ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

護国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年6月29日 (火)

移動: 案内, 検索

護国神社招魂社の一種。

目次

概要

  • 「護国」は本来仏教用語であり、「鎮護国家」の略であるが、靖国神社を意識して名付けられたと思われる。
  • 招魂社の言い換えとすることもできるが、昭和初期の時代性を反映し、招魂社という言葉では収まりきれない役割を担うために生み出された言葉のように感じる。
  • 府県ごとに設置された指定護国神社を一つの典型として、国家・地方行政・軍関係者の関与のもと、定期的に大規模な祭典を続けていくことに意味がある。
  • 継続的に戦没者合祀を続けていくことが前提となっているのがそれまでの招魂社との大きな違いだ。
  • 明治維新期の殉難者のための招魂社・招魂祭の発展形ではなく、陸軍の師団・連隊などによる近代戦争の戦没者のための慰霊祭(招魂祭)が前身である可能性がある。


歴史

招魂社官祭招魂社の項目も参照。

  • 1875年(明治8年)4月24日:明治政府、招魂社・墳墓に官費を支給する旨通達する。官祭招魂社制度の始まり。「招魂社経費并墳墓修繕費定額」が定められる。招魂社に対しては、1社につき、祭祀料10円、神饌料1人あたり25銭、修繕費25円が給付される。墳墓に対しては修繕費6円25銭が給付される。1876年(明治9年)10月に政府予算の費目に「招魂社費」(定額常費之部)が新設される(1879(明治12)12月27日まで)。(太政官第67号達「戊辰己巳ノ際従軍殉難者ノ墳墓及招魂社ノ経費ヲ定ム」)
  • 1875年(明治8年)10月13日:全国の招魂社・招魂場の名称を「招魂社」に統一(内務省乙第132号達「各管内ニ設置ノ招魂社種々ノ社号ヲ廃シ一般招魂社ト唱ヘシム」)
  • 1877年(明治10年)2月15日:西南戦争勃発(『日本史年表』)
  • 1879年(明治12年)1月21日:「招魂社明細帳」の作成を命じる。墳墓と招魂社の区分が制度上明確になる。(内務省乙第3号達「従軍殉国ノ者招魂社並墳墓等取調書式」)
  • 1879年(明治12年)6月4日:東京招魂社、「靖国神社」に改称。別格官幣社に列する。以後、内務省・陸軍省・海軍省の共同管理となる(「太政官無号達」)
  • 1882年(明治15年)7月23日:壬午事変。ソウルで朝鮮兵反乱。(『日本史年表』)
  • 1888年(明治21年)2月22日:内務省訓令3号「招魂社費及営繕費決算証明の件」
  • 1889年(明治22年)2月11日:大日本帝国憲法、発布
  • 1890年(明治23年)3月13日:招魂社へ受持神官、墳墓へ監守者を設置(内務省訓令第8号)
  • 1890年(明治23年)8月22日:内務省訓令29号「招魂社並に墳墓等修繕に関する件」
  • 1894年(明治27年)7月25日:日清戦争、勃発。豊島沖で清国艦を砲撃。8月1日宣戦布告(『日本史年表』)
  • 1895年(明治28年)4月17日:下関条約、調印。(『日本史年表』)
  • 1895年(明治28年)5月29日:日本軍、台湾上陸。6月7日台北占領。(『日本史年表』)
  • 1899年(明治32年)11月18日:内務省社甲第34号通牒「招魂社墳墓費報告」
  • 1901年(明治34年)6月14日:官祭招魂社制度が確立する。招魂社・墳墓の官祭・私祭の区別を明示させる。(社甲第20号通牒。『招魂社成立史の研究』)
  • 1904年(明治37年)2月8日:日露戦争、勃発。旅順港のロシア艦隊を奇襲。陸軍、仁川に上陸。(『日本史年表』)
  • 1905年(明治38年)9月5日:ポーツマス条約、調印。(『日本史年表』)
  • 1907年(明治40年)2月23日:招魂社新設に関する制限。祭神は靖国神社祭神のみ。(秘甲第16号神社局長依命内牒「招魂社創建に関する件」。『招魂社成立史の研究』)
  • 1909年(明治42年):招魂社費定額を定める。『慰霊と招魂』
  • 1909年(明治42年)11月:旅順忠霊塔、建立。忠霊塔の先駆け。『招魂社成立史の研究』
  • 1914年(大正3年)8月23日:第一次世界大戦に参戦。ドイツに宣戦布告。(『日本史年表』)
  • 1918年(大正7年)8月2日:シベリア出兵を決定(『日本史年表』)
  • 1919年(大正8年)11月7日:ヴェルサイユ条約、批准(『日本史年表』)
  • 1920年(大正9年)5月25日:ロシアで尼港事件。(『日本史年表』)
  • 1920年(大正9年)10月:招魂社費増額。『慰霊と招魂』
  • 1928年(昭和3年)1月20日:「招魂社創立内規」『続・忠魂碑の研究』
  • 1928年(昭和3年)5月3日:済南事件。日本軍、蒋介石軍と衝突(『日本史年表』)
  • 1930年(昭和5年)10月27日:台湾で霧社事件。『日本統治下の海外神社』
  • 1931年(昭和6年)9月18日:柳条湖事件。満洲事変、勃発。(『日本史年表』)
  • 1932年(昭和7年):内務省神社局が全国の官私祭招魂社を調査。その結果が『神社協会雑誌』1933年(昭和8年)7月号に載っている。「東京招魂社に就いて2」
  • 1932年(昭和7年)1月28日:第一次上海事変。(『日本史年表』)
  • 1933年(昭和8年)5月31日:塘沽停戦協定(『日本史年表』)
  • 1934年(昭和9年)11月19日:府県一社の方針が示される。護国神社制度の基礎(発社第58号決判「招魂社内規に関する件」。『続・忠魂碑の研究』)
  • 1937年(昭和12年)7月7日:盧溝橋事件。日中戦争、勃発。(『日本史年表』)
  • 1937年(昭和12年)8月13日:第二次上海事変。(『日本史年表』)
  • 1937年(昭和12年)12月13日:南京事件。(『日本史年表』)
  • 1938年(昭和13年)10月22日:内務大臣、神社制度調査会に招魂社制度整備について諮問する。(一三神制第33号)
  • 1938年(昭和13年)12月15日:神社制度調査会、「招魂社制度確立に関する答申」を提出(『慰霊と招魂』)
  • 1939年(昭和14年)2月2日:忠霊塔について方針を示す。(警保局長・神社局長通牒「支那事変に関する碑表建設の件」『慰霊と招魂』)
  • 1939年(昭和14年)2月3日:一府県一社が原則が改めて示される。(発社第30号神社局長通牒「招魂社の創立に関する件」、『百年史下』344)
  • 1939年(昭和14年)3月15日:護国神社制度を発表し4月1日から招魂社は全て護国神社と改称することを命じる(内務省令第12号「招魂社ヲ護国神社ト改称」、内務省神社局長通牒「招魂社制度の改善整備に関する件」)。護国神社の祭式整備。大祭に護国神社鎮座祭・合祀祭を追加。(「官国幣社以下神社祭祀令」一部改正。内務省令第13号「護国神社例祭、鎮座祭及合祀祭祭式及祝詞」、「府県社以下神社の神饌幣帛料供進に関する件」改正、「府社県社以下神社の神職に関する件」改正)
  • 1939年(昭和14年)3月27日:拓務省令第1号「樺太護国神社例祭、鎮座祭及合祀祭祭式及祝詞」
  • 1939年(昭和14年)3月28日:樺太庁、4月1日から樺太招魂社を樺太護国神社と改称を命じる(「樺太庁令第11号」)。指定護国神社ではないが、事実上、指定護国神社となったといえる。
  • 1939年(昭和14年)4月1日:全国の招魂社34社を指定護国神社とする。(内務省告示第142「護国神社の指定に関する件」)
  • 1939年(昭和14年)4月:朝鮮で護国神社奉賛会、設立。京城護国神社羅南護国神社創建をめざす。『大陸神社大観』
  • 1939年(昭和14年)5月12日:ノモンハン事件、勃発。(『日本史年表』)
  • 1939年(昭和14年)5月23日:発社第128号神社局長警保局長通牒「護国神社に於ける菊御紋章使用許可の取扱方に関する件」『続・忠魂碑の研究』
  • 1939年(昭和14年)7月1日:神社局税務課長電報回答「護国神社に於ける部隊長祭文奏上に関する件」『続・忠魂碑の研究』
  • 1939年(昭和14年)9月3日:第二次世界大戦、勃発。(『日本史年表』)
  • 1939年(昭和14年)9月15日:日ソ停戦協定。(『日本史年表』)
  • 1939年(昭和14年)10月2日:一四富局第七号神社局長回答「境内護国神社は神饌幣帛料指定神社に指定し得ざるの件」
  • 1939年(昭和14年)12月23日:「昭和十五年ノ紀元節祭ニ府県社、郷社、村社及護国神社ニ供進スベキ神饌幣帛料ノ金額」
  • 1940年(昭和15年)4月12日:内務省訓令5号「国庫より供進すべき護国神社祭資料及官修墳墓修繕料定額」『続・忠魂碑の研究』
  • 1940年(昭和15年)4月12日:内務省訓令6号「国庫より供進すべき護国神社祭資料及官修墳墓修繕料取扱規程」『続・忠魂碑の研究』
  • 1940年(昭和15年)4月12日:発社第63号神社局長通牒「護国神社祭資料及官修墳墓修繕料竝に同取扱方法等に関する件」『続・忠魂碑の研究』
  • 1940年(昭和15年)4月30日:大阪護国神社、指定される(内務省告示297号)。指定護国神社は計35社となる。5月4日に鎮座(『百年史』)。
  • 1940年(昭和15年)7月1日:沖縄県護国神社、指定される(内務省告示407号)。指定護国神社は計36社となる。
  • 1940年(昭和15年)7月18日:台湾護国神社創立を告示。(台湾総督府告示284号(9/3官報))
  • 1940年(昭和15年)9月18日:満洲で建国忠霊廟鎮座(「建国神廟と建国忠霊廟の創建」)
  • 1940年(昭和15年)9月20日:中華民国国民政府、訓令「抗敵殉難忠烈官民祠祀及建立紀念坊碑辨法大綱」、「忠烈祠設立及保管辨法」を公布。
  • 1940年(昭和15年)11月7日:岐阜護国神社、指定される(鎮座祭も?)(内務省告示582号)。指定護国神社は計37社となる。
  • 1940年(昭和15年)11月9(?)日:神祇院官制。勅令736号。御署名原本は8日『招魂社成立史の研究』
  • 1940年(昭和15年)11月10日:紀元2600祭『招魂社成立史の研究』
  • 1941年(昭和16年)3月27日:福井県護国神社、指定される(鎮座祭も?)(内務省告示100号)。指定護国神社は計38社となる。
  • 1941年(昭和16年)4月12日:香川県護国神社、指定される(内務省告示126号)。指定護国神社は計39社となる。
  • 1941年(昭和16年)6月25日:兵庫県神戸護国神社、指定される(内務省告示423号)。指定護国神社は計40社となる。7月18日鎮座(『百年史』)。
  • 1941年(昭和16年)10月9日:山口県護国神社、指定される(内務省告示564号)。指定護国神社は計41社となる。11月20日鎮座(『百年史』)
  • 1941年(昭和16年)10月29日:茨城県護国神社指定される(内務省告示589号)。指定護国神社は計42社となる。11月6日常磐神社から現在地に遷座(『百年史』)
  • 1941年(昭和16年)11月8日:群馬県護国神社、指定される(内務省告示595号)。指定護国神社は計43社となる。11月19日鎮座(『百年史』)。
  • 1941年(昭和16年)12月8日:真珠湾攻撃。(『日本史年表』)
  • 1941年(昭和16年)12月10日:マレー沖海戦。(『日本史年表』)
  • 1941年(昭和16年)12月13日:内務省令第37号「宣戦奉告ノ為府県社、郷社、村社及護国神社ニ供進スベキ神饌幣帛料ノ金額」
  • 1941年(昭和16年)12月16日:拓務省令第16号「宣戦奉告ノ為樺太ニ於ケル県社及護国神社ニ於テ行フ祭祀ノ祭式及祝詞」
  • 1942年(昭和17年)3月10日:長崎県護国神社梅ケ崎護国神社佐古護国神社合併)、指定される(内務省告示141号)。指定護国神社は計44社となる。
  • 1942年(昭和17年)5月23日:台湾護国神社鎮座(「神宮・神社創建史」)
  • 1942年(昭和17年)6月5日~7日:ミッドウェイ海戦。(『日本史年表』)
  • 1942年(昭和17年)7月27日:神奈川県護国神社創立許可(30日付 内務省告示530号)。同神社は鎮座しないまま、社殿焼失し、敗戦。
  • 1942年(昭和17年)10月13日:奈良県護国神社、指定される(内務省告示618号)。指定護国神社は計45社となる。10月22日鎮座(『百年史』)。
  • 1942年(昭和17年)12月15日:内務省令第36号「府県社、郷社、村社及護国神社ニ供進スヘキ神饌幣帛料ノ金額ノ件
  • 1943年(昭和18年)4月15日:千葉県護国神社、指定される(内務省告示215号)。指定護国神社は計46社となる。
  • 1943年(昭和18年)4月18日:連合艦隊司令長官山本五十六、戦死。(『日本史年表』)
  • 1943年(昭和18年)4月28日:福岡県護国神社、指定される(内務省告示236号)。指定護国神社は計47社となる。
  • 1943年(昭和18年)5月29日:アッツ島の守備隊全滅。「玉砕」(『日本史年表』)
  • 1943年(昭和18年)6月14日:樺太の内地編入にともない、1939年(昭和14年)3月の拓務省令第1号「樺太護国神社例祭、鎮座祭及合祀祭祭式及祝詞」を廃止。
  • 1944年(昭和19年)10月25日:神風特攻隊、レイテ沖にて初出撃。(『日本史年表』)
  • 1944年(昭和19年)11月28日:山梨県護国神社、指定される(内務省告示569号)。指定護国神社は計48社となる。11月29日鎮座祭(『百年史』)。
  • 1945年(昭和20年)3月9~10日:東京大空襲(第一次)(『日本史年表』)。
  • 1945年(昭和20年)3月12~13日:名古屋大空襲(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)3月13~14日:大阪大空襲(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)3月17日:神戸空襲(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)3月26日:アメリカ軍、沖縄上陸。
  • 1945年(昭和20年)5月5日:新潟県護国神社、鎮座・指定(内務省告示171号)。最後の指定護国神社の指定となり、指定護国神社は全部で計49社となった。『全国護国神社会二十五年史』
  • 1945年(昭和20年)5月25日:東京大空襲(第二次)(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)6月9日:熱田空襲
  • 1945年(昭和20年)6月23日:沖縄戦、組織的な戦闘が終了(戦闘で、沖縄県護国神社焼失)。
  • 1945年(昭和20年)7月26日:ポツダム宣言を発表。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)8月6日:広島に原爆投下。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)8月8日:ソ連、日本に宣戦布告。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)8月9日:長崎に原爆投下。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)8月14日:終戦の詔書。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)8月15日:玉音放送。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)8月24日:樺太護国神社、祭神昇天の儀を執行。
  • 1945年(昭和20年)9月2日:米艦で降伏文書調印。(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)11月19日:靖国神社で大招魂祭招魂式(『靖国神社百年史 資料編』)
  • 1945年(昭和20年)12月15日:神道指令(『日本史年表』)
  • 1945年(昭和20年)12月28日:宗教団体法、廃止。宗教法人令、公布。(『日本史年表』)
  • 1946年(昭和21年)1月16日:護国神社関連規程廃止(内務省令第1号)。(1939年(昭和14年)3月内務省令第13号)「護国神社例祭、鎮座祭及合祀祭祭式及祝詞」、1942年(昭和17年)12月内務省令第36号「府県社、郷社、村社及護国神社ニ供進スヘキ神饌幣帛料ノ金額ノ件」を廃止)
  • 1946年(昭和21年)1月23日:法令により全国神社登記完了?
  • 1946年(昭和21年)2月2日:神祇院廃止。『招魂社成立史の研究』
  • 1946年(昭和21年)2月2日:宗教法人令改正
  • 1946年(昭和21年)2月3日:神社本庁設立『招魂社成立史の研究』
  • 1946年(昭和21年)4月30日:札幌護国神社が「札幌彰徳神社」に改称。以後、1949年(昭和24年)9月25日の石川護国神社の「石川神社」改称まで、「護国神社」の名を外す動きが全国で広がる。
  • 1946年(昭和21年)11月1日:地方自治体の公葬など禁止。(内務文部次官より地方長官宛通牒「公葬等について」)
  • 1946年(昭和21年)11月3日:日本国憲法公布。
  • 1946年(昭和21年)11月13日:「軍国主義的神社」に対する国有地譲渡に極度の制限を設ける(『招魂社成立史の研究』)。
  • 1946年(昭和21年)11月28日:全国の護国神社宮司が神社本庁に集い会合。全国護国神社会の起源。
  • 1947年(昭和22年)5月:「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」は靖国・護国神社は適応されず(『慰霊と招魂』)
  • 1947年(昭和22年)2月:群馬県護国神社、神社本庁離脱。
  • 1947年(昭和22年)5月3日:日本国憲法、施行
  • 1948年(昭和23年)6月:北海道護国神社に樺太関係戦没者の合祀を始める。
  • 1949年(昭和24年):佐渡護国神社鎮座。
  • 1951年(昭和26年)4月3日:宗教法人法施行。宗教法人令廃止。(『日本史年表』)
  • 1951年(昭和26年)8月:北海道護国神社、「北海道神社」から元の名称に復称。以後、護国神社の名が復活する。1960年(昭和35年)9月28日の広島護国神社の広島神社からの復称まで続く。香川県護国神社だけは讃岐宮の名を引き続き使う。
  • 1951年(昭和26年)9月8日:サンフランシスコ平和条約、日米安保条約、調印(『日本史年表』)
  • 1951年(昭和26年)9月10日:文部省・引揚支援庁、通達「戦ぼつ者の葬祭などについて」(『招魂社成立史の研究』)
  • 1951年(昭和26年)9月28日:「「戦ぼつ者の葬祭などについて」に関する解釈について」『慰霊と招魂』
  • 1951年(昭和26年)9月28日:靖国神社と護国神社に国有地の譲渡を許可(文部省通牒文宗第56号)。『慰霊と招魂』
  • 1951年(昭和26年)11月19日:両条約、批准(『日本史年表』)
  • 1952年(昭和27年):横浜市慰霊塔神奈川県護国神社予定地跡に竣工
  • 1952年(昭和27年)3月17日:全国の神社で講和締結奉告祭。
  • 1952年(昭和27年)4月21日:壱岐護国神社鎮座。壱岐神社に合祀。(神社ウェブサイト)
  • 1952年(昭和27年)4月28日:平和・安保発効
  • 1952年(昭和27年)6月:群馬県護国神社、神社本庁に復帰。
  • 1952年(昭和27年)8月1日:公共団体が慰霊塔の建立をしてもよいという回答を文部省が出す
  • 1952年(昭和27年):浦安会(全国護国神社会)設立。
  • 1953年(昭和28年)4月21日:昭和天皇、壱岐神社鎮座5周年、壱岐護国神社鎮座1周年に幣帛料奉納。指定相当ではないが、幣帛料下賜。その後も造営に当たって金一封がある。(神社ウェブサイト)
  • 1953年(昭和28年)5月29日:別表神社加列。岐阜護国神社・愛媛県護国神社・佐賀県護国神社・山形県護国神社・静岡県護国神社。
  • 1955年(昭和30年)3月10日:宮崎県護国神社鎮座。以後、指定護国神社相当の扱いを受ける。指定49社、指定相当2社(飛騨も含める)、計51社となる。『百年史』
  • 1955年(昭和30年)7月1日:別表神社加列。岡山県護国神社。
  • 1956年(昭和31年):浦安会、「全国護国神社会」と改称
  • 1956年(昭和31年)11月5日:壱岐護国神社宮司、靖国神社の分霊を迎えるために上京。11月8日靖国神社の分霊を壱岐護国神社相殿に合祀したという。(神社ウェブサイト)
  • 1957年(昭和32年)5月10日:熊本県護国神社鎮座。指定護国神社相当の扱いを受ける。指定49社、指定相当3社、計52社となる。『百年史』
  • 1957年(昭和32年)6月10日:別表神社加列。愛知県護国神社・鹿児島県護国神社・三重県護国神社・福岡県護国神社。長野県護国神社も?
  • 1957年(昭和32年):天皇の護国神社参拝が始まる。
  • 1958年(昭和33年)3月29日:北海道護国神社、神社本庁離脱。
  • 1959年(昭和34年):広島護国神社、神社本庁離脱問題を起きるが解決。
  • 1959年(昭和34年)7月1日:別表神社加列。兵庫県神戸護国神社・兵庫県姫路護国神社・備後護国神社・大分県護国神社・熊本県護国神社。
  • 1960年(昭和35年):別表神社加列。宮城県護国神社・広島護国神社。
  • 1960年(昭和35年)8月15日:昭和天皇、終戦15年にあたり各護国神社に幣帛料奉納の内示。幣帛料奉納は戦後初。対象は旧指定護国神社など51社。8月26日宮内庁で幣帛料伝達式。これを受けて、9月から11月にかけて各護国神社で合祀概了奉告臨時大祭、実施。12月8日報告する。(『百年史下』)
  • 1961年(昭和36年)7月1日:別表神社加列。秋田県護国神社・滋賀護国神社・松江護国神社・浜田護国神社。(福井県護国神社?)
  • 1965年(昭和40年)4月1日:富山県護国神社、神社本庁に所属。
  • 1965年(昭和40年)8月17日:昭和天皇、終戦20周年にあたり各護国神社に幣帛料奉納。対象は51社。9月2日、皇居宮殿で幣帛料伝達式。9月から12月にかけて各護国神社で終戦20周年臨時大祭を斎行。
  • 1966年(昭和41年)7月1日:別表神社加列。茨城県護国神社・新潟県護国神社・富山県護国神社・奈良県護国神社・長崎県護国神社・高知県護国神社。
  • 1969年(昭和44年):台北の忠烈祠(旧台湾護国神社)、再建され、「国民革命忠烈祠」と改称。(蔡錦堂2003)
  • 1975年(昭和50年)7月31日:昭和天皇、終戦30周年にあたり全国の護国神社へ幣帛料奉納。対象は前回から1社増えて52社。この日、宮内庁で伝達式。8月から11月にかけて各護国神社で臨時大祭を斎行した。
  • 1975年(昭和50年)8月27日:京都霊山護国神社、神社本庁に所属。
  • 1976年(昭和51年)7月1日:別表神社加列。京都霊山護国神社・千葉県護国神社。
  • 1988年(昭和63年)6月1日:山口県護国神社自衛官合祀訴訟、最高裁判決
  • 1985年(昭和60年)7月22日:昭和天皇、終戦40周年にあたり全国の護国神社に幣帛料奉納。この日、宮内庁で幣帛料拝受。8月15日から12月8日にかけて各護国神社で臨時大祭を斎行した。
  • 1992年(平成4年)6月:全国護国神社会、「忠魂碑調査の件」を決議。全国の忠魂碑を靖国神社・護国神社が調査することになる。『東京都忠魂碑等建立調査集』
  • 1995年(平成7年)7月5日:平成の天皇、終戦50周年に当たり各護国神社に幣帛料奉納。対象は52社。この日、宮内庁で幣帛料を伝達。同日、靖国神社で頒幣式。8月から11月にかけて各護国神社で臨時大祭を斎行した。
  • 1996年(平成8年)7月1日:別表神社加列。群馬県護国神社・山梨県護国神社・福島県護国神社、山口県護国神社。
  • 2005年(平成17年)7月4日:平成の天皇、終戦60周年にあたり各護国神社に幣帛料奉納。この日、宮内庁で幣帛料の伝達式。同日、靖国神社で頒幣式。8月から11月にかけて各護国神社で臨時大祭を斎行した。
  • 2001年(平成13年)7月1日:別表神社加列。石川護国神社
  • 2001年(平成13年)12月:京都霊山護国神社、神社本庁離脱。
  • 2002年(平成14年):京都霊山護国神社、別表神社から削除。
  • 2003年(平成15年)4月3日:北海道護国神社が神社本庁所属に復帰。
  • 2015年(平成27年):終戦70周年。各護国神社で臨時大祭を斎行した。
  • 2016年(平成28年):別表神社加列。宮崎県護国神社・徳島県護国神社。
  • 2025年(令和7年):終戦80周年。


  • ?年:別表神社加列。大阪護国神社。
  • 『日本史年表』:『机上版 日本史年表 増補版』

制度

系譜

内務大臣指定護国神社

戦後、地域で特別な地位が与えられた護国神社

その他


連隊区などとの関係

  • 1925-1940ごろを想定
  • 鎮座地の選定や崇敬区域の設定・分割には師団や連隊が関係したと思われる
  • 営内神社も参照
  • 要検討
陸軍行政単位 司令部所在地 関連神社など 備考
●第1師管 東京
麻布連隊区
甲府連隊区 山梨県護国神社、神奈川県護国神社
本郷連隊区 埼玉県護国神社
佐倉連隊区 千葉県護国神社 佐倉でも招魂祭が恒例だった
●第2師管 仙台 宮城県護国神社
仙台連隊区
福島連隊区 福島県護国神社
新発田連隊区 越佐招魂社)、新潟県護国神社
高田連隊区
●第3師管 名古屋 愛知県護国神社 師団の招魂祭も起源
名古屋連隊区
岐阜連隊区 岐阜護国神社
豊橋連隊区
静岡連隊区 静岡県護国神社
●第4師管 大阪 大阪護国神社 第4師団の招魂祭が起源
大阪連隊区
神戸連隊区 兵庫県神戸護国神社
堺連隊区
和歌山連隊区 和歌山県護国神社
●第5師管 広島 広島護国神社 第5師団の招魂祭と関係
広島連隊区
福山連隊区 備後護国神社
浜田連隊区 浜田護国神社 歩兵第21連隊の招魂祭が起源
山口連隊区 山口県護国神社
●第6師管 熊本 藤崎台招魂社)、(熊本県護国神社
熊本連隊区
大分連隊区 大分県護国神社
都城連隊区 宮崎県護国神社
鹿児島連隊区 鹿児島県護国神社
沖縄連隊区 沖縄県護国神社
●第7師管 旭川 北海道護国神社
札幌連隊区 札幌護国神社
函館連隊区 函館護国神社
釧路連隊区
旭川連隊区 樺太護国神社
●第8師管 弘前 青森県護国神社
青森連隊区
盛岡連隊区 岩手護国神社
秋田連隊区 秋田県護国神社
山形連隊区 山形県護国神社
●第9師管 金沢 石川護国神社
金沢連隊区 歩七忠魂社
富山連隊区 富山県護国神社、(飛騨護国神社
敦賀連隊区 滋賀県護国神社、濃飛護国神社
鯖江連隊区 福井県護国神社
●第10師管 姫路 兵庫県姫路護国神社
姫路連隊区
鳥取連隊区 鳥取県護国神社
岡山連隊区 岡山県護国神社
松江連隊区 松江護国神社
●第11師管 善通寺 善通寺町英霊堂)、香川県護国神社 第11師団と密接な関係
丸亀連隊区 丸亀護国神社
松山連隊区 愛媛県護国神社・(忠魂社)
徳島連隊区 徳島県護国神社
高知連隊区 高知県護国神社
●第12師管 小倉
小倉連隊区
福岡連隊区 福岡県護国神社
大村連隊区 長崎県護国神社
久留米連隊区 佐賀県護国神社
●第13師管 高田 大泊表忠碑樺太での第13師団の慰霊碑
●第14師管 宇都宮 栃木県護国神社
水戸連隊区 茨城県護国神社
宇都宮連隊区
高崎連隊区 高崎英霊殿)、群馬県護国神社 歩兵第15連隊の弔魂祭が起源
松本連隊区 長野県護国神社
●第15師管 豊橋
●第16師管 京都 京都霊山護国神社 第16師団の招魂祭と関係
京都連隊区
福知山連隊区
津連隊区 三重県護国神社
奈良連隊区 奈良県護国神社
●第17師管 岡山 岡山県護国神社
●第18師管 久留米 山川招魂社
●第19師団管区 羅南 羅南護国神社
●第20師団管区 京城 京城護国神社

参考文献

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール