ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

南朝人物旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年6月29日 (土)

移動: 案内, 検索

日本の南朝


目次

一覧

天皇


後醍醐帝の皇子女

    • 恒性王(1305-1333):真言僧。大覚寺門跡27世。元弘の変で越中に配流され、幽閉。天皇の隠岐脱出で警戒されて幕命で名越時有に殺害された。大覚寺宮越中宮
    • 護良親王(1308-1335):天台僧。梶井門跡31世。天台座主、征夷大将軍を歴任。父帝との不和のため、謀反を疑われ、鎌倉に幽閉。中先代の乱の混乱で足利尊氏の弟直義に殺害された。逃れて落ち延びた潜行譚など様々な伝説がある。僧名は尊雲法親王。通称は大塔宮
    • 世良親王(?-1330):若くして没した皇族。
    • 尊良親王(1311-1337):元弘の変で土佐配流。足利尊氏に敗れ、金崎城で新田義貞とともに高師泰と戦うが敗北。一品中務卿親王
    • 宗良親王(1311-1385?):天台僧。天台座主。妙法院門跡24世。元弘の変で讃岐配流。井伊城に入る。信濃小笠原氏に擁立される。歌人で『新葉和歌集』を編纂。尊澄法親王信濃宮信州中書王
    • 懽子内親王(1315-1362):斎宮となるが、父帝の隠岐配流を受けて退任。光厳上皇の後宮となる。のち深草保安寺(法安寺)に入る。宣政門院。墓所不明。
    • 瓊子内親王(1316-1339):時宗尼。父帝を追って隠岐に渡ろうとするが、伯耆国車尾(くずお)に軟禁される。ここで、清浄光寺5世安国(6世一鎮とも)に帰依。伯耆・安養寺を創建。法名は安養
    • 無文元選(1323-1390):臨済僧。可翁宗然や雪村友梅に師事。元で古梅正友から法を嗣ぐ。奥山朝藤に招かれ、遠江・方広寺開山となる。他に京都帰休庵、三河広沢寺、美濃了義寺などを創建。聖鑑国師円明大師
    • 恒良親王(1324?-1338):元弘の変で但馬配流となるが、静尊法親王とともに太田守延に奉じられて京都を攻める。建武政権で皇太子。金崎城で新田義貞とともに高師泰と戦うが敗北。拘束され京都で毒殺されたという。墓所不明。
      • 金崎宮
    • 法仁法親王(1325-1352):真言僧。仁和寺門跡16世。六勝寺検校。躬良親王
    • 成良親王(1326-1344):南朝出身だが、北朝方に着いた皇子。足利直義が倒幕のため鎌倉に下る時に擁した。中先代の乱で京都に戻る。征夷大将軍となるが、尊氏が政権を確立すると北朝の光明天皇の皇太子となる。しかし、後醍醐天皇が吉野に移ると皇太子を廃された。
    • 懐良親王(1329-1383):尊氏が離反すると征西将軍宮に任命され、五条頼元とともに四国を経て九州へ。大宰府を占領し、菊池家阿蘇家の支持を得て九州における南朝の要となる。筑後国矢部に隠退。鎮西宮九州宮
    • 玄円法親王(?-1348):南都僧。興福寺一乗院門跡
    • 龍泉令淬(?-1364):臨済僧。虎関師錬に師事。承天寺万寿寺などに住す。
    • 用堂(?-1396):臨済尼。護良親王の供養のために鎌倉・東慶寺住職5世となる。
    • 満良親王(生没年不詳):土佐で活躍した花園宮、周防で令旨を多数発した常陸親王と同一人物と考えられている。
    • 祥子内親王(生没年不詳):最後の斎宮。臨済尼。伊勢には下向せず、後、尼となり深草保安寺に入ったという。また伊勢の伝説では熊野に住んだ後、伊勢慶光院を創建したともいう。法名は周徳
    • 聖助法親王(生没年不詳):天台僧。聖護院門跡23世。
    • 静尊法親王(生没年不詳):天台僧。聖護院門跡24世。元弘の変で但馬配流となるが、恒良親王とともに太田守延に奉じられて京都を攻める。その後の行方は不詳。恵尊法親王
    • 尊真(生没年不詳):真言僧。醍醐寺に入る。通称醍醐宮
    • 源光(生没年不詳):伝説的な浄土真宗僧。後醍醐天皇が吉野光遍寺を行宮とした時に産まれたとされる皇子。同寺5世となる。俗名は賢光とされる。

後村上帝の皇子女

  • 惟成親王(生没年不詳):臨済僧。護聖院宮初代か。法名は梅隠祐常
  • 師成親王(生没年不詳):臨済僧。伊勢南陽寺(不詳)に入り、大内氏に招かれて周防の山口法泉寺(現在は宇部に移転)に移った。法名は竺源恵梵爛雲子
  • 良成親王(生没年不詳):懐良親王から征西将軍職を譲られる。矢部で死去したという。通称後征西将軍宮
  • 説成親王(生没年不詳):通称上野宮

長慶帝の皇子女

後亀山帝の皇子女

その他の皇族

  • 守良親王(生没年不詳):亀山天皇皇子。覚浄(覚静)。子に宗覚。
  • 恒明親王(1303-1351):亀山天皇皇子。常磐井宮初代。後醍醐天皇を補佐するが、吉野に行かなかった?
  • 尊観法親王(1349-1400):時宗僧。恒明親王の王子という。遊行上人12世。下関・専念寺に治定尊観親王墓がある。深勝法親王。師阿。他阿。
  • 雛鶴姫(生没年不詳):護良親王の妃
  • 日叡(1352-1400):護良親王の王子。
  • 小大塔ノ宮:和歌山県東牟婁郡北山村に伝わる、護良親王の王子。
  • 陸良親王(生没年不詳):護良親王の王子と言われる。南朝から反旗を翻す。赤松宮。興良親王と同一人物という説もある。
    • 親王塚:姫路市
  • 興良親王(生没年不詳):護良親王の王子。
  • 守永親王(生没年不詳):尊良親王の王子。宇津峰宮とされる
  • 良玄法親王():尊良親王の王子。興福寺一乗院門跡24代。
  • 尹良親王(1364-1424):宗良親王の第2王子。
  • 国良親王():宗良親王の王子。
    • 国良親王墓:群馬県太田市。円福寺内。円福寺茶臼山古墳。
  • 明光宮():宗良親王の王子。
  • 良王親王():尹良親王の王子。津島神社社家の氷室家の始祖。
  • 円悟法親王():説成親王の王子。円満院門跡。
  • 円胤法親王():説成親王の王子。円満院門跡。
  • 聖淳(?-1434):説成親王の王子。謀反の疑いで足利義教に処刑された。相応院新宮。
  • 直仁親王(1335-1398) :北朝花園天皇の皇子。皇太弟を廃されたため、南朝方に付く。萩原宮。

後南朝

  • 聖承親王(?-1443):恒敦皇子の王子。小倉宮2代。俗名は泰仁親王、良泰親王ともいうが不詳。小倉宮。樋口宮。
  • 教尊親王(生没年不詳):聖承親王の王子。小倉宮3代。勧修寺門跡となるが、禁闕の変で関与を疑われて隠岐に配流。
    • 教尊親王墓:島根県隠岐郡知夫村。知夫里島。松養寺内。
  • 尊義王(生没年不詳):実在不明。空因親王とも。後亀山天皇の皇孫という。
  • 尊秀王(生没年不詳):禁闕の変を起こす。北山宮と同一人物説もある。
  • 北山宮(?-1457):尊義王の王子ともいう。尊秀王と同一人物説もある。赤松家遺臣に殺害される。自天王。
  • 河野宮():尊義王と同一人物とも。
  • 忠義王(?-1457):北山宮の弟。尊義王の王子ともいう。河野宮を称す。赤松家遺臣に殺害される。
    • 忠義王墓:奈良県吉野郡北山村。金剛寺内。
    • 南帝王陵:
  • 通蔵主(?-1443):臨済宗相国寺の僧侶。禁闕の変で四国流罪となるが途中で死去。
  • 金蔵主(?-1443):臨済宗万寿寺の僧侶。通蔵主の弟。後亀山天皇皇子とも世明王の王子ともいう。禁闕の変で戦死。
  • 梵勝(生没年不詳):臨済宗相国寺の僧侶。玉川宮の子孫という。
  • 梵仲(生没年不詳):臨済宗相国寺の僧侶。梵勝の弟。玉川宮の子孫という。

楠木一族

  • 楠木正成(1294-1336):河内出身の武将。湊川の戦いで戦死。
  • 楠木正季(?-1336):正成の弟。湊川の戦いで戦死。
  • 楠木正家(?-1349):正成の弟か。四條畷の戦いで戦死。
  • 楠木正行(1326-1348):正成の長男。四條畷の戦いで戦死。
  • 楠木正時(?-1348):正成の次男。四條畷の戦いで戦死。
  • 楠木正儀(生没年不詳):正成の三男。正行の死後、楠木家の当主となる。北朝に下る。
  • 和田賢秀(?-1348):正季の子という。
  • 和田正朝(?-1348):正季の子?賢秀の弟。四条畷で戦死。
  • 楠木正勝(生没年不詳):正儀の子。
  • 楠木正元(?-1393):正儀の子。正勝の弟。
  • 傑堂能勝(1355-1427):正儀の子。曹洞宗僧。通幻寂霊、梅山聞本に師事。
  • 楠木光正
  • 楠木正成妻(生没年不詳):正成の妻。久子とも言われるが不明。
    • 御妣神社(四条畷神社内)
    • 甘南備神社(湊川神社合祀)
    • 楠母神社
    • 楠妣庵
  • 和田正隆(?-1336)
  • 和田正遠(?-1336):湊川で戦死。
  • 和田正武()
  • 和田正忠(生没年不詳):
  • 橋本正高(?-1380):
  • 橋本正茂(生没年不詳):
    • 橋本神社(三春大神宮)
  • 神宮寺正師(?-1336):湊川で戦死
  • 大塚惟正(?-1348):四條畷で戦死
  • 恩地左近(生没年不詳):神職。楠木正行に従う

北畠一族

  • 北畠親房(1293-1354)
  • 北畠顕家(1318-1338):親房の長男。
  • 北畠顕信(生没年不詳):親房の次男。
    • 霊山神社
  • 北畠顕能(生没年不詳):親房の三男。
    • 北畠神社
  • 北畠守親(生没年不詳):顕信の子。
    • 霊山神社
  • 北畠具行:
    • 留魂社(北畠神社内)
  • 北畠満雅:
    • 留魂社(北畠神社内)
  • 北畠具教:
    • 留魂社(北畠神社内)

新田一族

菊池一族

  • 菊池武時(1292?-1333)
  • 菊池武重(生没年不詳):武時の子。
    • 菊池神社
  • 菊池武光(?-1373):武時の子。武重の弟。
    • 菊池神社
  • 菊池武政
    • 菊池神社
  • 菊池武吉
    • 湊川神社
  • 菊池武朝
  • 菊池武房
    • 城山神社(菊池神社内)
  • 菊池重朝
    • 城山神社(菊池神社内)
  • 菊池経隆

その他

貴族

  • 日野資朝(1290‐1332):
    • 日野資朝墓:新潟県佐渡市。妙宣寺内。
    • 大膳神社:新潟県佐渡市。
    • 真野宮:新潟県佐渡市。
    • 御影神社:奈良県吉野郡吉野町。吉野神宮内。
    • 森山八幡宮:高知県高知市春野町。
  • 日野俊基(?-1332):
    • 日野俊基墓:神奈川県鎌倉市梶原。葛原岡神社内。
    • 葛原岡神社:神奈川県鎌倉市梶原。
    • 御影神社:奈良県吉野郡吉野町。吉野神宮内。
  • 日野朝保:
    • 森山八幡宮:高知県高知市春野町。
  • 近衛宗康(?-1333):恒性王の随臣。
  • 勧修寺家重(?-1333):恒性王の随臣。
  • 日野直通(?-1333):恒性王の随臣。
  • 万里小路宣房(1258-1348):後醍醐天皇の側近。
  • 吉田定房(1274-1338):
    • 吉田定房墓:奈良県吉野郡吉野町。
  • 万里小路藤房(1295-?):宣房の子。後醍醐天皇の側近だったが、親政で対立。行方不明。出家して授翁宗弼(1296-1380)となったという説もある。
  • 花山院師賢(1301-1332)
  • 千種忠顕(?-1336):
  • 四条隆資(1292-1352):
    • 四条隆資墓:京都府八幡市。正平塚古墳。
  • 坊門清忠(?-1338):後醍醐天皇に仕えた。吉野で死去。
  • 二条為冬(?-1335):
  • 四条隆俊(?-1373):

僧侶

  • 円観(1281-1356):
  • 吉水院宗信(生没年不詳)
  • 大膳坊賢栄()
    • 大膳神社:佐渡
  • 明極楚俊(1262‐1336):中国出身の禅僧。広厳寺を開いたという。後醍醐天皇が帰依。

神職

その他

  • 井伊道政(1309-1404)
    • 井伊社(井伊谷宮内)
  • 井伊高顕(?-1386?):
    • 井伊社(井伊谷宮内)


  • 竹原八郎(1276-1347):
  • 伊達行朝(1291-1348):
  • 足助重範(1292-1332):
  • 里見時成(1309-1337)
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 里見義氏(?-1337):
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 宇都宮隆房(1329-1359)
    • 宇都宮神社
  • 宇都宮公綱(1302-1356)
  • 村上義光(?-1333)
    • 村上義光墓:吉野にある。
    • 村上社(鎌倉宮内)
  • 村上義隆(1316-1333):村上義光の子。
  • 太田守延(?-1333)
  • 名和長年(?-1336)
  • 結城宗広(?-1338)
  • 結城親光(?-1336):宗広の次男。
  • 土居通増(?-1336):伊予国河野氏。近江国で戦死。
    • 瀧桜神社(吉野神宮内)
    • 正応寺
    • 大川神社
    • 土居城跡供養塔
    • 星岡表忠之碑
  • 得能道綱(?-1337)
    • 瀧桜神社(吉野神宮内)
  • 藤原行房(?-1337)
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 瓜生保(?-1337):
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 瓜生義鑑():
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 由良具滋(?-1337):
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 南部師行(?-1338)
  • 村山信義 (生没年不詳):
  • 五条頼治(生没年不詳):矢部山城を拠点に懐良親王、良成親王に仕えた武将。
  • 宍草吉重(生没年不詳):
    • 吉重命霊社
  • 長浜顕寛
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 武田与一
    • 絹掛神社(金崎宮内)
  • 南の方():護良親王の世話をした。日叡の母という。
    • 南方社(鎌倉宮内)
  • 谷山隆信()
  • 栗生頼方()
  • 奥山朝藤:方広寺開基
  • 弁内侍(生没年不詳):日野俊基の娘。楠木正行に従い、菩提を弔う。
  • 荻野朝忠(生没年不詳):千種忠顕に従う。のち北朝方。
  • 堀田正泰():
  • 西条倫房():市川倫房。市河倫房。米沢藩家臣西条家の祖。米沢市の西条天満神社に祀る。西条天満神社は市内の皇大神社に合祀。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%8D%97%E6%9C%9D%E4%BA%BA%E7%89%A9%E6%97%A7%E8%B7%A1」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール