ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

紫衣勅許寺院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年7月21日 (水)

紫衣下賜寺院から転送)
移動: 案内, 検索

紫衣下賜寺院は、天皇から歴代住職が紫衣を着用することを許可された寺院。紫衣地常紫衣

紫衣は多くの国家仏教制度と同じく、中国から輸入されたもの。基本的には僧侶個人に与えるものだが、その地位に付随することが多くなった。

本来は朝廷の権限だが、江戸時代には徳川幕府により厳しく統制された。そのためか近世に新たに許可された寺院は徳川家ゆかりの浄土宗寺院が多いようだ。宗派によって位置付けに差があり、浄土宗では多数の寺院が認められたが、近世の曹洞宗では永平寺総持寺の住職のみ認められた。青蓮院門跡が各宗派の紫衣を管轄したともいうが不詳。

目次

歴史

中国

  • 689年:則天武后が法朗ら9人に下賜。紫衣の初例。
  • 宋代の真宗皇帝、日本天台僧の寂照に紫衣を下賜。
  • 宋代の太宗皇帝、日本三論僧の奝然に紫衣を下賜。
  • 宋代との神宗皇帝、日本天台僧の成尋に紫衣を下賜。

日本

  • 735年(天平7年):聖武天皇、玄昉に紫袈裟を下賜。紫袈裟の初例。
  • 延喜式で御斎会の法服を講師は浅紫綾と定める
  • 1141年(永治1年)8月:鳥羽上皇、青蓮院行玄に紫の法衣(紫袍)を賜う。紫袍の初例。
  • 1608年(慶長13年)9月6日:徳川家康、増上寺・光明寺・善導寺以外の紫衣を禁止する旨を知恩院に通達する(知恩院文書)。実際にどうなったのか不詳。
  • 1613年(慶長18年):徳川幕府、「勅許紫衣法度」を制定。
  • 1615年(元和1年):徳川幕府、「禁中並公家諸法度」を制定。
  • 1627年(寛永4年):紫衣事件。
  • 1629年(寛永6年):紫衣事件で沢庵ら配流。
  • 1728年(享保13年)5月11日:増上寺録所が「約定五箇条改訂」を下した紫衣地六カ寺は伝通院・誓願寺・天徳寺・霊山寺・霊巌寺・幡随院の6寺という(山門通規)。
  • 1869年(明治2年)9月:維新政府は「永宣旨」停止を達したので、宣旨綸旨類は法的根拠を失い、紫衣勅許も無効となった。

一覧

紫衣法度

三上人

曹洞宗

  • 永平寺:1539年10月7日、後奈良天皇の綸旨で紫衣の出世道場だと再確認。
  • 総持寺:後醍醐天皇より紫衣。
  • 陸奥・正法寺:1616年の曹洞宗法度まで末代まで紫衣紅服。

浄土宗

  • 知恩院:京都府京都市東山区林下町。
  • 増上寺:東京都港区芝公園。1599年(慶長4年)9月6日、紫衣綸旨を賜る(増上寺文書)。1608年(慶長13年)11月12日、常紫衣綸旨と勅願所綸旨を賜る(増上寺文書)。
  • 金戒光明寺:京都府京都市左京区黒谷町。1610年(慶長15年)、紫衣。1616年(元和2年)8月22日、紫衣綸旨(金戒光明寺文書)。引込紫衣地。
  • 清浄華院:京都府京都市上京区北之辺町。1558年(永禄1年)10月2日、紫衣綸旨を賜る(清浄華院文書)。1586年(天正14年)6月2日、紫衣綸旨(西福寺文書)。引込紫衣地。
  • 知恩寺:京都府京都市左京区田中飛鳥井町。1544年(天文13年)4月11日、紫衣綸旨を賜る(知恩寺文書)。1553年(天文22年)6月25日、紫衣の永宣旨を賜る(知恩寺文書)。1601年(慶長6年)紫衣許可(幡随意上人行状)。引込紫衣地。
  • 飯沼・弘経寺:茨城県常総市豊岡町。1634年(寛永11年)5月19日、常紫衣の綸旨を賜る(飯沼弘経寺文書)。
  • 伝通院:東京都文京区小石川。1615年(元和1年)に常紫衣の綸旨を得る。1623年(元和9年)3月29日、常紫衣綸旨を賜る(小石川伝通院志)。
  • 鎌倉光明寺:神奈川県鎌倉市材木座。1495年(明応4年)5月2日、後土御門天皇から代々紫衣の綸旨(光明寺文書)。
  • 常陸・常福寺:茨城県那珂市瓜連。1677年(延宝5年)、徳川光圀の奏達で常紫衣。1676年(延宝4年)5月3日、常紫衣綸旨を賜る(常福寺文書)。
  • 大光院:群馬県太田市金山町。徳川家遠祖新田義重の菩提寺。1622年(元和8年)9月10日、常紫衣綸旨を賜る(大光院文書)。
  • 霊巌寺:東京都江東区白河。1728年(享保13年)5月11日時点で「紫衣地六カ寺」の一つに数えられている(山門通規)。
  • 善導寺:福岡県久留米市善導寺町飯田。1623年(元和9年)3月17日、常紫衣の綸旨を賜る(善導寺文書、寛延記)。
  • 法然寺:香川県高松市仏生山町。高松藩主松平家の菩提寺。1775年(安永4年)、永代紫衣(和漢三才図会)。1675年(延宝3年)閏4月24日、常紫衣綸旨を賜る(法然寺文書)。
  • 大阿弥陀経寺:大阪府堺市堺区寺地町東。後村上天皇、紫衣。1342年(興国3年/康永1年)、光明天皇より智演に紫衣とも(鎮流祖伝)。
  • 佐太来迎寺:大阪府守口市佐太中町。1347年(正平2年/貞和3年)の開創まもなく、後村上天皇から常紫衣。戦乱で綸旨を焼失したため、1706年(宝永3年)、再度常紫衣の綸旨。
  • 高月院:愛知県豊田市松平町。松平親氏、松平泰親の菩提寺。1701年(元禄14年)5月21日、常紫衣を許可される(徳川実紀)。
  • 大樹寺:愛知県岡崎市鴨田町広元。1606年(慶長11年)9月7日、後陽成天皇から勅願所に准じ常紫衣を許される(大樹寺文書)。引込紫衣地。
  • 信光明寺:愛知県岡崎市岩津町東山。1663年(寛文3年)12月5日、常紫衣を許可される(徳川実紀)。
  • 松応寺:愛知県岡崎市松本町。松平広忠(徳川家康父)の菩提寺。1634年(寛永11年)3月27日、常紫衣の綸旨。
  • 宝台院:静岡県静岡市葵区常磐町。徳川家康側室西郷局の墓所で、駿府における徳川家の菩提寺。1628年(寛永5年)5月19日、後水尾天皇から常紫衣綸旨を賜る(宝台院文書)。引込紫衣地。
  • 江戸・霊山寺:東京都墨田区横川。1728年(享保13年)5月11日時点で「紫衣地六カ寺」の一つに数えられている(山門通規)。
  • 幡随院:東京都小金井市前原町。1728年(享保13年)5月11日時点で「紫衣地六カ寺」の一つに数えられている(山門通規)。
  • 江戸・天徳寺:東京都港区虎ノ門。1585年(天正13年)以前に紫衣を賜る。1698年(元禄11年)10月18日、東山天皇から常紫衣の綸旨を賜る(徳川実紀)。引込紫衣地。
  • 浅草誓願寺:東京都府中市紅葉丘。徳川綱吉母の桂昌院の帰依を受け、1698年(元禄11年)7月29日、常紫衣を許可される(徳川実紀)。引込紫衣地。元は浅草にあった。
  • 英勝寺:神奈川県鎌倉市扇ガ谷。1643年(寛永20年)、常紫衣の宣旨が下った。
  • 武蔵・勝願寺:埼玉県鴻巣市本町。1606年(慶長11年)8月23日、後陽成天皇より紫衣綸旨(勝願寺文書)。以後代々。
  • 運正寺:福井県福井市足羽。福井藩主結城秀康の菩提寺。8世梵誉の時に常紫衣の綸旨を賜る(新纂浄土宗大辞典)。
  • 建中寺:愛知県名古屋市東区筒井。名古屋藩主徳川義直の菩提寺。1652年(承応1年)6月22日、常紫衣を許される(徳川実紀)。1651年(慶安4年)上洛して常紫衣地無本寺の綸旨を賜る(新纂浄土宗大辞典)とも。


  • 立政寺:岐阜県岐阜市西荘。1391年(元中8年/明徳2年)代々紫衣着用許可を得た。西山流で初。
  • 三河・大林寺:愛知県岡崎市魚町。松平清康、春姫、松平広忠の墓がある。 1710年(宝永7年)7月26日、常紫衣綸旨を賜った。
  • 三鈷寺:京都府京都市西京区大原野石作町。1362年(正平17年/貞治1年)10月3日、後光厳天皇の綸旨で「浄土西山流根本地」とされ、住職は代々紫衣を着用し参内すると定められた。その綸旨が現存する。
  • 三河・妙心寺:京都府京都市中京区裏寺町。1696年(元禄9年)、常紫衣の綸旨を参内して賜る(甲子夜話)。

臨済宗

  • 大聖寺
  • 高源寺:一華碩由の時代に末代紫衣の宣旨(寺蔵文書)。
  • 霊源寺:常紫衣
  • 興聖寺:東山天皇が1701年(元禄14年)に常紫衣とする(坊目誌)
  • 永源寺:後奈良天皇、「紫衣の出世道場」て天龍寺と同格とする。
  • 常陸・法雲寺:江戸時代は代々紫衣。

日蓮宗

  • 久遠寺
  • 肥後・本妙寺:熊本県熊本市西区花園。日蓮宗。1605年(慶長10年)、後陽成天皇の勅願寺となり1606年(慶長11年)永代紫衣を許された(日本歴史地名大系)。
  • 瑞龍寺門跡
  • 池上本門寺:1725年(享保10年)12月3日、中御門天皇から永代紫衣綸旨(旧蔵文書)。
  • 天妙国寺:日延が中興の時に紫衣を賜り、永規となす(江戸名所図会)

その他

未確認

常紫衣、または一代紫衣と思われるが未確認

  • 三河・円福寺:元は京都。1661年(寛文1年)紫衣。
  • 景愛寺
  • 妙顕寺
  • 国泰寺:1327年(嘉暦2年)、後醍醐天皇より紫衣。
  • 誓願寺:1619年(元和5年)紫衣。
  • 退休寺:1386年(元中3年/至徳3年)、後小松天皇紫衣。
  • 肥後・大慈寺:1294年(永仁2年)3月10日、伏見天皇より紫衣綸旨(大慈寺文書)。
  • 大念仏寺:1694年(元禄7年)紫衣。
  • 徳雲寺:4-8世は紫衣。
  • 龍光寺:1554年(天文23年)、後奈良天皇紫衣綸旨
  • 遠江・方広寺:1864年(元治1年)、孝明天皇から紫衣。
  • 尾張・曼陀羅寺:開山以来、紫衣着用だったが、1492年(明応1年)の火災で綸旨が焼失し断絶。1541年(天文10年)、香衣綸旨を後奈良天皇より得たが紫衣綸旨は得られなかった。


琉球

資料

  • 那須政隆1961「法衣について」[1]
  • 鳥居本幸代1985「法衣の色彩:とくに紫衣に関して」『天台学報』27
  • 中井真考1986「知恩院「二十七世」燈誉上人管見:特に紫衣被着に関して」[2]
  • 伊藤克己1992「戦国期の寺院・教団と天皇勅許の資格・称号:紫衣・勅願寺の効果について」『歴史評論』512
  • 斎藤夏来1997「五山十刹制度末期の大徳寺:紫衣事件の歴史的前提」[3]
  • 末柄豊2006「妙心寺への紫衣出世勅許をめぐって:〔トウ〕林宗棟を中心に」『禅文化研究所紀要』28
  • 田中潤2011「青蓮院門跡と紫衣:家職としての紫衣着用免許権について」『学習院大学文学部研究年報』58
  • 松尾剛次2012「天皇から賜わった紫衣の物語」『大法輪』79-12
  • 千田たくま2016「臨済宗大灯派から関山派と徹翁派への分立:紫衣入院と宗派概念の問題」『禅学研究』94[4]
  • 石川達也2019「近世における浄土宗寺院の住職交代について:紫衣檀林を中心に」『仏教文化研究』63
http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B4%AB%E8%A1%A3%E5%8B%85%E8%A8%B1%E5%AF%BA%E9%99%A2」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール