摩郡。平佐北郷家。
  • 寿昌寺:鹿児島県薩摩川内市入来町副田。薩摩国薩摩郡。入来院家。
  • 曇秀寺:鹿児島県薩摩郡さつま町旭町。薩摩国薩摩郡。曹洞宗。
  • 宗功寺:鹿児島県薩摩郡さつま町虎居。薩摩国薩摩郡。宮之城島津家。臨済宗。妙心寺末。
  • 興全寺:鹿児島県薩摩郡さつま町広瀬。薩摩国薩摩郡。真言宗。佐志島津家。
  • 日新寺:鹿児島県南さつま市加世田武田。薩摩国川辺郡。曹洞宗。廃絶。跡地に竹田神社がある。
  • 西福寺:鹿児島県南九州市知覧町。薩摩国川辺郡。曹洞宗。知覧島津家。
  • 長善寺:鹿児島県枕崎市桜山本町。薩摩国川辺郡。鹿籠喜入家。
  • 妙円寺:鹿児島県日置市伊集院町徳重。薩摩国日置郡。曹洞宗。島津義弘の菩提寺。跡地に徳重神社がある。
  • 多宝寺:鹿児島県日置市吹上町。薩摩国日置郡。臨済宗。伊作島津家の菩提寺。
  • 天昌寺:鹿児島県日置市吹上町永吉。薩摩国日置郡。佐土原島津家の菩提寺。永吉島津家。廃絶。曹洞宗。
  • 梅天寺:鹿児島県日置市吹上町永吉。薩摩国日置郡。永吉島津家。曹洞宗。
  • 龍雲寺:鹿児島県日置市東市来町長里。薩摩国日置郡。島津立久墓。
  • 大乗寺:鹿児島県日置市日吉町日置。薩摩国日置郡。日置島津家。曹洞宗。
  • 桂山寺:鹿児島県日置市日吉町日置。薩摩国日置郡。日置島津家2代島津忠隣の菩提寺。曹洞宗。
  • 園林寺:鹿児島県日置市日吉町吉利。薩摩国日置郡。吉利小松家。
  • 清泉寺:鹿児島県鹿児島市下福元町。薩摩国谿山郡。新城島津家。曹洞宗。
  • 玉繁寺:鹿児島県鹿児島市喜入町旧麓。薩摩国揖宿郡。喜入肝付家。
  • 光台寺:鹿児島県指宿市今和泉。薩摩国揖宿郡。今和泉島津家。時宗。
  • 感応寺:鹿児島県出水市野田町。薩摩国出水郡。栄西旧跡。島津家菩提寺の臨済宗寺院。臨済宗相国寺派。
  • 龍光寺:鹿児島県出水市武本。薩摩国出水郡。出水島津家。
  • 円通寺:鹿児島県伊佐市大口鳥巣。薩摩国伊佐郡。曹洞宗。島津貴久の位牌所。

大隅国

  • 心翁寺:鹿児島県垂水市田神。大隅国肝属郡。垂水島津家。廃絶。曹洞宗。
  • 浄珊寺:鹿児島県垂水市新城。大隅国肝属郡。新城島津家。曹洞宗。
  • 貫名寺:鹿児島県垂水市新城。大隅国肝属郡。新城島津家。曹洞宗。浄珊寺の前身。
  • 真如院:鹿児島県鹿屋市花岡町。大隅国肝属郡。花岡島津家。廃絶。天台宗。
  • 宝現寺:鹿児島県姶良市加治木町木田。大隅国姶良郡。真言宗。廃絶。跡地に隈姫神社がある。
  • 能仁寺:鹿児島県姶良市加治木町。大隅国姶良郡。加治木島津家。歴代墓地。曹洞宗。
  • 長年寺:鹿児島県姶良市加治木町。大隅国姶良郡。加治木島津家。曹洞宗。
  • 本誓寺:鹿児島県姶良市加治木町反土。大隅国姶良郡。浄土宗。島津義弘。廃絶。精矛神社が霊廟の祭祀を継承した。
  • 紹隆寺:鹿児島県姶良市平松。大隅国姶良郡。重富島津家。曹洞宗。のち時宗。
  • 総禅寺:鹿児島県姶良市帖佐。大隅国姶良郡。豊州島津家。曹洞宗。
  • 楞厳寺:鹿児島県霧島市国分清水。大隅国姶良郡。曹洞宗。垂水島津家初代島津忠将の墓。国分清水城の楞厳寺跡。
  • 瑞慶庵:鹿児島県鹿屋市輝北町市成。大隅国曽於郡。市成島津家。曹洞宗。
  • 両足寺:鹿児島県鹿屋市輝北町市成。大隅国曽於郡。市成島津家。跡地不詳。

日向国

  • 高月院:宮崎県宮崎市佐土原町上田島。日向国宮崎郡。佐土原島津家の菩提寺。中心的な藩主墓地がある。浄土宗。
  • 自得寺:宮崎県宮崎市佐土原町上田島。日向国宮崎郡。佐土原島津家の菩提寺。廃絶。臨済宗。
  • 大光寺:宮崎県宮崎市佐土原町上田島。日向国宮崎郡。佐土原島津家の菩提寺。臨済宗。
  • 天昌寺:宮崎県宮崎市佐土原町上田島。日向国宮崎郡。永吉島津家。
  • 日向・地福寺:宮崎県日南市南郷町榎原甲。日向国那珂郡。廃絶。飫肥城主島津忠広の菩提寺。島津忠広供養塔があった。
  • 龍峰寺:宮崎県都城市都島町。日向国諸県郡。廃絶。墓地が残る。都城島津家。曹洞宗。
  • 山久院:宮崎県都城市庄内町。日向国諸県郡。廃絶。豊幡神社が残る。
  • 釣コウ院:宮崎県都城市庄内町。日向国諸県郡。廃絶。
  • 永泰寺:鹿児島県志布志市志布志町帖。日向国諸県郡。曹洞宗。島津貴久の位牌所。

その他

  • 大円寺:東京都杉並区和泉。武蔵国多摩郡。曹洞宗。
  • 東北寺:東京都渋谷区広尾。武蔵国豊島郡。佐土原島津家。臨済宗妙心寺派。
  • 東福寺即宗院:京都府京都市東山区本町。山城国紀伊郡。東福寺塔頭。臨済宗東福寺派。
  • 大雲院:京都府京都市東山区祇園町南側。佐土原島津家の菩提寺。浄土宗。
  • 浄福寺:京都府
  • 瑠璃光寺:岐阜県大垣市上石津町上多良。美濃国安八郡。曹洞宗。島津豊久。


  • 称名寺:鹿児島県薩摩川内市向田町。時宗。本尊は阿弥陀如来。世嗣島津宗久(1322-1340)・島津師久(1325-1376)の菩提寺で墓所。遊行上人7世託阿の創建。当初は御仮屋の地にあったが、のち向田町に移転。1869年(明治2年)廃絶。福寿院。法昌山。川内山。
  • 大慈寺即心院:鹿児島県志布志市志布志町帖。奥州家6代島津氏久の菩提寺。
  • 龍翔寺:鹿児島県鹿屋市大姶良町。奥州家6代島津氏久の菩提寺。
  • 隆盛院:鹿児島県鹿児島市草牟田。曹洞宗。1519年(永正16年)福昌寺11世の天祐宗津(1462-1532)が島津忠昌に招かれて創建。鹿児島城の地にあった。1602年(慶長7年)草牟田に移転。島津忠隆の菩提寺。隆盛寺。龍盛院。龍清院。
  • 島陰寺:鹿児島県鹿児島市。桂庵玄樹(1427-1508)が島津忠昌の招きで創建。桂樹庵。桂樹院。跡地不詳。
  • 彦山寺:宮崎県えびの市東川北。真言宗。島津久保の菩提寺。
  • 天徳寺:鹿児島県日置市吹上町湯之浦。島津貞久の墓。臨済宗。伊作親忠の菩提寺。1213年(建保1年)創建。旧称は東福寺。1869年(明治2年)廃絶。
  • 東帰庵:鹿児島県鹿児島市伊敷町。
  • 杉本寺:鹿児島県加世田市川畑。島津忠国の菩提寺。今泉寺の子院。島津忠国の遺骸を収めた六角堂があった。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%A5%AD%E7%A5%80」より作成

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